第59話
スタイールを倒し、ロケットに閉じ込めたのだが、海人は次に取る行動に迷っていた。本来の目的は、バルディを倒し、桜を助け出すことである。
何か忘れているような気もしていた。その時、不思議なことに頭の中に誰かの声が鳴り響いた。
『海人、海人、ボクを忘れないでネ。ボクを連れテ、ランスゥのいる次元の間に戻るんダ』
この声は、ルウィンだった。戦闘に巻き込むといけないので、地下鉄の入口に放り込んだままなのを海人は思い出した。
「忘れてた」
「そのようじゃな。ワシも忘れておった」
ナナカミにも通じていたようだった。
「ナナカミ、一旦渋谷に戻って、ルウィンを回収するから」
「それが良さそうじゃの」
海人はナナカミを背中に背負い、渋谷を目指すことにした。ここ東京湾上空に来た時と同様に、一直線に空を滑空した。今でも信じられないが、自分が空を自在に飛ぶなんてことを。
陽は落ちかけ、夕焼けが始まろうとしていた。海人は静かに渋谷スクランブル交差点近くの地下鉄入り口に舞い降りた。
「…遅いヨ。待ちくたびれたヨ」姿は見えないが、ルウィンの声が遠くに聞こえる。
「ボクはお腹が空いて動けないヨ。ここにいるかラ、迎えに来てネ」
仕方が無いが、海人は地下鉄入り口から地下へと階段を下り、ルウィンを探すことにした。
「ここだヨ。ココ、ココだヨ」
ルウィンの声は聞こえるのだが、姿が見えない。海人が周りを伺っていると、何かを咀嚼するような音が聞こえた。
パリパリバリバリ、ゴックン
パリパリバリバリ、バリバリ、ゴックン
「こレ、美味しいのネ。ここにいっぱいあるのネ。美味イ、美味いヨ」
声の先を探すと、いた。ルウィンが売店のポテトチップスを食べている音だった。
「おい、ルウィン。何やってるんだよ」
「何っテ、お腹が空いたから食べてるに決まってるじゃないカ。お腹が空いたら食べるのは当たり前なのネ」
「ポテトチップスのお金は払ってないだろう?」と、ルウィンに問い詰めると、
「こレ、ポテトチップスと言うんだネ。海人の世界にもこんなに美味しい食べ物があるんダ。驚きだヨ」
地上の騒ぎのせいか、周りどころか売店にも人の姿は見えなかった。だが、食い逃げは出来ない。海人はルウィンの食べたポテトチップスのお金を多めに店先に置いた。
「行くぞ」
きっとルウィンを睨んで、ルウィンを脇に抱えた。
「ちょト、まだ食べたりないのネ。それニ、ここにある食べ物全部食べても足らないのネ。あア、海人から何か美味しい匂いがするのネ。何だロ?何だロ?海人、海人、それをルウィンに食べさせて欲しいのネ」
ルウィンに言われた海人だったが、ルウィンの言う美味しいものとやらに心当たりが無かった。
「食べ物は何も持っていないよ」
「いいヤ、確かに美味しい匂いがするのネ。海人の腰辺りなのネ」
腰の辺り…海人は何か持っているかと考え、ズボンのポケットを探った。
「そウ、そウ、その辺りなのネ」
ルウィンが目をキラキラ輝かせている。
…これか?海人が手にしたのは、スタイールの落とした宝石のようなものだった。
「キャー、それなのネ」
確か、ルウィンがチカラのあるものが好物のようなことを言っていたのを思い出した。
「それハ…バルディのチカラの欠片なのネ。おくレ、ボクにおくれヨ。食べさせてヨ。早ク、早クー」
ルウィンの目の前に差し出すと、口をパクパクさせて、目からは光線でも出そうなくらいに輝かせている。
「本当にこんなのでいいんだな」
「それだヨ。早ク、早ク、急いでネ。ルウィンはお腹がペコペコだヨ」
脇に抱えた、せっつくルウィンを正面に抱え直し、口にそっとバルディのチカラの欠片を放り込んだ。
「ありがとうなのネ。ただきまース」
パクパク モグモグ モグモグ ゴックン
ゲフッ
緊張感の無い、ルウィンのゲップの音が鳴り響いた。
「おっト、失礼したのネ。でモ、最高に美味しかったヨ。ボクは満腹サ」
「そうか、良かったな」海人は何と言っていいのか迷った。こんなことをしている場合でもなかったからだ。
「じゃア、始めるヨ」
「何をだよ?」
「時空の鏡を作るんだヨ」
ルウィンの何気ない一言に、海人は正直に驚いていた。
「そんなことが出来るのかい?」
「当たり前だヨ。ルウィンは世界一可愛くテ、世界一頭が良いからネ」
「お主、実は出来る奴じゃな」と言ったのは、ナナカミである。
「でもネ、ルウィンの作る時空の鏡は1回切りなんダ。1回使うと消滅しちゃうノ。そこが次元の間の時空の鏡との違いでもあるのネ」
スタイールをロケットに閉じ込めたので、ランスゥに報告しようとも思っていた海人だったので、ルウィンの提案を受け入れることにした。
「頼めるかい?」
「もちろン、オッケーなのネ。儀式をするかラ、ちょっと待つのネ」
海人は抱えたルウィンを解放した。だが、以前もルウィンが儀式らしきものをやったのだが、あれをまた見せられることになると思うと、憂鬱な気分になったのが正直なところだ。
「今回は新バージョンなのネ。さア、はりきって行くヨー」
ルウィンが不思議な踊りをしながら、何かを唱えている。
「イチハ ルウィンハ カワイクテ ニハ ルウィンハズノウメイセキ……サンハ ルウィンハ…」
「おいっ!」海人はまたしてもツッコんでしまった。
「いいネ、そのツッコミは最高だヨ。それを待ってたヨ。じゃア、行くヨ」
次の瞬間にルウィンの口から何かが放出された。
そこには縁の無い鏡が出現していて、それは宙に浮いて海人達の姿を映していた。
「オッケーなのネ。上出来上出来なのネ」
ルウィンは満足そうである。
「次元の間へレッツゴーなのネ」
何か腑に落ちないが、海人は考えるのをやめた。この不思議生物のあれやこれやを考えても仕方が無いと思ったからだ。
「わかった。行こう」
海人はルウィンを脇に抱え直し、時空の鏡に意識を集中させた。海人の両目に浮かぶ赤い羽が見れる人がいれば見えただろう。そして、今までと同じようにして時空の鏡へと入った。




