第57話
眼前のスタイールの余裕は、バルディに授けられたチカラだけではなかった。
ここだ。海人のいる場所、日本の首都東京の渋谷スクランブル交差点に海人達はいたからで、ここで戦うということは、倒れた自衛隊隊員達だけではなく、近くの住人を始めとする人達が人質になっているようなものだった。
「わかっているようじゃな」ナナカミに指摘されるまでもなく、海人には今の危機感が理解できていた。
「場所を移動したいな。人のいない安全に戦える場所…ナナカミ、何とかならないかな?」
不安を口にした海人に「ワシに任せておけ。ひと飛びすれば海があろう。スタイールの奴を油断させて誘導するしかないようじゃな。逃げるが勝ちとも言う」
「それしかなさそうだね」
海人はそう言うと、全力で敗走を始めた。
「お、おのれ、この期に及んで逃げる気か!?」スタイールは憤怒の形相だ。
しかし、渋谷から海…東京湾を目指すには遠過ぎる。
「海人、お前さんは白の魔法使いではなかったか?そのチカラは、今こそ使うべきものだと思うぞ」
ナナカミの指摘だが、耳が痛い気もした。何しろ、あれから魔法を使おうと思ったが使えなかったからだ。世界が違えば、使えるチカラも違うものなのかもしれないとも思った。
「使えるものなら使いたいけど…」逡巡した、海人に「大丈夫じゃ」ナナカミの後押しがあった。
「お前なら出来るはずだ。それ故に、バルディに対する希望の光として、ランスゥに選ばれたのだからな」
「わかった。やってみるよ。ナナカミとランスゥを信じてみる」
「よろしい」
そのナナカミの言葉を聞き終えるや海人は念じた。自分は軽く、羽のように軽く、そして、自由自在に空が飛べるというイメージを持った。
そして、ナナカミを構えた、海人が音もなく宙に浮かんだ。飛べた。無事に飛ぶ事が出来た。ならば、次は海を遠くの東京湾を目指そうと空を空高く飛んで移動した。足元の建物群は小さくなっていた。その時の海人の速さは、戦闘機並みのスピードだったと、目にすることが出来れば証言するだろう。
空高く、速く速く、ただ目指すは東京湾で、その海人をスタイールは怒りに任せて追っていた。
「おのれ!小僧!逃げると何事だ」
怒りで我を忘れた、スタイールは既にその時に負けていたのかもしれない。海人とナカカミの策略に乗っかってしまったからだ。
「追って来ておるな、海人。このまま飛ぶんじゃ」
「そうだね。自分でもこんなに飛べるなんて信じられない思いだよ」
ナナカミに言われるまでもなかった。海人は東京湾を目指して南下した。
どれくらい経過しただろうか。前方に水平線らしきものが確認できた。東京湾は目前だ。
背後にはスタイールが迫っていた。敵ながら、そのスピードには驚くべきものがあった。
だが、海人に焦りはない。スタイールが海人を見失わないようにと、海人はスピードを抑えていたからだ。
そして、ようやく眼下に東京湾を確認することが出来た。
決戦に地となる東京湾。ここなら、思う存分に戦いに集中することが出来る。
そして、追って来ている、スタイールを確認すると、海人はそこで停止した。
「小僧!逃げ足だけは速いようだな。そうか、これが狙いか。まあ、いいだろう。ここでお前の息の根を止めてくれる」
言葉とは違い、スタイールに警戒の様子が見て取れた。
海人は集中を高めていた。負けるわけにもいかないし、桜とバルディの居場所を知るためには、勝たなければならない。
「勝負だ、スタイール。桜ちゃんとバルディの居場所を吐いてもらう」
「バルディ様に授かったこのチカラ。これでお前の息の根を止めてくれる」
「望むところだ!」
東京湾上空。対峙した、海人とスタイール。
どちらが勝つのか?勝利の女神はどちらに微笑むのか?
苛烈とも言える戦いが始まろうとしていた。




