第34話<母の楽しみと父の心配>
「海人に桜ちゃん。そろそろ、お父さんに会えた時間かな。お父さんは桜ちゃんの大ファンだから、飛び上がって喜んでいるかもしれないわね」
海人と桜を送り出した後、こんな独り言を言う、幸せに恵まれた女性の声が静かに響く。海人の母である。
「電話しちゃおうかな。う~ん、でも、二人とも子どもじゃないからね」
そう言いながら、リモコンを手にしてテレビの電源を入れる。
テレビは動物の情報番組を映している。
『今日の特集は、可愛い子猫ちゃんたちで~す』
番組の女性司会者が7匹の子猫を紹介しようとしていた。
それぞれの子猫たちは、飼い主の膝の上で興味深そうな目を見せている。
「まあ、可愛い。ウチも猫ちゃんをお迎えしようかしら」
海人の母はそんな声をあげている。
司会者がそれぞれの子猫の紹介をしようとしていた。
『今日は男の子と女の子ですね。まず、こちらから、ゴン太ちゃん、チョコちゃん、ミー太ちゃん、にゃん太ちゃん、そして、たまちゃんとテンちゃん。あらあら、最後に登場したのは、大福ちゃんです』
紹介されると会場から「可愛い」の声が合唱のように聞こえてきた。
「本当に可愛いわぁ。海人もお父さんも猫好きだから、真剣に考えておこうかしら」
楽しそうである。
その時、家の電話が鳴った。
「もう、いいところなのに!」
少し不満の声をあげながらも電話に出る。
「はい、夏目でございます」
「あれ?ラーメン屋さんじゃないのですか?」
どうやら、間違い電話のようである。
「いいえ、夏目ですが」
「すみません、間違えました。失礼しました」
そう言うと電話が切れた。
「もう!失礼しちゃうわね。あっ、猫ちゃんの番組が終わっちゃったじゃないのよ」
そう言って、リモコンで番組を2~3回変えてみる。
「面白そうな番組がないわね。お風呂の準備をしておこうかしら。海人も帰って来ることだし」
そう言いながら、風呂場へと向かった。
<<同時刻>>
海人が再び時空の鏡に入った時。
「海人!」
「所長…」
「海人のやつめ。戻って来たと思ったら、また鏡の中へ入ってしまったぞ。どういうことなんだ?」
「所長!?」
「二人とも今日は帰りたまえ」
所長と呼ばれた男が部下であろう2人に声をかけた。
「所長、私はここの研究員です。最後まで見届けたいと思います」
「私もです」
所長と呼ばれた男…海人の父は肩を落とし、2人にこう言った。
「仕方が無い。責任は取れんぞ。好きにしたまえ」
部下の2人はその言葉を聞くと喜びの声をあげる。
「ありがとうございます」
「では、私たちは装置のチェックと監視をします」
そう言って、装置に向かった。
「二人とも、戻ったばかりだ。無理はしないでくれよ」
「はい!」2人は声を揃えて言った。
海人の父は肩を竦め、鏡の様子を、海人と桜の帰りを待つことになった。
「海人、桜ちゃん、無事に戻ってくれ…」
その言葉は掻き消えそうなくらいに弱々しかった。




