第29話<ガスキュールの心配事>
「人さらーい!誘拐魔ー!」
ポフッ
男と言っていいのだろうか、それとも人間と言っていいのだろうか。その音は、男の顔面に枕が命中した音であった。投げたのは、男を非難していた女性。今は天蓋のベッドに座り込んで、男を睨みつけている。
2人の関係は?
女性の容姿は、まだ完全な女性になりきっていない、可愛さの残った美しい女性だ。
男の方は……亀?…亀を連想させる姿だった。丸々と太り、猫背で首と頭の境目がわからない。身長は1.5mくらいであろうか、低めである。何とか人間に見えるが、見る者によっては、やはり、亀を連想させらるだろう。
「お嬢様、それに着替えていただかないと私めが旦那様に叱責されてしまいます。どうかお召しになって下さい」
女性からは反発の声が返って来た。
「何で私がこんなのを着なければならないのよ。それに私を早く元の世界に帰しなさい、カメ男」
「カメ男ではありませんぞ。私にも一応名前があります。ガスキュールとお呼び下さい」
「何がガスキュールよ!カメ男のくせに偉そうな名前ね。誘拐魔にはカメ男で十分よ!」
女性の更に強い反発の声が返って来た。
男の反応は……。
「……、お~い、おい、おい。お、お嬢様、お願いします。どうかお着替えを」
泣き出してしまった。
「もう、泣かないでよ。大人でしょ。私がいじめているかのように思われるわ。それに、この服は私には大き過ぎる」
ガスキュールが涙を拭きながら必死に訴える。
「お嬢様、この服は、神獣ムーシファの毛により編まれております。さすれば、着た者のサイズに変化するという優れものでございます」
「う~ん、泣かれたんじゃねぇ。困ったなぁ」
女性は少し迷っているようである。
「じゃあ、着替えるから、部屋から出て行ってちょうだい」
女性の心は決まったようだ。
「かしこまりました。まことにありがとうございます」
そう言うと、ガスキュールは部屋から出て行った。
「もう、仕方ないなぁ。でも、これを糸口に元の世界に戻れる方法がわかるかもしれないから…」
そう言いながら、女性は着替え始めた。
15分くらい経ったであろうか。
「カメ男、入っていいわよ」
女性がガスキュールを部屋に招き入れた。
「おお、何とお美しい。これで私も旦那様に叱責されることもありますまい。お嬢様、ありがとうございました」
確かに女性は美しい。それが本人の資質なのか、服によるものかどちらであろうか。服は見事な淡いブルーのドレスであった。
その時である。ドアが強くノックされた。
ドアが音を立てて開く。
ドアからは、2m近い大男が入って来た。
「人さらーい!誘拐魔ー!」
ポフッ
本日、2度目であろう。女性の投げた枕が、入って来た男の顔面に命中した。
「ああ、バルディ様、何ということでしょう」
ガスキュールは狼狽えている。
「まあ、よい」
バルディと呼ばれた男は、軽く受け流した。
そして、一言、言い放った。
「おお、見事じゃ。予想以上の美しさじゃぞ、桜姫」
控えめにガスキュールが続く。
「ささ、姫様もバルディ様もお食事のご用意が整いましてございます」
「そうであった。ガスキュールの食事は美味であるからな」
「そうね…」
「食堂へ参ろうぞ」
「そうね、お腹が空いたままでは何ともならないわね」
「よろしい。ついてまいれ」
三人は部屋を後にして、食事のある食堂を目指す事となった。




