第1話<始まり>
穏やかな日々の始まり、遠くから鳥の鳴き声が聞こえ、窓の少し開けたカーテンから、初夏の朝日が入って来ている。
ここは海人の自室で、ちょうど目を覚ませたばかりだ。枕元のスマートフォンを手にして時刻を確認する。アラームはセットしてあるが、海人はアラームより15分前には目を覚ます。
問題は、そのアラームにセットした時間である。スマートフォンの時刻は、既に昼を過ぎていたからだ。それには海人なりの訳もあり、大学3年生である海人は、時間に縛られることはないからだ。
今は、昼からの講義に出席して、夜はアルバイトをしている。アルバイトは、父も母も社会人になった時のためと、賛成してくれていた。居酒屋でのアルバイトは、2年が過ぎていようとしていて、店長からも頼りにされている。
これが、海人の普段のルーティンであった。
ベッドから降り、2階の自室から1階のリビングに降りて行くと、母が遅い朝食を作ってくれていた。大学が実家から近いので、海人は両親の実家暮らしだ。
海人を見るなり母が「海人、おはよう…これじゃあ、おそようね」笑いながら言っている。
「おはよう、母さん」
基本、海人の家の朝食は和食であるが、パン食の場合も多い。海人の父が和食好きなので、父と一緒の朝食は、ほぼ和食だ。
テーブルを見るとパンと目玉焼きがあったので、今日はパン食らしく、海人は自分で冷蔵庫から牛乳を自分のマグカップに注ぎ、いつもの席に着いた。
パンを齧りながら、海人は今日が土曜日だったことを思い出す。
「あれ?父さんは?土曜日だから会社は休みだよね?」
海人の母は肩をすくめてこう言った。
「最近は仕事が忙しいみたいで、休日出勤ですって。本当は、ショッピングに付き合ってもらうはずだったのにね」
最近は父と顔を会わす機会が少ないと、海人は感じていた。
「そういや、父さんの会社って、最近ニュースで良く見るよね」
海人の父の経営する会社は、最近開発して取った特許が画期的とのことで、テレビのニュースで見る機会が結構あった。
「それはいいから、早く食べてしまいなさい。洗い物が終わらないから」母が肩をすくめながら言っている。
そういえば、お腹を空かして目を覚ませたようなものである。急ぎ、目の前の朝食を食べることにした。自分の父が多忙なのが気になっていたが、母も同じだろうと推察している。
そして、海人の母は、いつもの伝言を伝えた。
「海人、たまには道場に顔を出しなさいよ」
海人の祖母、母にとっては義母であるが、祖母は道場を持っていて、海人もそこに通っていたからである。
その時、自宅の電話の呼び出し音が鳴り出し、母は急いで電話を取りに行き、嬉しそうに、笑いながら相手と話している。
多分、電話の相手は女性だと思われる。女性同士の電話は長いと言われるが、海人の母とその電話の話し相手も同じようだった。
その母の話し相手の電話の話題が海人になり、母は電話を海人に手渡した。
「海人、桜ちゃんよ」