第13話
頭がくらくらとした。海人は現在自分の置かれた状況についていけないでいた。
そうだ、海人は時空の鏡の中へと入って行ったのだった。
ぼんやりとしていた頭が回転すると、海人は自分の置かれた状況を思い出し、そして、理解した。
そんな海人の口から出た言葉は…。
「ここは…どこだ?俺は何をどこにいるんだ?」
手と足に自分の体が無事なのを確認し、見ることも普通に可能で、思考も迷いなく出来ているのが安心した。
自分が生きている。それが自然と声になったのでもあった。
そんな海人の頭の中にいきなり何者かの声が入り、驚きで跳び上がりそうになったくらいだ。
「ここは『次元の間』じゃよ。お若いの」
直接頭の中に入って来た声は、何故か老人をイメージさせるものだった。
「ここはどこですか?次元の間って、何ですか?あなたは?」
海人は無理もなく、自分の置かれた状況がわからず、疑問だけが口から出る。そして、気持ちを抑えようと深く深呼吸した。
「ほう、若いのに落ち着いておるな」
更に頭の中に声が響く。
「先に来た2人は混乱し、暴れておったのじゃがな」
海人は声の主を探そうと周りを見渡した。そして、ここがとんでもない場所だと気づかされた。頭の中の声の言う、次元の間には、数万…いや、数億だろうと数で言い表せないくらいの『鏡』が存在し、宙に浮いていた。次元の鏡との違いは、鏡が厚みを持っているようで、海人の世界の鏡と同様に見えたくらいであった。まるで、宇宙空間に放り出されたかのような錯覚を覚えた。
更に声の主を探してみる…と思った時に、その存在はいた。いつ現れたのかわからないが、海人の目の前に老人と思しき人物がいた。老人だと思われたのは、声の主だろう存在が、高い鼻と顎に白く長い髭を蓄えていたからだ。
その老人も鏡同様に宙に浮いており、海人はそれにも驚いていた。
そして、その老人は、海人の戸惑いを感じたのか、海人に話しかけてきた。
「お若いの。ここは先に述べた通り、次元の間じゃ。そして、ワシはここの管理人…そう、皆にはランスゥと呼ばれておる」
海人の心配をよそに、ランスゥの話しは続く。
「お前さん、名は何と言うのじゃ?」
名乗っていいのかわからなかったが、海人は素直に自分の名を言った。
「海人、夏目海人と言います」
ランスゥと名乗った老人は、顎の髭を触りながら話しを続けた。
「海人というのか。良い名じゃな。どれ、ワシの目を見詰めてみるがよい」
ここでは勝手が違い、迷いもあったが、海人は言われるままにランスゥの目を見詰めた。
「う…うっ」
ランスゥの目を見詰めると、海人は自分の記憶が心が読まれていくような気がした。
「ほう、珍しいの。素直な心じゃ。それに強い心を持っておるな」
ランスゥは何故か嬉しそうに話しを続けている。
「海人よ、お前さんの事情はわかった。探し人がおるようじゃな。どれ、それにワシが協力しないでもない」
探し人とは桜のことを言っているのであろうか。
ランスゥは海人の心配を知らないように続けて言った。
「お前さんに協力する代わりに、ワシへの協力を手伝って欲しいというものじゃ。どちらにせよ、お前さんの目的とワシのそれは、どこかでつながっておる故、お互いに協力しようではないかの」
ランスゥはどこまで知っているのだろうか、更に話は続いた。
「海人よ、ここ次元の間に最近、侵入者が現るようになったのじゃ。お前さんの世界の人間も含めてじゃがな」
海人の頭の中に疑問符だらけになった。ランスゥの真意が読めない。
「侵入者?桜ちゃんは?」
「その侵入者の中には、この次元の間を支配しようとする輩もおっての。そいつらは邪な心を持っておる。それを阻止して欲しいのじゃ。その先に、お前さんの探し人もおろう」
いよいよ海人の頭は混乱したが、ランスゥはお構いない詩に続けた。
「そこでじゃ。海人、おまえさんにある『力』を授けようと思う。この力には、ここのにある鏡、そうじゃな、ここの鏡は様々な世界に通じておって、その鑑の中へ自在に入る力じゃ。よいな?」
先ほどまでは温和に見えた、ランスゥの顔が険しくなっていた。そして、鋭い眼差しと声で宣言するように言った。
「わかりました。俺に出来ることなら何だってやります」
「よろしい。もう一度、ワシの目を見るがよい」
見詰めたランスゥの両目には、赤い…そう、鳥の羽のようなものが浮かんだ。その時に自分の目が見えていたら気づいただろう。ランスゥの両目と同様に、海人の両目にも赤い羽が浮かび上がったことに。
「これで完了じゃ」
満足そうに、ランスゥが言った。そして、何か忘れ物を思い出したかのように付け加えた。
「その前に一仕事やってもらうとするかの。この2人をお前さんの世界に帰してやってくれんかの。今のお前さんなら、それが出来るじゃずじゃ」
そう言うと、ランスゥは海人に一枚の手鏡を渡した。手鏡を見ると、写った2人の男女が鏡の中で混乱しているのがわかった。そして、海人の正面にある一枚の鏡を指差して言った。
「海人よ、正面の鏡に意識を集中させるのじゃ。お前さんの世界では、時空の鏡と名付けられたのじゃな。さすれば道は開かれる。この鏡でお前さんの世界へ戻ることが出来る」
それは海人がこの次元の間に入った時の時空の鏡だった。
海人は意識を集中させた。海人の両目には、赤い羽が浮かび上がった。鏡は海人の姿を映し出し、そして、来た時と同様に鏡の中へと入った。
「桜ちゃんは必ず俺が助けてみせるから」海人はそう言い残した。
入り際にランスゥが、この言葉を付け加えていたのを忘れてはいけないと思った。
「用が済んだら、またこの次元の間に戻って来るのじゃ。お前さんの探し人だけではなく、全ての安寧と平和のためにじゃ。ワシとの約束もあるからの。忘れるでないぞ」
そして、次元の間に静寂が戻ったのであった。




