第10話
父の言う物は、そこに在った。正確にはそれは装置の上に浮かんでいた。
「今は近づいても安心なので、もっと近くで見るといい。大丈夫だ」そう海人の父は言うのだが…。
海人と桜は、正直困っていた。それは本当に大丈夫なのだろうか?父を疑うわけではないが、今まで見た事の無い物を見て、戸惑うことの方が大きかった。
「そこからだと良く見えないだろう。大丈夫だ。近づいて良く見るといい」
再三の父の言葉に、海人と桜は恐る恐るであるが、近づいてみる事にした。恐れよりも興味が上回ったからだ。
「桜ちゃん、行ってみよう」
「う…うん」
近づいてそれを見ると、それは縦1m、横60cmくらいの大きさで、金属のように見えた。鏡がイメージされたが、それはただ宙に浮くだけで、誰かの姿どころか、何も映すこともなかった。ただ、宙に浮いてそれは在った。音を発することもなく、宙に浮いている。
「海人、それは『時空の鏡』だ。私がそう名付けた」後ろ肩越しに父の声が聞こえた。
「きゃっ」「うわっ」海人と桜は同時にビックリしたようだ。
父は「すまん、すまん。驚かすつもりはなかった」
「……俺もちょっとビックリしただけだから」
「わ、私もです」
海人と桜は、二人で驚いたことに言い訳をしていた。
父は時空の鏡に視線を送ると「二人とも、時空の鏡を真横から見るといい。それの異なるところがわかるはずだ」と続けた。
「危険は…ないよね?」
「大丈夫だ。今は全てが停止している」
海人は意を決して「桜ちゃんは左から見て。俺は右から見てみるから」そう言い、時空の鏡を挟むように鏡の真横に移動した。
そこで見た物は…「???」何だこれは?
いや、違った。何が違うかというと、真横から見た時空の鏡は『見えない』のだ。真横から見ると時空の鏡は、その姿を消したからだ。これはどういうことだ?
父がその疑問について説明をした。
「海人に桜ちゃん、見えないだろう?それは、その時空の鏡が私達の次元に存在しない物だからだ。そのため、真横から見ると、それはその姿を消す」
父の説明は続いた。
「これが実験で起こったことによる副産物だ。存在する次元が違うために、私達はそれに干渉することは出来ないがな」
桜は安心したのだろう。面白そうに、時空の鏡の周りをくるくると回り、目を輝かせていた。
だが、海人には疑問があった。
「父さん、こんな大事なものを俺達に見せても大丈夫なのか?」
父の答えは直ぐに来た。何かを吹っ切れた顔をして言った。
「実はな、この実験中に人的なトラブルが起こり、このフロアを一週間後に閉鎖することに決めたのだ。私はそれを海人と桜ちゃんに見ておいてもらおうと思ってな。二度と目にすることは無いと思うからな」
父の言葉を聞き、海人は油断していた。時空の鏡に危険なことは無いだろうと。
その時、今まで何も映さなかった時空の鏡に異変があり、鏡から光が放たれた。鏡の表面は波打っていた。
そして、鏡の中から男であろう腕が桜を掴んだのを目撃した。
桜は腕に掴まれ鏡の中へ吸い込まれて行く。
「桜ちゃん!」
「海人…く…ん…」
桜は海人の名前を呼びながら、鏡の中へと吸い込まれて行った。
時空の鏡は、輝きを失い元の姿へと戻っていた。何を映すことも無かった。
海人は父に叫んだ。
「父さん、どういうことだよ!」
父の顔に驚愕の色が浮かんでいた。
「まさか向こうから干渉してくるとは…」
それから父に事の経緯を暫く聞くことになった。
それは、父がこの実験をしている最中に現れた時空の鏡に所員が吸い込まれたこと。そして、同じくこの時空の鏡に電力を加えたら、また所員が一人吸い込まれたこと。それから実験を中止し、時空の鏡の調査を始め、次の結論に至ったこと。時空の鏡は電力を、しかも、大電力を加えない限り、ただの物体として存在していること。時空の鏡にはそれ以降…半年だが、何の変化もなかったこと。
海人にとって、そんなことはどうでもよかった。桜だ。桜はどうなったんだ?
「桜ちゃんはどうなるんだよ!」父に問い質した。
父は項垂れて「わからない。海人、本当にすまない」そう言うのが精一杯のようだた。
そして、先の二人は時空の鏡に吸い込まれ、未だに戻って来ないことを海人に話した。
父は海人にすまなそうに、意を決したようにはっきりと言った。
「海人、すまない。桜ちゃんを助けに行こう」
桜の姿が思い浮かぶ。
「桜ちゃん、待っていて。必ず助けるから」
海人はそう言うのが精一杯だった。




