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5月病なんて吹き飛ばせ

5月15日 日曜日 作戦決行日


 作戦決行日、当日


 都内にある大きめな公園のステージ上で遠藤と鈴木が立っていた。そしてステージ下にはおよそ50人ほどが集まっていた。


「皆さん!改めて今回はこの作戦に協力していただき、誠にありがとう!」


 開口一番、鈴木は大きな声で挨拶をした。鈴木の声はとおりがよく、ステージ下の最後列にいた中島と熊野御堂にまでよく聞こえた。今回の呼びかけに集まったのは遠藤のSNSフォロワーの人達と鈴木の政治家時代にお世話になった人達だ。


「今ここにいるみんなは大抵は社会のはみだし者であることをワシは知っている。ワシだってついこの前までは毎日働かず公園で酒を飲んでいたし、俺の横にいるこいつだって立派な引きこもりだ!」


 鈴木はそう言いながら勢いよく遠藤の肩を掴む。一方遠藤は若干嫌そうな顔をしつつ大勢に向かって手を振る。集まっている人の中には遠藤がSNS上で有名なことを知っているので所々で歓声が上がる。


「だけどな、今の日本を見てみろ!みーんな5月病っちゅーしようもない病気にかかって、今動けるのはこんな俺らだけだ!これは世間を見返すチャンスだと思わないか?いつも俺らを邪険にしてくる奴らを助けたからにはきっとこれからは何も言い返せなくなる、そう思わないか!?」


「おおおっ!やろうぜ!見返してやろう!」

「俺らでいっちょ日本救ってやろうぜ!」

「これで助けたらまだまだ無職でも嫌な目されないな!」


 鈴木の鼓舞により、全員の士気が一気に上がった。中には賛同しかねる声もあったが、これで全員の心が一つになった。


「よし、みンな!それじゃあ手筈通り配置についてくれ!この作戦は全員が同時に始めなければ意味がない。作戦開始は1時間後の11:00だ、みンなくれぐれもタイミング逃すなよ!」


 こうして全員それぞれの配置につくため一度解散となった。中島含む作戦の中心メンバー4人もそれぞれ配置につくことにした。


 作戦の内容は極めてシンプルだ。今の日本、東京は基本的に人が活動していないため静まり返っている。そこで町内放送や選挙カーを使い爆音で一気に5月が終わっていることを知らせる。もちろんそれはフェイク情報で、今はまだ5月15日、6月になっていない。だが目的はあくまで5月病になった人達の心を揺らすことにあり、自分達がボーッとしている間に日数が過ぎてしまっていたことを自覚すれば慌てて5月病どころではなくなる。


 感染者の中には外の放送だけ聞いても信じないものがいるだろう。そこで熊野御堂に用意してもらった偽の6月の番組特集や、遠藤のインフルエンサーとしての力を借りて今が6月になっていることをSNS上で流してもらう。5月病になった人達は日常的に行っていた行為、例えばテレビを見る、SNSを見る等を行うため、それらの情報操作をする事でより彼らに5月が終わったことの信憑性を高める。こうして一人でも多く5月病から目覚めさせる、というのがこの作戦の全容である。


 この作戦には5月病から感染者を解放した後のプランは練られていない。いや、練れなかったのだ。日数が過ぎれば過ぎるほど事態が悪化していく中で限られたリソースと時間ではここまでしか出来なかった。我々の出来ることは5月病から人々を解放するまで、それ以降は国民全員で何とかしよう、という極めて人任せな考えだ。


 中島は目を瞑って頭の中で作戦の内容を繰り返し反復した。少しでも不安を打ち消すように何度も頭の中で作戦が成功して家にいた感染者が次々と飛び出してくるシーンを想像した。


「おい均。大丈夫か?」


 遠藤に声をかけられ中島は我に帰る。今は鈴木含めて3人で選挙カーの中で待機している状態であった。作戦開始の11:00まで残り10分を切っていた。中島は何事においても本番前はいつも不安になってしまうので、成功している自分をイメージして後ろ向きにならないようにする。ただ今回は失敗が許されない。恐らくこの作戦が失敗してしまったら再び人数を集めるのは遠藤や鈴木の求心力があっても難しいだろう。チャンスは一度きりだ。


「中島ばかやろう!お前が一人で気負ってどうするんだぼけ!失敗したらみんなの責任、それにやれることは全てやった。後はドンと構えてればいいんだよ」


 運転席で選挙カーを運転をしている鈴木から檄が飛んでくる。そうだ、その通りだ。やれる事はやった、後は結果を見るだけだ。中島は自分にそう言い聞かせる。そしてここまで自分の作戦に乗ってくれた遠藤、鈴木、熊野御堂を思い返す。急造のチームではあるが、ここまで来れたのは彼らのおかげだ。大丈夫、彼らとならきっと成功する。中島は前を向いた。


「よし、全員配置についたな。それじゃあ始めるぞ。熊ちゃんの方も準備はいいか?」


「は、はい、いつでもいけます」


 熊野御堂は日本中に偽番組を流すため一人だけテレビ局に配置されていた。熊野御堂はいつもの業務に比べれば簡単だと言っていたが、偽番組を作り、地上波に流すのを一人でやるのは相当大変だったはずだ。彼の頑張りを無駄にしないためにも、この作戦を必ず成功させる。


「それじゃあ、作戦開始!」


 鈴木の掛け声と共に近くから一斉に車が走る音が聞こえる。そして同時に町内放送のマイクから聞き慣れない男性の声が聞こえてくる。


『本日は6月1日です。天気は快晴、とても良いお出かけ日和となっています。皆さん是非散歩でもして外の空気を吸いましょう。本日は6月1日です….』


 いつもは午後6時に“夕焼小焼”を流すだけの町内放送だが、この放送を利用してまずはこの町内にいる5月病感染者の覚醒を促す。


『みなさーん、起きてくださーい!5月はもう終わって6月になりましたよー!いつまで寝てるんですかー!』


 気の抜けた声が隣から聞こえてくる。遠藤が選挙カーのマイクを使って方々に呼びかけをしている。また、他の場所からも選挙カーのマイク音が聞こえる。今回、鈴木のツテで調達できた選挙カーは今自分たちが乗っているのも含めて6台。それぞれの車に他の協力者が乗り、同じように呼びかけを行なっているため今まで静寂に包まれていた町が一気に騒がしくなった。


 いける、これならいける。中島は手に汗を握る思いで拡声器で沈黙している町に呼びかける。頼む、これを聞いてどうか焦ってくれ、慌てて家を飛び出してくれ!



 そして作戦が始まって30分経過した。まだ誰も出てこない現状に中島は絶望せざるを得なかった。


—-


「くそっ!どうなってるんだばかやろう!何で誰も外に出てこないんだ!」


 鈴木は抑えていた苛立ちを我慢できなくなった。遠藤はそんな鈴木の叫びを無視して必死にマイクで呼びかけるが、静まり返った町からはいっこうに返事が来ない。


 先ほどから熊野御堂より着信が何度も来ている。もうこれで10度目になる作戦の結果を伺う電話だが、知らせる吉報が無いため電話に出れずにいた。


 それでも根気よく呼びかけ続けて1時間が経過したが、とうとうどの家からも反応が無かった。次第に散らばって同じように呼びかけをしていた他の選挙カーからの放送も聞こえなくなった。恐らくはこれをやる意味が無いと見切りをつけたのだろう。


「ンだよ、こンままじゃあ….作戦失敗だぞ」


 遠藤の弱々しい声を聞いたのは初めてだった。当然だ。また作戦を練り直すとなると今回のようにまた大人数を集められるとは限らない。それに過ぎた日数的には今日明日中にでも5月病の人達を覚醒させないと取り返しがつかない事態になり得る。


 そんな中、中島は今までの人生の失敗を思い出していた。誰かと協力して何かをすると必ず自分は足を引っ張ってしまう。今回は自分のどこが悪かったのか、必死に思い返す。


 作戦自体がダメだったのか?本当はもっと良い方法があったのでは無いのか。英太も鈴木先生も熊野御堂さんも自分の才能を十二分に活かしてこの作戦に貢献してくれた。その中で俺だけが活躍していない。たまたま見つけた5月病の治し方を披露しただけだ。


“自分の力で自分の存在意義を証明してみせろ”


 ふと、昨夜鈴木から言われた言葉を思い出す。その言葉は諦めかけていた中島の心を奮い立たせた。


「俺にできる事は何だ?俺には何ができる?」


「….おい、どうしたンだ均?」


 急にブツブツ独り言を始めた中島を遠藤は本気で心配する。しかし中島は遠藤の心配をよそに必死に打開策を考える。今の状況、協力者たち、5月病、作戦、遠藤、鈴木、熊野御堂、自分、特技、時間。ぐるぐるとあらゆる要素が頭の中を回り、やがて一つの打開案を導く。


「….区役所まで連れて行ってください!考えがあります!」


 後部座席に座っていた中島は前の席を掴み鈴木に顔を近づけて前のめりにお願いする。それを受けて鈴木は一瞬驚くが、必死な中島の目を見て頷く。


「分かった!すぐ向かうからちゃんとシートベルトしろ、ばかやろう!」


 運転席にいた鈴木はハンドルを無理やり右に切り、即座にUターンをする。そして明らかに法定速度を超えた速さで真っ直ぐ区役所に向かって走らせてくれた。


 車で区役所までは10分もかからなかった。区役所の前までついた中島はすぐに車を降り、放送室に向かって走り出す。そこにはあらかじめ町内放送を流す役割を担う本作戦の協力者、鈴木の昔馴染みの元公務員仲間がいた。


「すみません!町内に流したい音があるんですけど、このマイクに声を入れればいいですか!?」


「あ、ああ、そうだ、そこであっている」


 いきなり血相を変えて現れた中島に気圧されて鈴木の昔馴染みはすぐに答える。


「おい、均!何をするつもりだ!」


 遅れて到着した遠藤は息を切らしながら中島に向かって叫ぶ。その質問に対し、中島は不適な笑みをこぼしながら答える。


「大したことないよ。ただ俺の特技を披露するだけだ」


—-


 国枝クニエダ 慎吾シンゴは今年で35歳になるいわゆる中堅会社員だ。勤めている会社には新卒から入り、今まで一度も遅刻、無断欠勤をした事が無く、ごく真面目に働いてきた。しかし、歳が過ぎると共に重くなる責任にいつしか押しつぶされてしまいそうになっていた。


 そして国枝はゴールデンウィーク明けに所属している部署の課長になる予定だった。しかし、ゴールデンウィークが明ける前日、妙な身体のだるさを感じ急遽会社に有給を取ることを連絡した。その体調不良も1日では治らず、1日、また1日と会社を休み、ついに会社に連絡することも億劫になってしまった。


 ふと、いつものように窓から漏れる日差しが目にあたり目を覚ます。もうこうなってから何日目だろうか、日付感覚はとっくに無くなっていた。相変わらず無くならない気だるさに辟易する。外に出る気力も無く、冷蔵庫にある食べ物で何とか食いつないでいたが、それもそろそろ尽きそうになる。いっそのことこのまま餓死しても良いかもしれない。そう思い始めた日の昼前に、外の騒がしさに気がつく。


『….6月1日です。天気は..、とても……日和となって….。..是非散歩….空気を吸いましょう。本日は….』


『……….くださーい。5月……6月になり……いつまで寝てるん……』


 外で何かが聞こえる。放送?ダメだ、考えるのが面倒になる。ふと外から聞こえてきた“6月”というワードが気になる。ベットの横にあるカレンダーを見ると日付が5月になっている。まさか、今が6月な訳がない。


 国枝はいつもの惰性でリモコンに手を伸ばしテレビをつける。ここ最近はもはや番組などやっていないのだがつい習慣で点けてしまう。するといつもと違い、何かの特集が流れていた。


『さあ、6月に入りまして天気が雨になる事も多くなってきました。そんな中、本日は珍しく快晴となっております。気温も30度まで上がりまして….』


 テレビの中で女性アナウンサーが半袖の白いYシャツを着て現在の天気をレポートしている。5月のゴールデンウィーク明けであれば夏が近づいているとはいえまだ暑いとは言えない気温のはずだ。それにこのアナウンサーも“6月”と言っていた、一体どういう事だろうか。


 国枝は真相を確かめるべく重たい身体を起こし、スマホを探す。もう随分長い間スマホを使っていなかったので電源を付けようとしても充電が切れており、充電ケーブルに繋げる。しばらくしたらスマホの電源が点き、日付を見てみると5月15日と表示されていた。


 なんだ、やっぱりまだ5月じゃないか。国枝は日付だけ確かめてスマホの電源を消す。会社がすでに始まって何日過ぎたのか、一体いつから自分は寝込んでいるのかなど考えることはいっぱいあるはずだが、身体のだるさがそれらを全て阻む。こうして国枝は再び布団の中へ潜り込んでいく。


『….シュワシュワシュワ….ミーンミーンミン….』


 また外から何かが聞こえる。これは….セミ?いやそんなはずが無いと国枝は思いなおす。5月にセミの鳴き声が聞こえるはずがない。だが実際には窓の外からセミの鳴き声が聞こえる。


 その時、国枝に好奇心が芽生えた。子供の頃父親と森に行き、色んな虫を捕まえに行った日々。その中でセミはよく捕まえていた。今聞こえたのはミンミンゼミとクマゼミの鳴き声だ。東京に移り住んでからはもう久しくセミの鳴き声を聞いていない気がした。懐かしい、少しでも近くで鳴き声を聞きたいという気持ちに突き動かされ、気がついたら国枝は玄関の扉を開けて外へ一歩踏み出していた。


『シュワシュワシュワ、ミーンミーンミン!』


 ああ、これだ、この鳴き声。確かに夏が来たと知らせるこの音は妙に郷愁を誘った。天気は快晴、日差しが眩しい。周りを見渡すと自分と同じく音に釣られて外に出ている人が多数いた。みんな最初は目が虚だったが、次第に覚醒していくのが分かった。自分も例外では無く、次第にずっとまとわりついていた体のだるさが無くなっていった。


             ーーー続くーーー


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