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5月病なんて知らない

5月14日 土曜日


「英太、生配信大成功だったな」


「おう、これで呼びかけは済ンだ。早速何人かから協力するってDMが来てンよ」


 遠藤はちょうど今初めてSNSでフォロワーに向けた顔出し生配信を終えた。それと同時にこちらで発見した5月病の治し方も広め、身近な人に実践してもらうようお願いした。視聴者の中にはそれを5月病になった人の身内に実践し治ったという連絡がすでに来ていた。だが生配信の本当の目的は作戦の実行に必要な協力者の募集だった。


「今ンところ30人くらいだな。俺らの作戦への協力者は」


「うん、いいね。その人数だけでも十分だな」


「ああ、こちらの人数集めはなンとかなりそうだな。後はアッチの手筈が上手くいくかだな」


 あっち、というのは鈴木と熊野御堂のことを指している。熊野御堂が仲間に加わってからは中島・遠藤と鈴木・熊野御堂に分かれてそれぞれ準備に取り掛かっている。中島・遠藤は主に遠藤のSNSから協力者を呼びかけ、5月病の治し方の拡散。鈴木・熊野御堂はよく選挙などで使われているスピーカー付き自動車の調達とその他作戦に必要な機材の調達をしていた。


 また、熊野御堂が加わってから作戦に具体性が増した。今までは鈴木の人脈経由で選挙カーを調達、更に昔馴染みの区役所員でまだ感染していない知り合いをかき集め町内放送で6月だと誤認させる作戦だったが、熊野御堂は更にテレビ放送の使用を提案した。


「お、多くの5月病の人は無意識のうちに日常的な行動を取ります。その中にテレビを点けるというのがあり、そのまま点けっぱなしにしている家庭も、お、多いのではないでしょうか」


 実際に熊野御堂の言うとおりで、遠藤の母しかり、住宅街を歩いて家の中を覗ける家があったらそこを覗いてみると多くの人がテレビをつけたままにしていた。


「今はどのテレビ局も何も流していないが、ここに偽6月番組を流せば一気に今が6月であると信じ込ませる事ができる、そういうことだな熊ちゃん?」


「は、はぃ、そうです」


「よし!それ採用!早速制作に取り掛かってくれ!」


 ということで熊野御堂は番組の制作をしつつ、今まで3人で組んできた作戦に抜け漏れが無いかをチェックしてもらっている。彼の優秀さにみんな脱帽していた。


 作戦の決行まで残り1日になった。すでに5月病が蔓延してから5日間が過ぎており、いよいよ死者が出始めている可能性が高くなった。



 それぞれが翌日の作戦決行に向けて準備している中、中島が姿を消した。


—-


「オイ、あのばかやろうはいねーのかよ!」


「は、はぃ..どこを探しても見当たりません..」


「均のやつ、こンな時にどこにいったンだ!」


 作戦決行前夜、最後の打ち合わせをするため遠藤家に4人で集まろうとしたところ、中島だけ姿を現さない上に連絡も取れなくなっていた。


「あ、今中島さんからメールが来ました。”自分のことは気にせず先に進めておいてくれ“と」


「ハァア!?意味わかンねーぞあいつ!まさかこの後に及んで5月病にでもなったンか?とンかく探してくる!」


 そう言い残し、遠藤は真っ先に家を飛び出していった。鈴木と熊野御堂の二人だけが家に取り残された。


「す、鈴木先生、ど、どうします..?今から探しに行くと明日の作戦に支障が出てしまいますし、それに、中島さんは別にいなくても影響はすくな..」


 そこまで言いかけた瞬間、熊野御堂の頭に衝撃が走る。熊野御堂は鈴木に本気で殴られたことを理解するのに時間を要した。


「ばかやろう!それは言っちゃあいけねーだろうが!」


「すす、すみません!」


 だが、熊野御堂の言うことも間違ってはいなかった。実際に協力者は遠藤と鈴木が集め、テレビに流す偽番組や街に流す放送音声は熊野御堂が作成した。もちろん中島も様々なところで尽力はしたが、明日の作戦の発案者でありながら能力的には居なくても問題無い存在だった。


「あれ、鈴木先生どちらに行かれるのですか?」


 鈴木が突如外出の準備を始めたため、熊野御堂は困惑して質問した。


「….中島のばかを迎えにいってくる。お前はついてくるな」


 そう言い残し、鈴木も家を出ていってしまった。果たして鈴木に中島の居場所がわかるのだろうか。どうしようか迷った挙句、熊野御堂はこっそり鈴木の後を追うことにした。


—-


 外を出た熊野御堂は少し寒そうに腕の部分をさする。夜は5月にしては冷えており、空は雲ひとつなく星空が広がっていた。鈴木の後を追っていた熊野御堂が着いた先は遠藤家から歩いて10分ほどの、丘の上にある小さな公園だった。


 公園内にはシーソーやブランコ、ジャングルジムなど懐かしい遊具が設置されていた。公園が丘の上にあるため、ここから街全体が一望出来る高さとなっている。そんな中、熊野御堂は公園内のベンチに人影を二つ見つけた。ちょうどよいベンチの後ろに木があったので気配を消しつつ近づくと、その人影は案の定鈴木と行方不明になっていた中島であることが分かった。


「どうしてここにいるって分かったんです?鈴木先生」


 中島の声は落ち着いていた。しかし片手には缶ビールを持っていた。


「ここがこの辺りで一番高い場所だからだ。お前の悩んだら高いところに行く癖は小学生の時から変わらないな」


「やぁ、お恥ずかしい。無意識なもので」


 中島と鈴木の会話は何故か盗み聞きしてはいけないような気がした。熊野御堂はその場を立ち去ろうとも考えたが、鈴木がこの後どうするのか気になりその場に留まることにした。


「私が居るとこの作戦、失敗すると思うんです」


 中島は唐突にそう切り出した。熊野御堂は少し驚いたが、鈴木は眉ひとつ動かさなかった。


「昔、サッカーが好きでした。でも自分が下手なせいでよくチームに迷惑をかけていました。ならばと思い必死に練習しましたが、やっぱり上手く行かず負け続けたので、私はサッカーを辞めました。するとその途端、私が所属していたチームが勝利するようになったので、あーやっぱり私のせいか、と思うようになりました」


「そんなのは小さい頃の話だろ?」


「はい、でもこういうことは大人になった今でも続いています。何かチームでやることがあったも私の力不足で失敗してしまう。その度に思うんです、本当に自分には特技や才能といったものが無いなと」


 中島は手に持っていた缶ビールを飲み、一息つく。中島はあまりヤケ酒するようなタイプには見えないと熊野御堂は勝手に思っていた。


「それで、今日突然いなくなっちまったのか?」


「願掛けみたいなものです。私がいない方が上手くいきますよ。それにこの段階まできたら私の出る幕はもうありませんし、鈴木先生に遠藤、熊野御堂さんの3人のすごい方がいれば私の役目はありませんよ」


 鈴木は腕を組み黙って中島の言葉を聞いていたが、ついに痺れを切らした。


「中島ぁ、やっぱり歯を食いしばれ」


「は?」


 その途端、中島の視界は右向きに大きく回転した。目の端に見えていた街の明かりが突然の視界のブレによって一瞬無数の白い線のように見えた。その後に到達した左頬の痛みを感じることで、中島は自分が鈴木に殴られたことを理解した。


「才能が無いとか役に立たないとかうるせぇよ!そんなんただの自分への言い訳にしか聞こえないんだよ!」


 これはまずい!熊野御堂は慌てて立ち上がり二人の間に入ろうとしたところ、肩を後ろからぐっと掴まれ元の茂みに戻された。驚いた熊野御堂が後ろを振り返ると、そこには真剣な顔をした遠藤がいた。


(邪魔すンな、しばらく様子を見ていよう)


 遠藤は小声で熊野御堂にささやく。あまりの展開についていけていない顔をしていたが、黙って遠藤に従うことにした。


「中島、お前の言いたいことよくわかる。確かに世の中には才能に溢れているやつがごまんといる。やってられねーよな、ゲームみたいにみんな最初は同じステータスというわけじゃねぇからな。でもだからといってそれが物事を諦める理由にはならねーだろうがよ」


「それは、確かにそうですけど….」


「お前らよりちと長生きしているおじさんからの助言だが、才能のあるなしなんて結局長い目で見れば関係無いんだよ。結局最後は成功するまで挑み続けられた奴が勝者なんだからよ」


 その言葉が何故か中島の心に深く刺さった。思えば小学校でやっていたサッカーも、その後に始めたチームスポーツや勉強、仕事でもお前には才能が無いと言われてきて、ずっとそれを鵜呑みにしてきた。才能が無いなら頑張っても意味が無い、いつしかそう思うようになってしまった。


「俺はお前の小学校の頃しか知らねーけどよ、お前が努力を欠かさない奴だってのは分かっている。小学校の頃は放課後よく公園で一人でサッカーの練習をしてたもんな」


「….なんか恥ずかしいですね。あの頃は何事にもがむしゃらでしたから。でも、そう言っていただいてありがとうございます。何もできない自分なんて役割の無いものだと思っていましたが、本当に無能かどうかを決めるのは自分、ということですよね?」


「そういうことだ、ばかやろうが。そもそも勝手に自分を役立たずだと思い込むんじゃねーよ。それでももし自分が使えない奴だと思うんなら、自分の力で自分の存在意義を証明してみせろ」


「はい..分かりました」


 中島は心の中にあったつっかえが一つ取れたような晴れやかな気持ちになった。きっと自分は後一歩頑張るための言葉をずっと欲していたのかもしれない。他人に救いを求めるなんて格好が悪いなぁと自身を嘲笑した。


「それに少なくとも後ろのばかやろう共はわざわざ探しに来るくらいお前を必要としているみたいだぞ」


「….あ!」


 中島は後ろを振り返ると茂みの中に黒い影が二つ並んでいた。鈴木から指摘を受けてその影がのそりと立ち上がると、そこにはバツが悪そうな顔をした遠藤と熊野御堂がいた。


「い、いや、ぬぬ盗み聞きをするつもりは毛頭無かったんですけど..」


 相当動揺してしまっている熊野御堂に対して遠藤は冷静にため息をつく。


「ンまぁ、話を聞いちまったのは悪かったけどよ。俺らを集めたンも作戦を考えたンもお前なンだから、もっと自信持てって。それに….」


 遠藤は何かを言いかけて、吹き出すように笑う。中島は怪訝な顔で遠藤を見ると、遠藤は何かを思い出したかのように言う。


「お前、小学校ン頃から蝉の鳴き声は誰にも負けねーくらい得意だったじゃねーか!その才能は誇ってもいいと思うぞ!」


「….ははっ、蝉の鳴き声って..!」


 遠藤がそのことを言うと熊野御堂も我慢できず吹き出す。それを聞いていた鈴木も爆笑し、中島はちょっと恥ずかしそうに、でも場の雰囲気につられて笑ってしまう。


「うん、ありがとう英太。鈴木先生も熊野御堂さんもご迷惑をおかけしました」


 ひとしきり笑い終わった後、中島はその場で丁寧に謝罪する。それを見た熊野御堂は、公園に来た時に見た自暴自棄な中島はもういなくなったと安心した。


             ーーー続くーーー



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