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5月病より仕事

5月13日 金曜日 続き


 その後、彼らは鈴木の案内のもと汐留にやってきた。遠藤と中島は公共の移動手段が絶たれたため徒歩で移動していたが、いまは鈴木が持つ普通自動車があるため移動にかかる時間が格段に減った。


「センセー、ここって….」


 遠藤は鈴木に問い掛けつつ、その背の高い建物を見上げた。そこには日本人なら誰もが知っている、かの有名なテレビ局本社がそびえ立っていた。


「その鈴木先生の知り合いというのは、テレビ局の方ですか?」


「ああ、そうだ。俺が都知事選に出る時に撮影とかで何度か話した奴なんだけど、中々仕事ができるなって思ってたんだよ。テキパキと動いててなぁ。職種は確かADだったっけな?ただものすごく忙しそうで、その時聞いた話では三日間くらい家に帰っていないって言ってたな」


「三日間!?」


 ADアシスタントディレクターの仕事は過酷であることは知っていたが、まさかここまでとは中島も思わなかった。


「でも、だとしたらなンでそいつを誘おうとしたンだよ。そういう働き詰めな奴ほど5月病に感染するンじゃンか」


「いや、俺の見立てだとあいつは5月病にはなっていない。あいつは度を越して仕事に浸かっている奴だからだ」


 政治家時代の激務を経験しているであろう鈴木にそこまで言わしめる人物、一体どんな人なのだろうか。遠藤と中島は想像がつかなかった。


 ビルに入った彼らはそのまま警備員もいないエントランスを通過し、階段でその人が働いている10階を目指して登り始めた。エレベーターも電気がまだ生きているため動いてはいたが、もし何かあったときに対応出来ないのでやむなく階段で移動することにした。


「ヒー!引きこもりにこの階段はこたえンなぁ」


「若いやつが泣き言言うなばかやろう!こちとらもう足が震えてきとるわ」


「….二人とも、大丈夫です?」


 階段に苦戦している二人を尻目に中島はどんどん上へ登る。社会人になってから運動する習慣が無くなったとはいえ、大学まで体育会系の部活に入っていたおかげでまだまだ体力に自信はあった。


 中島は登る間に各階の様子を見ていた。階ごとに広めの廊下があり、その左右に部屋へつながる入り口があった。照明は消えており非常灯しかついていないため、スマホのライトを使用しつつ中を散策すると、ある部屋はテレビでも見たことあるような番組のセットが置いてあったり、あるところは会議室だったりと様々だった。ただ共通して言えたのは、どこも掃除が行き届いており綺麗ということだ。さすが大手テレビ局と感心しながら足を進めるが、その一方で人気のなさには不安を感じていた。


 そして中島は二人を置いて一足早く10階までたどり着く。実際のところ鈴木がその人と会ったのはもう数年前で、今も同じ階で働いているとは限らない。と、中島は思っていたがその人の居場所はすぐに分かった。


「あそこの部屋だけ電気がついているな」


 10階は他の階と違い、明らかに電気が付いており、何より物音が聞こえていた。中島はスマホのライトを消し、ゆっくりとその部屋へ近づく。ずっと人気が無い場所を歩いたせいか、いざ人がいる場所に入るとなると妙な緊張感が走る。


 中島は途中から忍び足になって恐る恐る部屋へ近づき、中を見た。そこは小学校のひと教室ほどの広さのオフィスになっており、長方形のデスクが一定間隔で縦並びに陳列されていた。デスクには区切りがあり、それごとにいろんな荷物や書類が置いてあるので従業員一人につきいちスペースが与えられていることが分かる。


 部屋も全体照明が付いているわけではなく、入口から対角線上の奥にポツンと灯りがついているだけであり、そこからカタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。


「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」


 中島は第一声を発した。しかし奥にいるであろう人から返事は返ってこない、中島は更に近づき、呼びかける。


「すみませーん!誰かいますかー!?」


 明らかに聞こえる声量で叫ぶが、反応が無い。ただキーボードの音はさっきより近づいた。もう少し近付こうと忍足で寄った時、机の上に積み重なっていた書類に体が当たり大きな音を立てながら雪崩の如く床へと落ちていった。


「ぅえ!?わああぁ!?」


 雪崩と同時に部屋の奥にいた人が中島に気づいたらしく、何とも気弱な声をあげる。もうバレたからには忍足で近づく必要は無いと思い、中島は普通に歩き、一気にその人物へと近づく。


「お邪魔しちゃいましてすみません!鈴木先生の紹介でこちらに来ました、中島 均と申します。あなたは熊野御堂クマノミドウ アツシさんで間違い無いですね?」


「へっ!?は、はぃ、そうですけどぉ..」


 そこに怯えた表情でいたのは厳つい名前に圧倒的に名前負けしている、枯れ木のように細い30代前半くらいの男性だった。


—-


「よぉ熊ちゃん!ひっさしぶりだな!元気にしていたかばかやろう!」


「あ、はぃ。鈴木さんも相変わらずお元気そうで..」


 鈴木は久しぶりの再会を喜びながら熊野御堂の背中を叩く。一方叩かれる方の身体は細く、長年の猫背のせいで曲がってしまっているため鈴木の一発一発の打撃でかなりダメージを受けているように見えた。


「急にお邪魔してしまいすみませんでした。改めまして、私は中島と申します。こちらにいるのが私の高校の同級生の遠藤です」


「..遠藤でーす。よろしくー」


 中島から紹介された遠藤はそっけない挨拶をする。別に人見しりするやつじゃないのにどうして機嫌悪いんだ?と少し疑問に思う。


「あ、あの、えっと、熊野御堂 篤と申します。ここでADとして働いています。すみません、ではもう仕事に戻ってもいいですか?」


「こちらこそよろしく..って仕事!?」


 自己紹介の流れであまりにも流暢に言われたので一瞬聞き逃してしまった。


「こんな状況でも仕事をされるんですか!?」


「….?何を言っているんですか、こんな時だからこそ仕事をするんですよ」


「いや、だって、今あなた以外この建物の中にいませんよ!?それに日本自体が今機能停止しているので仕事どころじゃ無いでしょう!」


 中島は必死に訴えるが、熊野御堂は目線を下に落として返答する。


「分かっていますよ。でもこういう時だからこそ今まで溜まっていた仕事ができるんじゃないですか。今の状況は私にとっては最高です」


 そう言い、熊野御堂は本当に仕事に戻っていった。ふと熊野御堂のデスクのモニターを見るとそこには無数の付箋が貼られており、仕事のメモでびっしりだった。


「こいつ、こンな状況で仕事しているなんて狂ってンな」


 遠藤から冷たい視線が熊野御堂に送られる。確かに、彼は狂っている。でもここまで仕事と生活の境目が無いからこそ5月病にかからなかったとも言える。きっと鈴木はそのことを見越してここまで来たのだろう。


「熊ちゃんよぉ!お前ここで働き始めて何年目だ?」


「え、そうですね….もう10年目くらいになりますかね」


「そりゃあすごい!ここまで経験を積めばもう十分ディレクターになれるじゃねーか!」


「いやっ、そんなそんなっ、私なんてまだまだですよ!」


「んなことねーよ熊ちゃん!お前の仕事ぶりは俺がよく知っているし、何なら俺から上に掛け合ってもいい。お前みたいなやつこそ上がるべきだ」


「….そうですねぇ、でも正直私、上司に気に入られていなくて….仕事もそのせいか多く振られるんですよね」


 なるほど、そういうことかと中島は思う。上司ガチャに外れて昇格できないと言う話はどこの会社でもよく聞くことだ。ただ家に帰れないほど仕事を振られては流石に度を越している。


「だったらよ熊ちゃん、俺らに協力すればいい。そして俺らを主題にドキュメンタリー番組を企画しろ!それで上司の鼻を明かしてやるんだよ!」


「….へ?」


 鈴木から来た唐突な提案に流石についてこれなかったので、中島が後追いで自分たちが何をしようとしているか説明する。その話を聞き熊野御堂は最初こそ驚いたが、途中からは真剣な眼差しで聞いていた。


「な、なるほど….もし日本中で広がっている5月病が治れば必ず何故治ったか、誰が解決に導いたかみんな知りたがる。そこで番組を打って事実を明らかにしようってことですか」


「そういうことだ!流石にこれは大手柄だろうからお前の上司とやらも文句言えまい。どうだ!?この話乗るか!?」


 ズイズイ迫る鈴木に熊野御堂は押され気味になる。


「わ、私には、出来ません!所詮は無能ですし、上の人の命令すらまともに出来ないんですから、そんな自分が主体になって番組を作るなんて….」


「オイ、オメェ気持ちわりーンだよ」


 ここで今までずっと黙ってきた遠藤は口を出す。だがその表情は熊野御堂に対する怒りで満ちていた。


「オメェを見ているとイライラすンぜ。本当に俺が嫌いなタイプだわ。何のために寝食忘れて必死に働いているンだよ!何かやりたいことがあったからじゃねーンかよ!それじゃただなンも考えねー都合のいい機械と一緒だぞ!」


 遠藤はいきなり熊野御堂に近づき、胸ぐらを掴む。ワイシャツを掴まれた熊野御堂は軽い体重のせいで宙に浮く。熊野御堂の着ている白のワイシャツは恐らくもう何日も家に帰らず使いまわしているもので、シワが目立つ上襟の部分は少し黄ばんでいた。


「俺はこういう働いている意味も分からずにただひたすら人生を消費していく奴になりたく無くて社会の輪から抜けんたンだ!こンな考え無し俺らの仲間には必要ねーンだよ」


 そう言い、遠藤は熊野御堂から手を離した。離されたことで着地した熊野御堂は足に力が入らなくなり、そのまま膝まで地面に崩れ落ちた。


「ここまで来て損したな。均、センセー、行こうぜ」


「….ち、ちょっと待ってくださいよっ!」


 一瞬、誰の声か分からなかった。今まで覇気のない声しか聞かなかったので分からなかったが、その声の主は地面に這いつくばりながら今までに無い力強い目で遠藤を睨んでいた。


「何も目的が無くて、こんなキツイ仕事してるわけ、無いじゃないですかっ!ちゃんと夢だってありますよ!後世に名を残すほどの圧倒的な番組を作りたい、そう思ってこの業界に入ったんです!だからこれまでどんなに大変でもこの仕事を続けて来れたんです!」


「じゃあこの話乗れってンだよ!ただの一般人4人が日本を救う、それを独占取材して映像にする、こんなオイシイ話人生何回やり直してももう無いンだぞ!いいか、人生には必ず大きな転機になる選択肢を迫られることがある、それを逃すか逃さないかは当人次第だ。….オメェはどうすンだ?」


 遠藤の力説はここで終わった。熊野御堂は下に項垂れていて表情が見えないが、肩が微かに震えているのがわかる。


「….やります….、私も参加させて下さい..お願いします….ッ!」


 熊野御堂から振り絞った声が発せられる。今までにない力強さと決意の固さを感じる声だった。


「それで、この作戦が成功したらあなた達の番組を作らせて….作ります!」


「よく言った熊ちゃん!」


 そう言って鈴木が駆け寄り、立ち上がった熊野御堂の肩を叩く。遠藤もその姿を見て、やれやれと呆れた顔をしていたが、最後はどこか満足そうに微笑んでいた。


 これでようやくキーマンが揃った。この3人ならやれる。中島は心の中で確信した。


             ーーー続くーーー


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