5月病の治し方
5月13日 金曜日
中島と遠藤、鈴木はその後、一度解散してから次の日に遠藤の家に集合し、今後の作戦会議をすることにした。遠藤の家には今や5月病にかかり寝たきりになってしまった母親がいるので、あまり側を離れるわけにはいかなかった。それに幸いにも鈴木宅から遠藤宅はそこまで遠くなかった。
「さて、まず認識しておきたいのは、5月病が流行り始めてすでに4日以上も経ってしまったことだ」
中島がそう切り出すと、遠藤と鈴木はハッとなった。
「5月病になってンとはいえ死ぬわけでは無いンだからなぁ。生命維持に最低限な行動は取るってテレビではやっていたもンな?」
「うん、でもだからといってずっとこのままだと、いつかは死者も出るかもしれない。現に今も俺らの見えないところで….」
中島がそこまで言った瞬間、鈴木が中島の肩を叩いた。
「なーに一丁前に壮大な悩み事をしているんだばかやろう!俺らにできることなんてそんなに無い、だからやれることを考えよう!」
「そだそだ、センセーの言う通りだぞ均」
二人の助言に中島は頷いて返事をする。基本的に後ろ向き思考の中島にとってポジティブな二人の存在はありがたかった。
「でも実際のところ5月病を治す術なんて知らないしなぁ。ニュースとかでも治し方が解明される前にみーんな5月病にかかっちまったしな」
「先生、その治す方法なんですけど……実は昨日見つけることができました」
急転直下とはまさにこのことだった。鈴木は上半身を大きく仰け反らし、口を大きく開けて全身全霊で驚きを表現した。
「なんだと!?!?」
鈴木は中島を見ると同時に遠藤の方にも目を配らせる。遠藤の落ち着きようから、遠藤もその方法を知っているらしい。恐らく昨日解散してから遠藤の家に再集合するまでの時間でその方法を見つけたのだろう。
「ちょっ、一番の難関がもう解決しちまっているのかよ、ばかやろう!どうやってやるんだ、説明してくれ」
治し方を教えるようせっついてくる鈴木をなだめながら、中島はその方法を説明し始める。
「先生、例えば休日に昼過ぎまで寝過ごしてしまった経験ってありますか?」
「は?….まああるね。その時はめっちゃ後悔しちゃうけど、それがなんの関係があるんだよ」
「じゃあもしそれが一日経ってたら?」
「そりゃあ、後悔通り越してびっくりするだろうがよ。ってだからそうれがどうしたんだよ!」
「そういうことです」
「は??」
中島の話に、鈴木は全くついていけていない。
「お前、頭がおかしくなっちまったんか?何が言いたいんだ?」
鈴木が少し苛立つように聞き返す。
「つまり、今5月病にかかっている人も同じ状態だと思うんですよ。意識があるようで無い半端な状態、自分が寝込んでからどれくらいの時間が経ったのか分かっていない。なのでそこにどれくらい時間が過ぎてしまったのかを知らせるんです。そうすればそのショックで5月病から醒める、という方法です」
その話を聞き、鈴木は沈黙し考える。本当にそんな方法で5月病を治すことは可能なのかどうか。
「….中島。その方法を提案してきたからには、それが有効だという根拠があるんだろうな?」
鈴木は疑い深そうに中島を睨む。ここまで焦らされて聞かされた治し方が証拠もないものだったらぬか喜びもいいところだ。
「はい、あります。遠藤、呼んでもらってもいいかな?」
ここで鈴木の目線が遠藤に移る。呼ぶ?この状況で誰を呼ぶんだ?
「入ってきてくれ」
遠藤がそう言うと部屋の扉が開き、50代半ばの少し体型が丸い女性が入室してきた。
「まさか本当に鈴木先生がいらっしゃっているなんてねぇ。鈴木先生、ご無沙汰しております。英太の母の真智子です」
「え!?遠藤おまえ、母は5月病にかかってるって言っていたのに!いや、ああ、まいったなこりゃあ。どうも、お久しぶりです」
急な再会となった元生徒の保護者に、鈴木はすっかり先生だった時の感じで挨拶をした。いつもぶっきらぼうな喋り方をする鈴木のそんな姿を見て、中島と遠藤は少しニヤける。
「どうです先生?納得していただけましたか?」
「ああ、すごいよお前ら、本当に5月病を治しちまうなんてな!」
鈴木はさっきの怖い表情とは一転して、笑顔で中島と遠藤の頭を勢いよく撫でた。その激しい手つきに、遠藤は嫌な顔をして手を払ったが、中島はそこまで嫌な気分ではなかった。
「でもよ、治し方は分かったけど、これを日本中の一人一人にやれってか?さすがにそれは難しいよな」
「そーッスよね。俺もそこはセンセーと同意ッスわ」
遠藤も今のところはここまでしか考えられていないのか、と鈴木は思う。中島も同じかと思い顔を見たら、そこにはまだ主張したいことがある表情がうつっていた。
「いや、実はこの状況を変えられるアイディアがあるんだ」
遠藤もその発言には驚きの表情を見せた。どうやらここからは中島一人が考えたことらしい。
「どンな方法だよ、均」
「方法は単純です。遠藤のお母さんの時はインパクトが足りなかったからカレンダーの日付だったり、テレビを見せて経過日数を教えることでそのショックで5月病から治せた。ということはよりインパクトのある情報を5月病の人達に与えればすぐに動き出すはず。だから..」
ここで中島は一呼吸をおく。
「5月自体を終わらせるんです」
—-
「はあぁっ!?」
鈴木と遠藤が奇声を上げたのはほぼ同じタイミングだった。
「5月を終わらせるって、つまりどういうことだ?」
鈴木は中島の言っていることが理解できず、半ギレの状態になる。
「ちゃんと説明しますね。言ってしまえばとてもシンプルなんですけど、5月が終わったかのように見せるんです。それも一瞬だけ」
鈴木と遠藤は難しい顔をして首を横に傾げたが、中島はそれを意に介さず説明を続ける。
「具体的に言いますと、日本のいち地域に絞り、あたかも6月に入ったかのように情報操作をするんです。5月がすでに終わってしまったと、一瞬でも感染者に誤認させることができれば動揺が走り、その衝撃で5月病を治せる。そういう作戦です」
その話を聞き、数秒の静寂が生まれる。鈴木も遠藤もその数秒間を中島の考えの理解についやした。そして先に口を出したのは鈴木だった。
「いやおいおいおい!誤認させるってのは分かったけどよ、情報操作?どうやってそれをやるんだよ!?家一軒ずつ回ってカレンダーをペラってめくれってか!?馬鹿げてる!」
そんな乱暴に言わなくてもと思う反面、遠藤も鈴木と同じことを思っていた。情報操作をしようにも、この三人だけではどうしようもない。
しかし、ここで中島は強気に出た。鈴木の怒号をものともせず、息を思いっきり吸って言葉を発する準備をした。
「鈴木先生と英太がいれば必ずなんとか出来ます!」
中島は声を大にして鈴木を制した。普段大人しい人が大声を出すとみんなびっくりするように、鈴木と遠藤も驚いた。
「鈴木先生は元都知事で多くの人脈を持っていますよね?たとえ5月病が蔓延していようとも、先生の数多い知り合いの中にはまだ感染していない協力者もいるはずです。それに遠藤はSNSでは有名なインフルエンサー、言い方はアレですけどまだ5月病にかかっていない多くの引きこもりやそれに準ずる人たちへの影響力を持っています」
ここまで言い切り、中島は一呼吸おく。二人は集中してこちらの話を聞いていることを確認する。
「影響力のある二人がいればまだ5月病になっていない人達を動かすことは可能だと思います。これは何者でもない私には出来ません。二人の力でどうか、日本を救っていただけませんでしょうか?」
そして中島は二人に対して丁寧に頭を下げる。中島の気迫に気圧された遠藤と鈴木はお互いに見合い、そして何やら急に気恥ずかしくなる。
「そ、そンな!おまえッ!そんな煽てたって大したことねーよ俺はぁ!!」
「そ、そうだぞ、ばかやろう!何定年過ぎた老人に期待してやがるんだ!」
二人とも急に人が変わったかのように照れ始める。もしかしてこの二人、チョロいのか?と中島は密かに思う。
「それでは二人とも、協力していただけますか?」
「ンなの当たり前だろォ!俺に任せときゃ何とでもなるさァ!それにお前についていつた時点で協力しないはずないンじゃない!」
遠藤の気持ちの良い快諾には中島も笑顔がこぼれる。しかし、もう一人の鈴木からの返事はすぐには来なかった。
「….協力はする!実際にこの方法で回復した人がいるわけだしな。ただワシと遠藤で人を集められたとしても実際にどうやって大勢の感染者に認知させるかが問題だ。そこでワシに一つ考えがある」
「それはどのような考えでしょうか?」
「もう一人このチームに加えたい仲間がいる。ワシが政治家として働いていた時に世話になったやつだ。そいつの協力があれば中島の作戦も何とかなるだろう」
ーーー続くーーー