5月病に立ち向かおう
5月11日 水曜日 続き
晴れて遠藤が中島に協力することになった。二人は一旦遠藤の家に戻り今後のことを相談することにした。
「と、言ったものの均。お前この状況への打開策を思いついてンのか?」
「いや、全く。英太を仲間に引き入れてから考えようかと」
「オイオイ!お前はいつも後先考えずに突っ走るな!」
遠藤は呆れた顔で中島にそう言う。中島は困った顔で微笑みながら後頭部を掻く。
「でもな、均。俺を頼ったことは案外間違いでは無いかもしれンぞ」
そう言い、遠藤は自室のPCの電源を付ける。メインPCの電源が付くと、左右と上に備え付けられていたサブモニターの電源も一斉に付く。まるでトレーダーみたいだなと思う。
「俺がただ7年間も引きこもりをしていたと思ってンなら大間違いだ。これを見てみろ」
左のサブモニターに何かのサイトが映し出され、遠藤は目を細めながらそれを見る。
「SNSの..アカウントか?」
「そうだ」
何を自慢げに見せるのかと思ったら、全世界で有名なSNSの自身のアカウントだった。アイコンも何かのアニメのキャラクター、プロフィールも自分の好きなことや趣味などが書いてある、いかにも普通のアカウントだった。ある一点を除いては。
「え..お前、フォロワー100万人!?!?」
「そーいうこと!俺は実は立派なインフルエンサーなンだぜ」
なんの冗談だ。中島はもう一度遠藤のアカウントを見直してみたが、やはりフォロワー数は100万人台を突破していた。では一体何でこんなにフォロワーを獲得したのか、それはこいつのアカウント名にヒントがあった。
「俺は“引きこもりの王”って名前で動画サイトに引きこもりの日常を配信している、引きこもり系動画配信者だ!」
「うっわ!めちゃくちゃダサいしカッコわる!」
実際に遠藤の動画投稿ページを見てみると、顔出しはしていないが、ある日の一日の映像やゲーム実況配信、企画もの、一人語りなど様々な動画がアップロードされていた。そしてコメント欄には痛烈な批判をするコメントが多く寄せられていた。当然だ、いくら多様性を受け入れる社会になったとは言え、引きこもりへの風当たりは強いのは変わっていない。しかし中には彼に同調するコメントや支持するコメントもあった。特に一人語りの動画は多くの再生数とイイね!が押されており、遠藤の意見がなんだかんだ支持を集めていることが窺えた。
「….お前が人気者だってことは分かったけどよ、それがどうしたって言うんだ?」
その中島の問いに対し、遠藤はニヤリと微笑みながら答える。
「コメント欄、ちゃンと見てみろ」
「いや見たって..え、待ってこれ、ほとんどのコメントが昨日や今日投稿されたものばかりじゃないか!」
そう、昨日も今日もすでにほとんどの人が5月病にかかり何もしなくなっているが、このコメントはまだSNSには5月病に感染していない人がいるという証拠になる。
「そン通り、しかもコメントを読み漁るとおそらくまだ活動してンのは俺と同じ引きこもりや似たようなやつらだ。こいつらに協力を仰げればやれることはかなり増えるンじゃないか?」
確かに、中島はそう思う。どれくらいの人が協力してくれるかは未知数だが、“引きこもりの王”である遠藤の呼びかけがあれば多くの人が協力してくれるはずだ。
「ンでもな均。無策のまま協力を仰いでも意味がない。まずはどうやってこの状況を打開できるンか俺たちで考えないとだな」
「うん、分かっている。正直英太がここまで凄いやつだとは思わなかったからかなり嬉しい誤算だったけど、実はもう一人協力をお願いしようと思っている人がいるんだ」
遠藤はさらっと褒められたことに対して一瞬照れたが、すぐに気を取り直した。
「それって、誰なンだ?」
「実は随分昔の知り合いで..英太、お前も昔お世話になった人だぞ。その人は昔から随分と様子が変わってしまったけど….」
中島は一息つく。
「きっと力になってくれるはずさ」
—-
5月12日 木曜日
鈴木 伸晃は定年を過ぎて仕事を辞めてからはもっぱら公園でスト缶を片手に競馬情報誌を読んでいた。
「ああ、クソ。なんで競馬やってねーんだよ、ばかやろう!」
そう言って手に持っていた情報誌を地面に投げつける。この5月病という奇妙な病が流行ってからすでに4日目に差し掛かっていた。
かなり人通りが多いこの公園で、大声で雑誌を地面に投げようものなら多くの人がこちらを振り向き、怪訝な顔をしたであろう。
しかし今となっては人っ子ひとりいやしない。いくら大声を出して奇妙な踊りをしても誰にも関心を向けられないこの状況を、鈴木は言い加減飽きていた。
「はぁ、酒でも取ってくるか」
ここ最近はもっぱら近くの無人になったコンビニに入り勝手に食料を盗んでは食べている。すでに生鮮食品は腐ってしまっているので、盗っているのは缶詰と酒ばかりだ。
鈴木はいつもの通り公園のベンチから腰を上げ、行きつけのコンビニに行こうとすると目の前に二人の青年が現れた。こんな状況になってから初めてみた人影であった。
「こんにちは。鈴木 伸晃さんで間違い無いでしょうか?」
鈴木は突然見知らぬ若者に声をかけられたのにも驚いたが、この二人の珍妙な組み合わせにもいささか違和感を感じた。
一人はスーツ姿の男性。もう一方は上下灰色のトレーナーと、対照的にルーズな服装をしていた。
「おい均、本当にこいつで合っているのか?いかにもホームレスしてそうなオジサンにしか見えンぞ」
灰色のトレーナー男がスーツ男にそう語りかける。明らかに見下している目線を向けられ、鈴木の頭に血が昇る。
「なんだとテメェ!舐めた口聞いてんじゃねーぞ!」
鈴木の怒号に対して、トレーナー男は余計に怪訝な顔をした。そんな表情を向けられるのにも慣れたものだった。
「….随分と変わられてしまいましたね、東京第一小学校の鈴木先生」
「東京第一ってお前、なんでワシの前職知ってんだよ?そもそもワシの名前だってなんで….」
鈴木の頭の中が疑問でいっぱいになった。こいつらは何者なのか、どうして自分のことを知っているのか。
「お久しぶりです、先生。覚えていませんか?私が2年2組の中島 均と、こっちが遠藤 英太です。あなたが担任のクラスの生徒でした」
それを聞き、鈴木の中で即座に約20年前の記憶が蘇る。
「あ、ああ!!お前らあの仲良しのデコボココンビか!」
鈴木から掘り出された彼らの記憶はもう随分と昔のはずなのに、何故か色褪せず鮮明に思い出せる。やんちゃで問題児だった遠藤と、引っ込み思案で何を考えているのか分からなかった中島。当時はどうしてこの二人が仲良しだったのか甚だ疑問であったことをよく覚えている。
「そうか懐かしーなぁお前ら!元気にしてたか!?ええっ!?中島はいっつも遠藤の後ろに隠れてこそこそしていたなぁ」
「先生こそ相変わらず声の大きさは変わりませんね」
ようやく中島たちのことを思い出した鈴木は上機嫌になり昔のことを語りだす。一方遠藤は鈴木のあまりの変貌ぶりに未だ半信半疑でいた。
「センセー、本ン当に変わっちまったなぁ。俺は全然分からンかったよ」
「ああ、ワシもだよ遠藤。どうしたんだその伸ばしっきりの髪とだらしない格好は!まるで引きこもりみたいな風体だなぁおい」
「まさにその引きこもりっスよ、俺は」
その言葉に鈴木は絶句した。これは本題に入る前に時間がかかりそうだな、と中島は思った。
—-
中略。鈴木へは中島から今までの経緯やこれから何をやろうとしているのか一通り説明された。
「中島は相変わらず気弱なくせに大胆なこと考えるなぁ。そういうところは子供の頃から全然変わってねぇ」
「ほンと俺もそう思うよセンセー!身の程知らずっつーやつですよまったく」
「でもそんな中島に付き合うお前も相変わらずだ」
鈴木にそう言われると、遠藤は何も言い返せなくなり頭をポリポリと掻く。
「で、中島。お前は毎日出社している時にワシがこの新橋駅の公園でくつろいでいるところを見ていたからワシがここにいることを知っていたし、いつも暇そうにしているから5月病にもなっていないと踏んだわけか」
「まあ、身も蓋もないことを言ってしまえばそうですね」
「いやまてよ均。先生が5月病にかかっていないことは良かったンだけどさ、結局なンでセンセーを頼ろうと思ったんだ?昔ならともかく、ぶっちゃけ今は….どう見ても酔い潰れのジジイだろ」
「遠藤きさま!その口の悪さは大人になっても治らなかったのかばかやろう!」
ぶっきらぼうな遠藤と怒りやすい鈴木がいるとどうも話が進まない。中島は無理やり二人の間に入った。
「英太、忘れたのか?鈴木先生がなんで俺らが小学校に在学中に教師を辞めたのか」
「え……あ!」
遠藤は急に浮上した過去の記憶に驚きを隠せなかった。それを見た鈴木は少し得意げな表情になる。
「そう、鈴木先生は政治家に転身してたんだ」
「そうだった!それでかなり偉くなったーつッて昔騒いだな!」
鈴木は少し誇らしげに頷く。
「でも、もう引退したンだろ?それに今はこんな酒ぐさジジイになっちまってよ。なンの役に立つってんだ?」
「遠藤貴様そろそろ口を慎まんか。本当にはっ倒すぞ」
「そうだぞ、英太。鈴木先生はかつて都知事にもなったことがある偉い人だからな」
「とっ都知事ぃー!?!?」
遠藤はその事実を知り、驚きのあまり後ろに倒れた。
「わっはっは!まあ知らないのも無理はない。なんたって就任半年で辞任する羽目になったからなぁ」
「確か女子高校生に手を出したってスキャンダルのせいだったと思うのですが、あれは結局デマだったんですよね?」
「ああ、デマだ。当時俺の周りには敵が多くてなぁ。少しでも付け入る隙があったらすぐになんやかんや言われたもんよ。ま、ワシの力不足だな」
そう言いながらすっかり髪の毛がなくなって丸くなった自分の頭を叩く。
「で、正直悔しいが遠藤の言う通り、ワシなんか大した役に立たんぞ、中島」
「いえ、そんなことはありません。私は先生の人脈と知恵を借りたいと思いまして今回お声がけさせていただきました」
なるほど、と遠藤が割って入る。
「要は都知事だった時ン人脈と、今までの経験で得た知恵を使いたいっつーことね」
「そう言うことだ英太」
その一方、鈴木は目を瞑って考え事をする。当然だ、かつての教え子とはいえ、いきなり会いに来て日本を救うのを手伝えだと言われてすぐに受け入れるはずがない、と思っていたが。
「分かった!こんなクソジジイでも役に立てるんならやってやろうじゃないか!わはは!」
鈴木は二つ返事で中島達に協力することに応諾した。意外にあっさり引き受けて貰えたことに中島は少し肩透かしにあった。
「定年で仕事が無くなってからこういった“ちゃれんじんぐ”な事は無くてなぁ。ちょうど退屈していたところだったんだ」
楽しそうな顔をしている鈴木を見て、中島は少し安心した。いつも公園で見かけていた鈴木は毎日つまらなそうにしていたので中島としては心配していたところもあったからだ。
「ンとなると、これで社畜+引きこもり+無職ジジイチームの完成ってわけだ。せっかくだし円陣でも組む?」
「組むか!」
「組まんわボケ!」
中島と鈴木の同時に発せられた声が公園内に響き渡った。
ーーー続くーーー