『幼馴染との再会には違和感が付きものなのだろうか』
懐かしい夢を見た。
それは四年ほど前に、突然として千春本人から親の転勤が決まったと告げられた時の出来事そのまんまの夢だった。
「……あれから、もう四年か……」
ぼそっと口を動かし、周は自室の見慣れた天井を眺めながら欠伸ではなくため息を漏らした。
今日は千春がこっちに帰ってくる日だ。
枕元に充電ケーブルに繋いで置いてあったスマホで時間を確認する。
薄暗い部屋で光るスマホの画面が今はやけに眩しく思った。時刻は十一時四十五分。千春との待ち合わせ時間は午後十三時。まだ全然、約束の時間までは余裕がある。
周はとりあえずベットから身体を起こし、ベットの淵に腰かけた。そして再び、ため息を漏らす。今後のことを考えると何故だかため息が零れる。
別に、千春との再会を嫌だと思ってるわけではない。おそらく突然過ぎてまだ心の準備が整っていないだけだ、と考えながらベットから重い腰を持ち上げた周はぐっと伸びをする。
「とりあえず飯食って、用意するか」
遅めの朝食兼昼食を食べた周は、自室で私服に着替えたあと家を出た。
服装は適当に選んだオーバーサイズのパーカーと黒のスキニーパンツとシンプル。変に気合の入った感じの服装を選んでしまえば、絶対に千春にからかわれる。だから、普段着るような普通の格好で決着した。
最寄の駅に到着した周は券売機で切符を買い、三分ほどあとにホームに入って来た電車に乗り込んだ。ガタンゴトンと電車に揺られること数分。途中、二駅を経由したあと、周を乗せた電車は目的地のJR星海駅に到着した。
星海駅北口から外に出た周は、前方に見える芝生の広がる広場へ足を向けた。そこが千春の指定した待ち合わせ場所だ。ステージみたいなのがあるその広場では、たまにストリートミュージシャンが歌を披露していたりする。今の時間帯的にそのような人の姿は見られないが。
ポケットからスマホを出し、現在の時刻を確認。周が自宅を出たのは集合時間の三十分ほど前。そして、現在の時刻は十二時五十分と待ち合わせの時間の丁度十分前だった。
そのあと、ホーム画面へと移行し、自然な流れでメッセージアプリを開くが。
「あ……」
途端、千春の連絡先を知らないことに気が付いた。
「手紙に書いてくれてたらな」
そんな当の本人に届くわけもない独り言を呟きながら、周が星海駅北口へ視線を向けた、その時。
丁度、JR星海駅の北口から外に出てくる人混みの中に千春らしき女の子を発見した。
その女の子は、JR星海駅北口を出た屋根のない場所に一度立ち止まると、広場周辺を見渡し始めた。雰囲気的に誰かを探しているようだ。
そんな彼女を周はなんとなく見ていると、偶然彼女と目が合ってしまった。だが、周は彼女から視線を逸らさず、一方の彼女は再び歩き出しトコトコと立ち尽くす周へと近寄ってくる。
そのタイミングで、彼女が四年ほど前に疎遠になってしまった幼馴染の千代田千春だと周は確信した。
千春は周の目の前で足を止めた瞬間、若干恥ずかしそうにこちらを見詰める。
「……」
「……」
すこしの間、周と千春の間に沈黙が流れたあと、千春の方が先に口を開いた。
「久しぶりだね」
「ああ」
「四年、だよね?」
「そうだな」
千春が親の転勤で遠くの街へ行ってしまったのは周と千春が中学に入学するすこし前だ。そして今、周と千春は明日には始業式を迎え、高校二年へと進級をする。中学の三年間と高校の一年間を合わせ、約四年の間、千春とは疎遠だったことになる。
見た目は、想像していたよりかは変わってはいなかった。だが、大人っぽくはなっているし、髪の長さは昔ボブカットだったのが、今では腰くらいまでの長さがある。身長は、高二の女子として見るとほんのすこし低め。身長175センチの周よりも頭ひとつ分くらいの差があるということは、だいたい155センチくらいだろうか。身長に関してはあれだが、尠からず色んな箇所が子供から大人へと成長しているのが目の前の千春から窺えた。
「周、だいぶ身長伸びたね」
「まあ、四年だしな」
「昔は同じくらいだったのに」
言いながら千春は、周の頭の上に右手を乗っけると、自分の頭の上にも左手を置いた。「周だけそんなに身長伸びててズルいなあ」と微笑み、千春は手を引っ込める。
「それに、男らしくなったね」
「そう言う千春は……」
周は、千春の全身を、主に顔から下の方に視線を向けた。先程まで緊張でか気にしていなかった千春の服装が、周の視界を占領した。
春らしいピンク色のボリュームカーディガンに、その下はシンプルな白のTシャツを。ボトムスは、ベージュのワイドパンツ。ピンクとベージュで春の穏やかさを演出し、かわいらしさがしっかりありつつ大人っぽさも兼ね備えている。『春』と名の付く千春にとても似合っているコーデだ。
なのだが、そんな千春から何故だか違和感をおぼえた。
「どうしたの?」
「いや、千春も昔と比べて大人っぽくなったなって」
「そ、そうかな?」
違和感の正体が何なのかはわからない。四年ぶりだからだろうかと自己完結させ、その違和感に関して今は、そんなに深く考えないようにした。
「まあ、四年だからね。わたしも成長してますとも」
その言葉に、周の視線がある場所に一瞬だけ吸い込まれてしまった。女の子から女性への成長を一番窺えるその箇所に。
「それで今日は、急に呼び出してどうしたんだ?」
念のためバレないように周は無理矢理本題を切り出した。
「せっかく周と再会できたことだし、デートでもしようかなって」
「駅前デート?」
「んーん。水族館デート‼」
「水族館? どこの?」
周の記憶が正しければ、近辺に水族館などない。周と千春が小学生だった頃に、最寄の駅から電車で三駅ほど進んだ駅前にはあったが、現在は客足が減ったのが原因で閉館してしまっている。大きな水族館あるとすれば隣県だ。
「もしかして周知らないの? 新しく最近近辺に出来たんだよ?」
「そうなのか」
「うんうん。アクア―トって名前の水族館でね。ホームページで見た感じ、ものすんごく綺麗で良さそうなの」
千春は鞄の中から取出したスマホを操作し、その『アクアート』とやらのホームページサイトを表示させた画面をこちらに見せてくれた。そこにはオープンした日付に、館内の様子などが簡単に掲載され、たしかに綺麗な場所だった。
「けっこう最近なんだな」
ホームページには四月一日にオープンと記入されている。アクアリウムとアートが融合した新感覚の都市型水族館と説明があった。
だから『アクアート』なのか、とひとりで納得していると千春にスマホを引っ込められ、周は千春に右手を掴まれた。小さくて暖かい手。四年前は同じくらいだったが、今では周の手の方が断然大きい。周が本気でギュッと握れば骨がポッキリ折れてしまいそうだ。
「予約制だから早く行かないと」
周は千春に引っ張られるがままに、星海駅北口付近のバス停前に移動する。どうやら千春に聞いたところ『アクアート』までは専用バスで向かうらしい。
数分後、バス停にやって来たアクア―ト専用バスに乗り込んだ周と千春は、後方の扉とは反対側の座席に千春が窓際に、周が通路側の形で隣り合わせに座った。乗客はバスの半分も埋まってないくらい。そのほどんどがカップルだと思われる雰囲気だった。
そして、周と千春を乗せたバスは、すぐさま扉を閉めたあと乗客全員の目的地である『アクアート』を目指しゆるやかに動き出した。