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入道雲と飴玉

作者: ゆず

忘れられない初恋の思い出がある。

小学生の俺は夏の暑い日、空に大きな雲を見つけた。

最初は雲の中に浮島があるのではとわくわくして見ていたのだが、時間が経つにつれその雲が雷雨を運んできたことに気づいた。

慌てて公園の遊具に隠れるとすでに隣の家の女の子が雨宿りをしていて、雷を怖がる俺に一つの飴玉を握らせてくれた。

飴玉は口の中でパチパチと弾けて、まるで雷を食べているかに思えた。

そう思うと途端に平気になって雨があがると二人手を繋いで帰った。

彼女の方が年上でそれ以降は会えば挨拶するぐらいの関係だったが、確かに初恋だった。


10年以上経って風の噂に彼女の結婚が決まったことを聞いた。

その時はそうかと思っただけだったが、この冬帰省したら、母から思いがけないことを聞いた。

そして今、悩みに悩んで病院に来ている。

直前になって手ぶらだったことに気付いたので、とりあえず売店で目についた飴を買った。


病室に行くと、記憶よりずいぶん小柄になった彼女がそこにいた。

声をかけると驚いた顔をされたが、ゆっくり上半身を起こした後で笑顔で迎え入れてくれた。

ニット帽が温かそうだねと言うと、彼女は彼の最後のプレゼントなのと笑った。

彼女の結婚話は無くなっていた。

そこからは彼女に聞かれるまま話をした。

俺が帰省中なこと、大学の単位がギリギリなこと、もうすぐ就活が始まること。

彼女は体力が無いらしく長居は出来なかった。

俺は飴玉を一つ渡して帰った。


その日から帰省中は毎日病室に通った。

数分話して飴玉を一つ置いて帰るを繰り返していると、ちょうど学校が始まる前に袋が空になった。

俺は最後の日、次は春休みに来ると約束して帰った。

彼女は笑顔だった。



待ちに待った春休み、帰省早々母から告げられたのは彼女との別れだった。

最後の日から数日後、息を引き取ったらしい。

なぜ言わなかったのか問い詰めると口止めされていたと返ってきた。

彼女はあの時、食べることも満足に出来ず痩せ細り、起き上がるのもやっとだったのだ。

固形物を口に入れれば喉に詰まらせる恐れがあったため、俺が渡した飴玉は一つも食べていなかった。

代わりに小さな入れ物に全て大切にしまわれていたという。

そして最後は彼女の希望で入れ物ごと一緒に燃やされたそうだ。


俺は鞄から飴の袋を一つ取り出した。

力任せに袋を破き、手当たり次第に小袋を開けて飴玉を口に放り込んだ。

口の中がパチパチして、そのあまりの激しさに涙が出た。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでいるだけで、渇いた口の中にパチパチの感触が広がってきました。 雷を食べているかのようなパチパチの飴が、ラストのやるせなさを印象的にしているように思え、よかったです。
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