4.
「帰るのか?」
「うん、久しぶりに両親に顔出してくるよ。」
すっかり夕日も帰っていった町で、俺は店の片づけをしながらディーノに聞いた。
彼はまた大きなリュックをからって、揚々と店を出た。
「そうじゃなくて、また元の生活に帰るのかって。」
「ああ……そっち……」
つまり、次彼に会えるのはいつかって話だ。また二年も開くなんてことは容易に考えられる。二年だけならいい。彼の性格からしてそれ以上の年月が開くことも考えられた。
それはちょっとだけ、寂しい。
ディーノは少し考えるそぶりを見せた。こうでもないああでもないと、ブツブツ呟いて頭を抱えている。
「オスカーはさ、自分に対しての評価が甘いんじゃないのかなあ。」
「何の話だ?」
ディーノは俺の質問には答えず、急にわけのわからない事を話し始めた。
「コミュニケーションをとる事が全てじゃないんだよ。この店は掃除が隅々まで行き届いているし、野菜ごとに産地や生産者の名前がちゃんと表示されている。それに栄養表示やレシピなんかも一緒に出しているのもあるだろう?」
「あたりまえだろう。そのくらいはどの店もやっている。」
「いやあ、そうかな……?」
彼は「参った」と言って笑うと皮肉か何か、こう言った。
「嫌々引き継いだにしては……って感じだな。」
「はあ。」
結局何を言い始めて、何を言いたかったのかは良く分からなかったが、彼が言う事が理解できないなんてことは昔からザラにあったから、今特に気にすることも無いだろう。
「そういえば『帰るか』って話なんだけど。」
「言いたくない訳じゃ無かったのか?」
さっきは上手くかわされたなと思っていたが、今度は自分から言うらしい。
「俺はもう旅を止めようと思ってこの町に帰って来たんだよねー。」
「……それは」
「それは何故かと聞かれたら、騙されたんだ。」
ディーノはエプロンを畳みながら聞いていた俺に背を向けた。
「あれはイタリア辺りだったかな、コンサートで音楽仲間が出来て、少しの間でもいいから一緒に活動がしたいと言われてさあ。簡潔に言うとその仲間の一人が、金が無いとか言ってさ。」
最後まで言わなくてもその時点でもう十分理解した。それだけでお腹いっぱいだった。
お人よしなのも昔から。自分はずる賢いくせに人のソレには気づかない。
昔からそんな奴だ。
「人って皆優しくは無いんだなあって初めて気づかされたよ。」
いい経験だったなと彼は笑った。
「ああ、でもそれで帰ってきて偶然、親愛なる幼馴染であるオスカーに出会えた。」
「盛り過ぎじゃねえ?」
「僕は人との偶然な出会いが好きで世界を旅してたんだって事思い出してさー。」
ディーノは両手を組んで背伸びをした。
「お前のせいでまた騙されるかもしんねえんだわ。」
と言う事は。それは再び彼とのしばらくの別れを指していた。
「それは。俺は凄い良い事をした気分だよ。」
それからディーノは一週間この町に居た。そして店にも手伝いによく来てくれた。彼は持ち前のトーク力でマダム達を魅了し、少し客が増えた気もした。俺はと言うと野菜を売るだけでなく、新しいレシピを一緒に掲示する事にチャレンジし始めた。凝った料理では無く、あの腕っぷしの強いマダムのような人の役に立つ、簡単で楽なレシピを考えている。
彼のおかげで、今はこの仕事が前よりは少し楽しくなった。かもしれない。
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