case.1 大久保 真由美[03]
「失礼します。こちらコーヒーになります。」「お待ちの間にお召し上がりください。」
どこに何があるのか分からず手探り状態だったが、なんとか言われた用事を済まし、お客様にコーヒーを出すことができた。
「わぁ、ありがとう!頂きます。」「ふふっ。誰かが淹れてくれたコーヒーなんて久しぶり…」大久保様はなんとも幸せに満ちた表情を浮かべている。慣れない中、必死にコーヒーを淹れた甲斐があったなぁ。俺が満足気な表情でいると、また事務所の扉が開いた。
「おはよ~。」
「おはようございます。」
声が重なり、所長と白石さんが続けて入ってきた。時刻は9時15分をまわっていた。
「おはようございます。」「お客様がお待ちですので、対応をお願いします。」
俺が二人に向けて引き継ぎを頼むと、所長がのんびりした口調で言った。「ちょうどいいや~。莉緒、夏樹に仕事教えてやってよ~。」
「はい。では、夏樹くんは、私の傍で仕事を見学していて下さいね。」突然の事に戸惑う俺とは対照的に白石さんは柔らかな表情で大久保様の対応に向かった。
うわ、いきなりの名前呼びだよ…内心、突然仕事を振られた事よりも、そちらの方に気をとられていた。心なしか頬が熱くなる。
「失礼します。今回、お話を聞かせて頂きます、白石莉緒と申します。」「本日はアシスタントの日向もご一緒させて頂きます。」白石さんは自己紹介の後、さっと俺の方に手のひらを向け一言添えた。続けて、俺も自分の名を名乗る。「日向夏樹です。よろしくお願いします。」
「では、早速ですが、相談内容を教えて頂けますか?」
一通りあいさつが終わるとすぐ本題へと移った。
大久保様が口を開く。
「ええ、実はこちらへ伺ったのはこのチラシがきっかけでしてね。」その手元には赤や黄色の文字で装飾されド派手に印字されたチラシが握られていた。
“嫌売屋~人から嫌われる能力売ります~”の文字が一際強調されている。なんとも胡散臭い謳い文句だ。
「ちょっと怪しいなとは思ったんですけど…もうこれにすがるしかないと思って相談に来たんです。」大久保様は控えめにポツリポツリと喋り始めた。