case.0 ~日向 夏樹~[01]
「いらっしゃいませー!!」
威勢のいい店員の声に迎えられ店内へ入ると、暖かく湿気をふくんだ空気がもわっと立ち込めていた。
充満した出汁の良い香りに、つい口の中に唾をためてしまう。
「何にする~?」
間の抜けた声で男が注文を促す。
「俺は、なんでも…」
先ほどと変わらずか細い声で答えると
「んじゃ、月見とろろそばふたつっと…」
券売機を操作しながら男が財布の中ををガサガサと探る。
「あっ、自分の分は出します!」
咄嗟に大きな声が出た。
「なんだ~声でるんじゃ~ん。」「いいよ、いいよ。今日は俺のおごりでさ~。さみ~から早く食べようなぁ~。」
などと軽い雰囲気で言われ、今日は名も知らぬこの男に奢られる事になってしまった。
高架橋から促されるままに無言でこの男に着いてきて、この立ち食いそば屋に入ったわけだが、こんな身知らずの怪しげな男に飯をご馳走になるなんて良かったのだろうか。
男の髪はくせ毛なのか寝癖なのかわからないが、髪は好き勝手な方向に伸びていてボサボサだし、着ているコートも、使っている財布も年季が入っている。
「あぁ…今万札しか持ってねぇや」
男の呟く声ではっとして意識をその場に戻すと、彼はこちらに顔を向けすまなそうに「千円貸してくんない?」「あとでどっかで買い物して、万札、細かいかのに崩すからさぁ。」と言うと、男はもともとのたれ目のところにさらに目尻を下げ、申し訳なさそうに微笑んだ。
「いいですよ。」
そもそも、今日はこの人が奢ってくれるというのにずいぶん低姿勢だな。ぼんやりとそんなことを思いながら、財布から千円札を取り出し、食券を買った。