世界間接近
クオリアの研究所は魔王城から遠い。前回も長い旅の末に辿り着いたところだが、行こうと思って行くとかなり遠い。
「ねえ、もう私の召喚で良くない? 魔石くれればぱぱっと召喚するけれど」
途中でセラが愚痴をこぼす。
「だから何度も言ったでしょ? その一回の召喚で当たりが引けるか分からないって。それに教会の召喚と違ってセラの召喚だとどんな人が召喚されるか全く分からないし」
「大丈夫よ、ちゃんと幸乃に似た人を召喚するように術式を構築したから」
「私に似た人ってそれはそれで不安だけど……てそこじゃなくて。ミルガウスの魔導書だって最初のは暴走したし、一回きりだと不安って話」
「それ言ったらクオリアだって失敗するかもしれないわ」
「う」
私は言葉に詰まる。
「でも、クオリアは魔術が成功すれば後はセラが成功するまでトライすればいいけど、セラの魔術が成功しても召喚されてくる人が失敗かもしれない」
「うーん、やっぱり言いくるめられてる気もするけど。まあ召喚し放題ならそれでいいか」
「いや、次の魔王が見つかったらもう召喚やめてよね?」
「ああ、気が向いたらね」
次の魔王になられる方にはしっかり釘を刺しておこう。でも、現代の方の事情も考えるとやっぱりセラの一発召喚にかけた方がいいのかな。やっぱり何回も召喚するのはあまり良くないよね。
そんな風に色々悩みつつも、結局私はクオリアの研究所にやってきた。まあ、クオリアの研究を手伝うっていう約束もあったし。戻ってくると、私と苺の激闘の跡がまだ生々しく残っており、その辺だけ木がなくなっている。私たちの気配を察知したクオリアはわざわざ出迎えに来てくれた。
「思ったより早く戻って来たな。しかも人数増えてるし」
「まあ色々あって」
こいつも時間間隔が人間と違うタイプだっけ。
「それより魔石を手に入れたんだけど、魔石があれば世界と世界を近づける魔法は使えるの?」
「そうだな。おおむね理論は完成している。後は魔力さえあれば魔法は発動するだろう」
「じゃあ、それでお願い」
私は魔石を渡す。さすがのクオリアも私の無造作さには驚いたようだった。
「魔石ってそんなに簡単に渡せるものだったか」
「だって私魔法詳しくないからクオリアの研究見ても成功しそうかどうか分からないし。それに苺も期待してたみたいだし」
「いや、私も全く魔法詳しくないけど」
「……まあ、頑張って。失敗したら許さないから。セラが」
セラはずっとクオリアのことを親の仇のように睨み続けている。クオリアはそんなセラを一瞥しただけだった。強いて言えば、この余裕が信頼の根拠かもしれない。
「いいだろう。このような機会を生かせないようであればどの道研究も知れたものだからな。失敗したら煮るなり焼くなり好きにするがいい」
そう言ってクオリアは魔石を受け取る。言動だけ聞けば確かに格好いい。
「ではついて来るがいい。せっかくだから研究の成果を見せてやろう」
私たちは前回は入らなかったクオリアの研究室のようなところに通された。中央に筒のような装置があり、おそらく研究所天井のパラボラアンテナのような形状の装置と繋がっている。クオリアは筒のような装置の根本の部分を開き、そこに魔石を入れる。
「世界と世界の間の魔術的な距離というのは二つの世界の違いにより成り立っている。つまり、似た世界同士であれば世界間移動もたやすいという訳だ。そのためにはこちらの世界を向こうに近づけるか、向こうの世界をこちらの世界に近づけるかしなければならないが、世界観の改変を魔法一つで行うことは大変であり……」
隣で苺がうつらうつらし始めた。確かに何言ってるかよく分からないけど重要な話なんだからちゃんと聞こうよ。一方のセラは興味津々でメモを取りながら聞き入っている。
「……という訳で、今回とる方法は魔王改め森咲苺からもらった向こうの世界の事物の因子をばらまくことで、疑似的にこちらの世界を向こうの世界に近づけていくことを目指すものだ」
「ちなみに、苺は何を渡したの?」
私は苺を起こして尋ねる。
「日本刀と手裏剣」
「……何だってそんなものを」
どっちかっていうと日本に旅行に来たアメリカ人とかがお土産に買っていくものだよね。
「だって魔物が生産出来るものなんて武器ばっかりだし。それに私の目的は日本への復讐だったから日本に近づけばいいかなって」
「全く魔法のこと分からないけどそんなことして戦国時代とかに転移したらどうするの?」
「え、そういうシステムなのかな?」
「あなたたち、そんなあやふやな理解でこんな魔法使おうとしていたのね……」
脇でセラが頭を抱えている。
「確かにな。世界が違えば時系列もリンクしていないから君たちが来た時代に繋がるとは限らないな」
クオリアはしれっと恐ろしいことを言う。
「はい、中止」
こうして世界間収縮魔法の使用は中止された。クオリアは心なしか残念そうな顔になった。




