郷愁
会談から帰ると苺は魔王城で見慣れないものを作っていた。敢えて言えばメガホンのような形状のものだろうか。魔法陣のようなものが刻まれていることからマジックアイテムのようなものを作ろうとしているのだろう。
「何してるの? ていうか実家のようにくつろいでるね」
「まあ、ある意味実家だし」
言われてみればそうか。
「これは現代で言うマイクみたいなもの。うまく出来てるかな?」
「マイクって何?」
隣にいたセラが興味を示す。純粋にマジックアイテムだから興味を持ったのかもしれない。
「簡単に言えば自分の声をちょっと大きくして、あとエコーする感じにする魔道具だよ」
「へー、元魔王様もつまらないものを作るのね」
セラは急に興味を失う。まあセラからしたらそうだろう。それでも一応得意分野だからか、作りかけのマイクを手に取り、何か始める。
「そんなもの、こうしてこうすれば余裕でしょう」
セラは魔法のマイクに少し術式を書き足してさらに何か魔法をかける。
「はいこれ」
「ありがと。どうかな、ああああ」
苺はマイクを握って声を出してみる。すると確かにマイクはいい感じに声が反響している。例えて言うなら狭くて密閉された部屋でしゃべったときのように。
「いい感じだね」
「そんなもの何に使うの?」
「そりゃ歌に決まってるでしょ」
「歌?」
セラはさらに興味なさげに言う。まあセラはそうだろうね。そこで私はようやく気付いた。そうか、苺は自分の中に残った曲を歌おうとしているのか。
「それじゃ歌おうかな……あ、私全くうまくないから」
そう言って苺は歌い始める。音楽もなく、特にうまくもない(でも私よりはうまそう。多分その辺のちょっとカラオケがうまい女子高生ぐらい)歌だが、苺はとても楽しそうだった。
「あーあ、付き合ってらんない」
セラは出ていってしまったが、苺は気にせず歌い終える。私は何となく拍手した。歌い終えた苺は満足げな表情をしている。
「どう? いい歌でしょ?」
「どうかな? でも苺がそんなに楽しそうなら間違いないと思う」
「そうそう、間違いないよ。……だって最後まで使えなかったんだもん」
急に苺は真面目なトーンになる。それを聞いて私はドキリとする。
「そう言えば幸乃は本当は好きな本じゃなくて自分で書いた本が代償だったんだって?」
「そうだけど」
戦いが終わった今、もはや意味のない嘘になっているので私は認める。
「幸乃のおかげで私はまた音楽を好きだなって思う気持ちを取り戻せた。まあ一歩間違えれば大惨事だったかもしれないけどね」
「そうだね」
あの時のことを思い出すと冷や汗ものだ。もし苺が全力で応戦して苺が勝っていたり、お互い代償を全て出し尽くして相殺したりしてしまっていたら大変なことになる。
「今歌って思ったんだ、私はもう忘れてしまった曲を取り戻せないけど、こんなにも好きなんだったんだって。でも幸乃は取り戻せる。だからお節介かもしれないけど手伝ってあげようって」
「手伝うって……どうするの?」
「幸乃に文章を書く楽しさを思い出させる」
苺は勝手に宣言する。
「手始めに幸乃が思うこの世界の理想的な展開を書いてみて」
「理想的な展開?」
急にそんなことを言われても困る。でもせっかく作った穏健魔王陣営は続いて欲しいし、出来れば人間陣営ともまあまあ仲良くしたい。新魔王軍も滅びては欲しくない。じゃあどうなればそれらの目標は達成できるだろう。人間と新魔王軍が争うことは止められないように思える。そもそもそれが出来るなら魔王陣営を割る必要はなかった。いや、一つだけあるか。第四勢力が出現すればいいのか。
その考えにいたった私はその可能性について書いてみることにした。人間でも魔物でもない第四勢力。どんな奴らだろうか。せっかくなら神族ということにするか。神族はせっかくこの地上に人間と魔物を作ったが、それらの出来に満足しなかった。だからいったん粛清してもう一回一から種族を作り直すために地上に降り立つ。共通の敵の出現に新魔王軍と人間は争いをやめ、穏健魔王陣営も協力する雰囲気になる。
「これだ!」
設定を決めた私はミルガウスからもらった白い本に猛然と筆を走らせる。筆を走らせている間は夢中で、時間が経つのもお腹が減るのも忘れた。そして無我夢中で書きなぐり、やがて少し展開に悩みが出来たところで私は我に帰る。傍らには相変わらず苺がいて、私を微笑ましく眺めている。
「はい、パン」
「ありがとう」
そのときの私は何とも言えない幸福感に満ちていた。




