異世界(視点変わります)
一話だけ異世界側の視点が挟まります。
こほん、突然だけどあたしの名前はエリア。ここアタナシア大陸で一番信仰されている光の神様クリスティアの神官。自分で言うのも何だけど、弱冠十五にして司祭に昇進した若手ホープだ!
五年前までアタナシア大陸は平和そのものだった。国はいくつか分立していたもののお互い争いもなく、平和に交易をしながら繁栄していた。あたしたちクリスティアの神官も国の境を気にすることもなく東西へ布教に走ったり、災害が起これば救援活動を行ったりしていた。そんな平和に突如終止符を打ったのは西方での魔王復活の報であった。
魔王というのはまだ神々が地上にいたと言われる神話の時代にいた、ありていに言って悪くて強いやつである。伝説ではクリスティア神に討伐されたことになっているので、もしかしたら単に特徴が似ている魔物というだけかもしれない。
当然クリスティア教会も魔王討伐を試みた。しかし魔王は神官が使う光の魔法に耐性を持っており、神官の攻撃では大したダメージを与えることは出来なかった。属性学の基礎では、ある属性に耐性を持つ者はそれと対になる属性、この場合は闇、の攻撃に弱いとされる。
しかしここで問題があった。長らく続いた平和の間に闇属性魔法は禁忌とされ、廃れてしまったのだ。もちろん禁忌を冒して研究を続けていたやばい魔法使いもいない訳ではないけど、彼らはむしろ魔王側についてしまった。そこで教会は奇策に撃って出た。この大陸にいないならよそから召喚すればいいのではないか。そこで大司教様が闇属性を司る悪魔神デモクレスに請願して闇属性魔法使いを一人送ってもらったという訳である。その存在を私たちは”救世主”と呼ぶ。
で、何でこの話が何に繋がるのかというと、デモクレスの聖地にその救世主を迎えに行く役目に選ばれたのがあたしなのだ。全く、信じられない。何を隠そうあたしはその計画には反対であった。いくら魔王が闇属性に弱いからといって、よその何の関係もない人に戦わせるよりはこの大陸の炎・氷・風・地とかの魔法使いに戦ってもらう方がいいに決まっている。
実際、光属性以外の魔法なら魔王にダメージを与えることは出来ることは分かっている。召喚される人も見ず知らずの他人のために命を賭して戦おうとは思わないだろう。それに、伝承によれば闇属性の魔法を使う魔術師は性格に闇を抱えているという。だとしたら、やってくる魔法使いの方には大人しくしてもらうのがお互いにとっていいと思う。
そんなことを考えているうちに私を載せた馬車はデモクレスの聖地についた。聖地とはいえ、表立ってデモクレスを信仰する者はほぼおらず、広い草地に石碑がぽつんと立っているだけだった。ただ、石碑を囲むように円形に草がきれいに生えていない空間が広がっている。そこには悪魔の力の結晶ともいわれる黒い石の破片が敷き詰められていた。
そんな広場の中央にその人物は立っていた。異界から来たというだけあって容姿も服装も珍しいものであった。まず特に目を引くのは黒く伸ばされたセミロングの髪である。癖があるのか、先端の方は少しウェーブしていた。こちらでは髪が長い場合束ねたりベールのようなものを被ったりするのが一般的である。そして黒というのもなかなか見かけない(ちなみに私は金だ)。
顔はどこか伏し目がちなせいか、眠そうにも見える。どちらかというと彫りが浅い。あたしたちの世界の美人の基準とは違うけど、少し可愛らしさがあって庇護欲をそそらなくもない。
服装もかなり変わっていた。白いシャツのようなものの上に水色のカーデガンを羽織り、さらにその上からボタンのついた紺の上着を羽織っている。ボタンはきちんと前で止められているが、袖からは余ったカーデガンがはみ出して手を半分ぐらい隠していて、きっちりしているのかルーズなのか分かりづらい。
下は折り目のついた短いスカートで緑調のチェック模様だ。こちらでは正装のときは長いスカートが多く、短いスカートを身に着けるのは冒険者など身軽さを重視する者が多い。まあそもそも彼女が正装で呼び出されたのかすらよく分からないけど。
あたしがそんな風にまじまじと見つめていると彼女もこちらに気づいたようで、ゆっくりとこちらを向く。あたしはそんな彼女に対してマニュアルで用意されていた台詞を言う。
「ようこそアタナシア大陸へ!」
そんなあたしに対して彼女はなぜか少し身構えるようにする。ちなみに召喚魔術には言語を調整する機能がついているらしい。
「え、あー、どうも」
「あたしはエリア。あなたの案内をすることになった神官です」
とりあえず軽い自己紹介をする。
「あー、本当に異世界みたいだね。困った」
「すみません、あなたの名前は?」
召喚されたばかりで不安なのか、彼女の態度はどこかおぼつかない。それでも話しかけているのだから挨拶ぐらいはして欲しい。
「……」
彼女はあたしを値踏みするように見る。
「私は今川幸乃」
「よろしくお願いします幸乃さん」
私の言葉になぜか幸乃さんはまたびくりとする。いたって普通のことしか言ってないんだけど。まあもしかしたら文化の違いとかあるのかもしれない。そう思うとやりづらいな。でも、とりあえず状況から確認するか。悪魔神が彼女にきちんと状況を説明しているかも分からないし。
「ところで幸乃さんは強力な闇属性の魔法使いの救世主の方とのことですが、召喚魔術についてどこまでご存知ですか?」
「は? 闇属性魔法使い? 救世主?」
幸乃さんの顔がはっきりと困惑に染まった。