邪神ドルヴァルゴア
「……私はどうなっても知らないから」
そう前置きしたがセラは話してくれた。
「ドルヴァルゴア。神話の時代に魔王陣営で最強の武将だったとされているわ。彼は特に思想とかどっちの陣営に勝って欲しいとかはなかったけど、そういう奴がクリスティア陣営に入れる訳もなく、魔王陣営にいたわ。彼はとにかく力を手に入れることを望んだ。他の魔王軍の将たちは皆、快楽や財宝、地位や権力の手段としての力を欲したけど彼は力自体が目標というタイプだった。いつの時代にもそういう人たちは一定数いるから、信仰を持つほどの知能を有する魔物の中ではひっそりと信仰されていた。人間も親しい人を殺されたりして突発的に信仰に目覚めることはあったらしいけれど、見つけ次第改宗を迫られるわ」
まあ、当然だろう。人間社会にも権力が欲しい人とかお金が欲しい人は常にいるけど、単に力が欲しい人は絶対に普通には暮らせない。
「魔王軍の中ではそこそこの派閥ね」
確かに魔王軍の中では多そうな信仰だ。
「どうすれば信仰魔法が使えるようになるんでしょうか?」
「そうね、ドルヴァルゴアの教義では純粋であることが求められているわ。純粋に力を欲せ、媚びへつらうな、力を振るうことを楽しめ。そんなところかしら」
「分かりました。これからは魔物に絡まれても媚びへつらわず、ドルヴァルゴア様に祈りを捧げながら戦います!」
彼女の目は希望に満ちていた。私のせいで恐ろしい邪教徒を誕生させてしまったかもしれない。
「ちなみに、私はシアと言います。お二人は?」
「私は幸乃」
名字まで言うと異世界から来たとばれてしまうかもしれないので名前だけ名乗る。
「私はセラ。全く、ドルヴァルゴアなんて全然好きじゃないのに」
「お二人はどちらに行かれるのですか?」
シアは私たちを純粋に感謝の目で見つめてくる。まあ、彼女なら一緒に来ても……と私が思っていると、セラが先に答えてしまう。
「だめよ。私たちが向かうのは魔王城。あなたのような半端者は危険だわ」
「す、すごい方々なんですね! 分かりました、頑張ってください」
シアは相変わらずきらきらした目で私たちを見送った。正直そんな彼女を残していくのは不安だが、確かにセラの言う通り魔王城に連れていく訳にもいかない。
「出来れば元気でね」
「ありがとうございます!」
私たちは手を振って旅を再開した。
少し歩いたとき、私たちとすれ違うように歩いていく数体のゴブリンの集団を見かける。彼らは私たちを一瞥して進路を変える。彼我の戦力というものをきちんと把握しているらしい。ただ、私たちとすれ違うということはその先にシアがいるかもしれないということになる。知らず、私の足は遅くなる。
「そんなに邪教徒の卵が気になる?」
「……うん」
「仕方ないわね」
口ではそう言いつつも実はセラも気になっていたのかもしれなかった。私たちは踵を返す。すると案の定、ゴブリンたちがシアと思われる人影に絡んでいるのを見かけた。思わず私は近づいていこうとする。それをセラは手で制した。
「他人に守られながら戦うなんてしてたら、ドルヴァルゴアの信仰になんて目覚める訳ないでしょう?」
それは確かにそうだ。でもこのまま目覚めなければ……。頼む、目覚めてくれ。私はシアの方を見ながら手を合わせて祈る。思えば、私の人生で本気で神に祈るのはこれが初めてかもしれない。
少しして、ゴブリンたちの中央に赤い光の筒のようなものが降りてきた。もしや、これが信仰に目覚めたということなのだろうか。次の瞬間、ゴブリンたちの中心でぴかっと赤い光が閃光のように瞬いた。そして次の瞬間、ゴブリンたちは皆地面に倒れ伏していた。
「邪神って言うだけあってすごいんだね」
私が無邪気に感想をつぶやくと、隣でセラは少し青くなっていた。
「いや、普通はいきなりあんな強力な魔法には目覚めないんだけれど。もしかしたら私たちはまずい者を覚醒させてしまったかもしれないわ」
「そうなんだ」
この世界に詳しくない私にはいまいち実感がわかなかった。ただ、シアが生きる力を手に入れたことに安堵した。
私は自己評価は低いが自己肯定感は高い方だと思っている。忌み子が本当に悪い生まれなのかは分からない(まあ、邪神信仰にすぐ順応してるあたり本当にそういう素質はあったのかもしれないけど)けど、私はあまり良く思われていない人に対して寛容だと思う。
ちなみにシアは後の歴史書に”武神シア”として人間から恐怖と畏怖の対象として書かれることになる。
主人公が陽キャだったら連れて行ってた




