VS大司教 Ⅰ
「あー、疲れた。ある意味長旅より疲れたかも」
「あれは慣れてない方には大変でしょうね」
エリアも苦笑いを浮かべている。
「でもどうします? もう休みますか? それとも夜風に当たりながら教会の見学でもしましょうか?」
助けてもらったのはありがたかったが、私は私で確かめなければならないことがある。私は意を決して言った。
「大司教様に会わせて欲しい」
「は、はい。というかまだパーティー会場にいると思いますが」
そう言えば大司教も参列していたな。
「いや、ああいうところじゃ話しづらいし」
「でも何を話すんです? 幸乃さんの意志なら私がお伝えしておきますよ」
エリアの瞳にどこか不安げな色が宿る。私はどの程度自分の意志を伝えるか迷う。ただ、あまり本心を言うとエリアは私を止めるのではないかという気がした。とはいえ私が大司教にそんなにいい感情を抱いていないことは彼女も知っているだろう。
「いや、単に小説の取材のためにと思って」
「なるほど。幸乃さんは熱心な方ですね!」
エリアは私と違って心根が優しいのだろう、私の言葉を信じたようだ。
しばらく私が自室のベランダで夜風に当たっているとエリアが戻って来た。
「お待たせしました。大司教様がお待ちの部屋に案内しますね」
「あ、ありがとう」
私はエリアに連れられて応接室に向かう。エリアがノックしてドアを開けると、中にはパーティー会場の奥の方にいた白髭の男がいた。パーティー会場ではただの好々爺といった雰囲気であまり印象に残らなかったが、小さな机を挟んで立っている姿を見ると確かに威厳のある神官といった雰囲気を醸し出している。その目には鋭い光があり、私は何となく油断ならない人物だなと感じた。
「これはこれは幸乃様。改めまして大司教のグレゴリオ・アルステアと申す」
「お時間とっていただいてありがとう」
私は大司教とテーブルをはさんで向かい合って座る。私が座ると大司教も腰を下ろしたがエリアは傍らで立っていた。私はエリアをだますことになってしまったことを残念に思いながらも口を開く。
「早速ですが大司教様、もし私が魔王と戦わないと言ったら私を元の世界に帰していただけますか」
「ちょ、ちょっと幸乃さん!?」
エリアの表情がみるみるうちに青ざめる。しかし大司教はある程度予期していたのか動揺は見られなかった。
「もちろん。幸乃様は言うなれば我々の勝手で呼び出したようなもの。戦っていただければ嬉しいがそうでなければきちんと送り返すのが筋というもの。ただ、異世界同士をつなぐ魔術儀式はそう簡単にはいかないものだ。そのため、実際に帰っていただくのは魔王討伐後となるが、それまではゆっくりしていかれると良い。幸い、元の世界での時間経過はないということだ」
「なるほど。それはありがたいお言葉」
私たちのやりとりをエリアは青い顔をしながら見守っている。だが本番はここからだ。今の言葉を言うだけなら誰にでも出来る。
「では今から私が使う魔法にかかっていただけないでしょうか。単に相手の心の内が分かる魔法ですが」
私の言葉に大司教の表情はわずかに変わる。傍らのエリアはひっと悲鳴を上げた。
「ゆ、幸乃さん、今日はもうこの辺にしておきましょうよ。ね?」
「大丈夫でしょ、エリア。大司教様が本心を語っているのならば私の寿命にかかってもかからなくても同じことだから」
「いや、そういうことじゃなくて。ほら、大司教様もお疲れだから」
エリアは私と大司教の間に入る。大司教はと言うと、何を考えているのか沈黙を続けている。しかし後ろ暗いところがないのなら即断するべきではないか。私の疑念はさらに募っていく。だからエリアの言葉も頭に入らなかった。
「ね、幸乃さんやめようって。その魔法も気楽に使える物じゃないでしょう?」
「まさか大司教様ともあろう方が嘘偽りをおっしゃるはずがないですよね」
「もちろんだ。使うなら使うが良い」
大司教も何か意志を決したのかそう言い放つ。私は静かに魔力を両手の中に集め始めた。




