1/5
惑いの峠
天城越えの秋は、九十九折を登るにつれて深まっていった。
紅や黄の木葉に彩られた山道は、西陣織の帯のようだった。
水無瀬愛里紗は、重い足を引きずるように坂道を登っていた。
目の前には、愛里紗の娘の手を引いて歩く、渋沢章仁の背中があった。
それは、手を伸ばせばすぐに届きそうな、いや、すくなくとも一度は、手が届いたと思ったものだった。
なのに今は、そのわずかの距離が、永遠に縮まらないもののように思えた。
木間ごしに見上げる空は、昨夜の雨の名残りで、薄墨を流したように重かった。木枯らしが寒々しく枝を鳴らし、結城紬の裾でわずかにわだかまって消えた。
山が泣いているような風の音は、愛里紗の脳裏に、昨夜の章仁の声を呼び覚ました。
「すまなかった」
その言葉は、甦るたびに、硝子のかけらのように愛里紗の心を傷つけた。
それが、だれにむけられた謝罪なのか。愛里紗には、わかりすぎるくらいに、わかっていた。
そして、それだけが章仁との絆であり、それこそが章仁との障壁であることも。