31. 告げる
翌日、昼前に目覚めたゆかりは隣を見て、その布団に使われた形跡がないのに気付いた。
耳を澄ましてみると、襖の向こう側から微かにテレビの音が漏れ聞こえてくる。
寝起きでまだ重たい身体をもそもそと起こし、襖を開けると、ランバートがこちらに背を向け、テレビを観ているようだ。
「……おはよ。ちゃんと寝た?」
「あ……ああ、寝たぞ。ちゃんと、寝た……」
「………………」
そう言ってゆかりに向けられた視線は白目が赤く充血していて、どう見ても寝ていない有様なのだと分かり、ゆかりは顔を引き攣らせた。
「今日は適当に近くの川にでも行こうかと思ってたけど、その調子なら部屋でゆっくりした方がいいかな」
「いや、行くぞ! せっかくだから、色々と見ておきたい」
「ええ……まあ、行くときになって無理そうなら言って。ご飯は? 食べた?」
ゆかりの言葉に首を振り、時計を見たランバートはもうこんな時間なのかと驚いている。
内線で料理を持って来てもらうよう伝えて、顔を洗うために洗面所へと向かった。
さっぱりしたゆかりが部屋に戻ると、この短時間の間に持ち直したのか、若干のよそよそしさは残るものの、いつも通りのランバートが寛いでいた。
「ご飯、何だろうね。ランバートは何料理が好き?」
「そうだな……肉か魚かで言えば、やはり肉だな。あと、こちらに来て知ったが、米も腹に溜まって食いごたえがある」
「肉と米ねえ。あ、そういえば、親子丼の日は喜んでたもんね」
「ああ! あれは美味い」
そんな他愛ない話をしていると、中居が料理を運んで来た。
ちょうど今話題に上がっていた肉と米が使われたカツ鍋に、ランバートの瞳が輝きだす。
「ふは、ランバートニヤけてる」
「なっ、……仕方ないだろう」
自覚があったのか照れて顔を逸らすランバートを揶揄うゆかり。いつの間にか先程までのぎこちなさは消え、二人は自然と笑い合っていた。
食事も終わり、ゆかりの案内で旅館近くの浅い川にやって来た二人。流れていく葉を眺めたり、素足を水面に浸してみたりと、思い思いにゆっくりした時間を満喫している。
暦では秋に入ったとはいえ、未だ暑さの残るこの季節。
ひんやりとした水の冷たさに満足気なゆかりは、ふと視線を感じて顔を上げた。
視線の先には、いつになく真剣な表情のランバートがいて、ゆかりは目を瞬かせた。
「……なに、どうしたの?」
「ゆかりに話がある」
「……うん」
その態度から真面目に聞かなくてはと感じたゆかりは、川から上がると彼の傍の岩へと腰掛けた。
その間もずっと視線を感じていて、なんだかむず痒いような気持ちになる。
「――俺は」
ランバートは一度そう言い淀み、深く息を吸うと再び口を開いた。
「俺は、お前に共に来て欲しいと思っている」
「共に――って、そっちの世界にってこと!? いや、えっ、そんなこと出来るわけ?」
「フォルテ……前に話した友人に聞いたら可能だと言っていた」
「じゃあ今度はあたしがそっちの世界を満喫する番な訳ね!いやー楽しみだなあ」
意外と乗り気なゆかりに、虚をつかれたランバートが目を丸くした。
次第にその顔には笑みが広がっていき――
「来て、くれるのか!?」
「え、うん? いろんな魔法があるんだよね。魔物、とかいうのもいるって言ってたし……はー、帰って来たらみんなに自慢しよっ」
「……帰って……?」
せっかくだからカメラを新調しようか、などと浮かれているゆかりとの間に食い違いを感じ、ランバートの顔色は一転して曇っていく。
「あちらで一緒に暮らすという話では……?」
「ええっ、でもお金だって限りあるじゃん? ランバートのときみたいに帰れないってならともかく、長期間は流石に申し訳ないわ。あ、ていうかもしかしてこっちのお金使えないのかな」
「……違う」
魔法のある世界を観光出来ると聞いてはしゃぐゆかりの肩を掴む。力強いそれに、思わずゆかりの肩が跳ねた。
真剣な色を湛えたココア色の瞳に、呆気にとられた自身の姿を見た。
「サンヴァウムで、俺と共に暮らして欲しい。俺と――結婚してくれ」
「け、結婚……?」
何を言われたのか。
ランバートの言葉を反芻したゆかりは旅行気分から一転、目まぐるしく回り始めた頭で、必死に言われたことを飲み込もうと試みる。
「や、まっ、結婚!? いやでも急過ぎないっ!? 普通、こう、付き合ったりとか色々あって――ていうかあたし貴族になるってこと!? 許嫁は!?」
「急になってしまったことは謝るが、もう時間がないんだ。許嫁については俺の方で処理するから問題ない。それに、貴族になると言ってもいきなり社交界に出るわけではなく、慣れてきたら追々という形で――」
「いやいやいや、無理でしょ! あたしが貴族、無理でしょ!!」
「…………返事はすぐでなくて構わない。色々と考えることもあるだろうから、俺が帰るまでに答えを出してくれ」
無理と連呼するゆかりの様子を見れば断られたも同然な気もするが、きっぱりと断られていないことをいいことに期日を先延ばしすることにすることにした。
頭の中で貴族になった自分をシミュレーションしては首を振るゆかりを複雑な面持ちで盗み見ながら、ランバートは高く澄み渡った青空を木々の隙間から仰ぎ見ていた。
大変遅くなってしまいすみません!
今後の展開を少し迷ってます……




