30. 寝室にて
山の幸のふんだんに使われた豪華な料理を平らげ、ゆかりが風呂に入っている間、部屋に取り残されたランバートは一人そわそわと落ち着きなく身体を動かしていた。
話そうと思っていた食事中はゆかりの叔母である裕子がいて、とてもじゃないが話せる雰囲気ではなかったし、ゆかりが入浴する直前まで彼女らは会わない時間を埋め合わせるかの如く話し込んでいたのだ。
彼女が戻って来るまでの間、とりあえず話す内容をまとめてみることにしたランバートは、付けたままだったテレビの前に腰を下ろした。
(まずは自分の気持ちを――……いや、こういうのは季節の挨拶からの方がいいのか? だがそれでは些かインパクトが欠けるのでは……)
見に染み付いた貴族の遠回しな言い方では彼女が理解出来るか分からないし、仮に通じず軽く流されでもしたら目も当てられない。
「む……どうしたものか……」
「うん? どうかした?」
「ゆかり!? いや、これは――」
考え事をしていてゆかりが戻って来たことに全く気付かずにいたランバート。まだ途中だったため考えも纏まっておらず、咄嗟に誤魔化しの言葉が口をつくが、ゆかりは彼の前にあるテレビの画面に目をやると「ああ」と納得の声をあげた。
「その話ね。さっきも言ってたけどどうなるんだろうね、ホント」
ちょうどテレビでは環境問題について取り上げられていたらしい。
濡れた髪をタオルで拭きながら寄って来た彼女がランバートの横へ座る。
風呂上がりの上気した頬と旅館の浴衣が扇情的で、そっと目を逸らした。
「ランバートの世界でもこんな感じの問題あって悩んでんの?」
「は……?」
「あっ、でも魔法が使えるんだから、何でもパパッて解決出来そうだよねー」
「…………ああ」
折角ランバートの世界の話になったというのに、咄嗟のことで頷くことしか出来ない。
髪を乾かしにゆかりがいなくなった後で、ランバート一人頭を抱えた。
その後も結局ゆかりに言い出すことが出来なかった。
ランバートはまだ明日もあるのだと自身に言い聞かせ、隣接する寝室へと向かう。
「…………」
引戸を開けたまま動きを止めたランバートの後ろから、何事かと訝しんだゆかりが顔を出した。
六畳程の広さの部屋の中心に二枚敷かれた布団。
その二枚に距離はなく、ぴったりとくっ付けられて敷かれていた。
「……まーたあの人は」
裕子がからかっているのだと呆れた顔で頭をかくと、ゆかりは未だフリーズしたままのランバートを不思議そうに見やった。
「もしかしてランバートってベッドでしか寝れない人?」
「いやっ、ちがっ、そうじゃない! み、未婚の男女がこんな密室で……っ」
「あー……」
そういえば同居するときにもそんな話をしたなあ、なんてゆかりは笑っているが、当のランバートは顔を真っ赤にしていてそんな余裕はなさそうだ。
「いつも一緒の家で寝てるんだから別にいーんじゃない? 流石にべったりくっ付いてるのは寝にくいから少し離すよ?」
そう言って片側の布団をずるずると引っ張っていくゆかり。
一応質問形式になっていたはずだが、彼が答えるのを待つつもりはないようだ。
離れたと言っても腕を伸ばせば届く距離ではあるのだが、ランバートは少しだけほっとしたような、けれどもどこか寂しげな色を瞳に映した。
「まあまあ、これも旅の醍醐味ってやつでしょ。どうしても嫌って言うなら仕方ないけどさ」
「い、嫌という訳ではなくてだな」
「ならいーじゃん」
何の問題もないとばかりに布団に潜り込むゆかり。暗闇の中彼女の操作するスマホの光がゆかりの顔を照らしている。
このまま本当に一緒の部屋で寝ていいものかとランバートは逡巡する。
誘っているのかとも考えたが、ゆかりの様子からしてそういう意図が含まれていないのだということは分かりきっていた。
そもそも今回の旅行もゆかり一人の予定に急遽追加されたもので、別の部屋など用意されているはずがなかったのだ。
とはいえ、彼女に好意を抱いている身としてはかなり際どい状況。いつ理性が爆発し、抑えきれなくなるか分かったものではない。
しばらくその場で立ち尽くしていたランバートは「少し風に当たってくる」とだけ言い残し、ふらふらと部屋から出て行った。




