29. 叔母
廊下から聞こえていた足音が部屋の前で止まり、ランバートは少し思案した。
ゆかりの言っていた夕食を持って来る時間にはまだ早い頃合だが、これは彼女を起こした方がいいのではないかと考えたのだ。
しばらく逡巡し、結局そのまま眠らせておくことにしたランバートは、起こさないようにノックされるより早く扉を開く。
「わっ、びっくりしたわぁ。すいませんね、今伺おうと思っていたところでして」
「あの、ゆかり――連れが寝てるので」
扉の前にいたのは、中居の着ているものよりも高級そうな着物の女性で、彼女がこの旅館の女将なのだと分かった。
彼女の足音は客の迷惑にならないよう極々小さいもので、耳のいいランバートだから聞こえたようなものだったため、女将は気付かずに扉を開けたのだと勘違いしているようだ。
料理で塞がっているのだろうと思っていた手には何も持たれておらず、女将が何の用で部屋まで訪れたのかと不思議がるランバートに、女将がしっとりと笑いかける。
「あら、あなたがあの子の――。私、ゆかりの叔母の立花裕子と申します」
「……叔母様、でしたか。俺は――私はランバートという者です。彼女にはいつも助けてもらっていて」
「あらあら、そんなに畏まらなくてもいいのよ。それにしてもあの子が男の子連れて来るなんて初めてだから驚いてたのよぉ」
ゆかりの叔母と名乗る裕子は、笑顔を浮かべたまま、瞳の奥では彼をじっくりと観察していた。
まるで値踏みをされているようでランバートは居心地の悪さを感じる。
「急に人数を変更していただいたみたいで」
「いいのよぉ。あの子の春は歓迎してあげなきゃ」
「いっ、いえ、俺たちはまだそんな関係じゃ――!」
「そうなの? まあ、何にせよ大歓迎よ。さ、お料理を持って来るわね。あの子を起こしてもらっていいかしら?」
「あ、ああ……」
裕子が居なくなるのを見送り室内へ戻る。
未だ寝息を立てて眠るゆかりの姿にランバートはそっと近寄ると、その顔にかかる髪をそっと指で払う。
「俺だけ、ということは期待してもいいのだろうか」
返事がないのをいいことに眠るゆかりの頭を撫でていたが、再び足音が聞こえてきたことで目的を思い出し、その手を肩へとかけた。
「ゆかり、夕食の時間だ」
「んー……あー……もうそんな時間?」
「ああ。先程女将が伝えに来た」
「げっ」
ゆかりはしばらく微睡んでいたが、女将と聞くとその表情を歪めガバッと身を起こした。
「お、おい」
「何もされなかった? あの人ああ見えてガッツリ肉食系だから、気を抜いてたらパクッといかれるよ」
「い、いや何も」
「そうよ、失礼しちゃうわぁ。いくら私だって流石に姪っ子の連れて来た子にまで手を出さないわよ」
ゆかりの勢いに押されて吃るランバートの後ろから聞こえたのは話題の人物のもの。
後に続いた中居は慣れているのか表情を崩すことなくテキパキと料理を運んでいく。
「あなたでもやっぱり心配するのねぇ」
「そりゃあそうでしょ」
叔母の顔になって微笑む裕子にゆかりは「何を言っているのだ」という表情を浮かべる。
その言葉にランバートは目を見開き続きを期待するが――
「知らない間に親戚が増えてもイヤだし、それに身内から犯罪者出すわけにはいかないからね」
「え? どういうこと?」
「あのねぇ、こう見えてランバート未成年だから」
「あらっ! そうだったの!?」
何故か得意げに説明するゆかりと彼の年齢に驚く裕子。
ランバートだけは何がなんだか分からずに二人の様子を眺めていた。
(それに……)
と、ゆかりは心の中で続ける。
裕子には説明していない――というか説明出来ないが、ランバートは一国の皇子。
傷物にしたと言われお咎めがあった場合が怖い。
「いやホント、いつか美人局的なのに引っかかりそうで怖いわ」
前に結海の件で発覚したことだが、ランバートは押しに弱い。
流石にゆかりの母親と似た年代の彼女にほいほいと付いて行くことはないと思いたいが、この世界に疎い彼が巻き込まれた場合の責任は自分にもあると感じるゆかりは目を吊り上げていた。




