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28. 山の上の旅館


 喫茶店『おしばな』を昼までで閉め、ゆかりが車を運転すること数時間。

 山頂付近にそれはあった。

 趣ある――といえば聞こえがいいが、周りの木と同化するようにこぢんまりと存在するその宿は、どう見ても栄えてはなさそうだ。

 醸し出されている近寄り難い雰囲気に、ランバートは「本当にここで合っているのか」とでも聞きたげに何度もゆかりへ視線を送るが、長時間の運転で疲れているゆかりはあまり取り合わず、さっさと宿内へと入っていってしまった。

 いざ入ってみると、外観からは想像もつかない程綺麗に整えられた内装で、エントランスの中央には屋根を貫く程の巨木が玄関から入ってきたランバートたちを迎えてくれていた。


「立花様ですね。こちらへどうぞ」


 着物姿の中居が先導し移動する間、初めての純和風な造りにランバートは先程までの不安感も忘れ、興味津々といった様子で辺りを見回していた。


「おおっ、これが……っ!」


 部屋に案内されたランバートが一目散に向かったのは、外が見渡せる窓。

 山頂近くにあるため、海や町が見下ろせ、暗くなりかけた町を家々の明かりが照らしている様が見て取れた。

 そして、彼が嬉しさに瞳を輝かせ目を向けるのは備え付けの露天風呂だ。

 この部屋に泊まる客が使用するためだけに存在するそれは、どのタイミングで浸かってもいいように常に湯が注ぎ続けられている。

 ゆかりから露天風呂のことを聞いていたため、ランバートはずっと心待ちにしていたのだ。

 毎年のことなので感動こそ減ったが、ランバートの気持ちも分かるとゆかりは生暖かい瞳でそれを見つめた。


「あたしご飯食べてゆっくり入るから、先入ってきたら? ご飯までまだ時間あるし」

「! そうか……? なら、先に入らせてもらうぞ」


 自身の鞄を漁り、いそいそと入浴の準備を始めるランバート。

 外の見える窓の障子を閉め、中庭へと続くドアへ手を掛けるが、はたと動きを止めると神妙な表情で後ろを振り向いた。


「……ゆかり。その、だな……」

「んー? なーに、もしかして一緒に入りたいとか?」

「なっ、ばっ、ちがっ……!?」

「ふはっ、嘘だって。早く入りなー」


 顔を真っ赤にして否定するランバートを笑いながら、ゆかりは運転の疲れを癒すために畳に横になりスマホを弄りだした。

 ランバートは釈然としないながらも、気持ちを落ち着かせるため先に入浴することにし中庭へと出て行った。

 

 少し乳白色に濁った湯に浸かり、次第に落ち着きを取り戻してきたランバートが考えるのは、戻るのが目前に迫った自国のこと――そしてゆかりのことだ。

 修司に言われたからと言うわけではないが、日本へ来てずっと手を差し伸べてくれていた彼女をこのまま手放すのは惜しい――いや、離れたくないと感じるようになっていた。

 それは幼い頃から婚約者として接してきた相手にも感じたことのない感情。

 ランバートはこの旅行中、彼女に伝える決心を固めていた。

 彼女が好きなのだということ、そして、共に国へ来てほしいのだということを――


 ゆかりのことを考え再び顔に集まった熱を冷ますため、ランバートはザバリと一度勢いよく湯に潜ると決意のこもった瞳で立ち上がった。


「……よし」


 残された時間は有限。

 早速ゆかりに伝えるため逸る気持ちを抑えて服を整えると、しっかりした足取りで室内へ続くドアを開いた。


「ゆかり! 少し話したいことがあるのだ、が…………」


 ドアを開けたランバートが見たのは、最後に見た位置で静かに眠りにつくゆかりの姿だった。

 運転の疲れ、いや日々の疲れもあるのだろう。起こさないよう足音を殺してそっと近くへ歩み寄る。

 初めて見る彼女の寝顔に思わず心臓が跳ねるが、その安心しきった寝顔を裏切れるはずもなく、息を深く吐き出すと廊下から足音が聞こえてくるまでの間、愛おしげにその寝顔を眺めていた。



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