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25. 花火


 外に出ると、まだ花火を見るには早い時間だというのにぞろぞろと人の波が海の方向へと続いていた。


「……凄い人の数だな」

「毎年こんな感じ。海の近く行ったらもっと多いよ」


 いつもの閑散とした町しか知らないランバートが圧倒される様子に、ゆかりはどこか得意げな笑みを浮かべた。

 せっかくだからと浴衣に着替えたものの、足元は歩きやすいようサンダルで来ていたゆかりは、すいすいとその波に乗って歩いて行く。

 風に乗って香るいつもの磯の匂いに混じり、焼きそばや焼き鳥などの香ばしい香りが鼻をつき、ゆかりはなんだか浮き足立つような気持ちになる。

 地元民として何度も訪れたことのある祭に、どこの出店の何が美味しいよとランバートに話しながら向かっていたのだが、会場までもう少しというところで隣にその姿がないことに気付いた。

 後ろを振り向けば、人の波に押されながら必死にこちらへ近付いて来ようとするランバートが目に入り、ゆかりは苦笑とともにほっと息を吐いた。


(こんな中ではぐれたら合流できなくなるよね)


 雑踏の中でも頭一つ飛び抜けているランバートとは違い、平均的な身長のゆかりは意識していないとあっという間に紛れ込んでしまうだろう。

 ゆかりは流れに逆行すると、自分の倍ほどのある太さの彼の腕をとった。


「おっ、わ、ゆかり!?」

「電話出来ないんだから、はぐれたら大変でしょ」


 顔を赤らめ動揺するランバートに苦笑しつつ、しっかりと腕を握ると、比較的流れの緩やかな外側へと引いて行く。

 そのまま流れに乗って歩き、現れた出店にゆかりはランバートの手を引いたまま駆け寄った。


「おじちゃん! りんご飴ちょうだいっ」

「んぁ? ゆかりちゃんじゃないか! そっちのは彼氏かぁ? かあーっ、外国人の彼氏とかマセてんなあ!」

「違う違う、彼氏じゃないって。えーっと、二つだから――」

「一本はまけてやるよ。いつも買ってくれてるからな」

「ありがと、おじちゃん。来年もちゃんと買うわ」


 一つ分の金額を払い、早速それに齧り付くゆかり。渡されたりんご飴を手に、ランバートはそのやり取りにすっかり感心しきっていた。


「ほら、早く食べないと次に行けないじゃん。焼き鳥に焼きそばに、かき氷は外せないよね」

「そう、なのか……?」

「当たり前じゃん! って、当たり前じゃないんだっけ? そっちはお祭とかなかったの?」

「あるにはあったが、花火なんてものもないし露店で売っている食事も聞いたことがないものばかりだ」

「ふぅん? あっ、あの店の焼き鳥美味しいから早く行くよ!」


 早く早くと急かすゆかりはいつになく上機嫌で、そんな彼女の調子にランバートは振り回されながら付いて回る。

 その場で食べられるものは食べ、ある程度腹の膨れた二人は、会場から離れ人気のない階段を上っていた。


「そろそろ始まるのではないのか? 会場から離れていいのか?」

「いーのいーの。こっちに穴場があるの」


 閑散とした住宅街を突っ切り、やっと足を止めたのはこぢんまりとした公園だった。

 公園の入口とは反対側はなだらかな斜面になっており、眼下に祭りの会場や花火の打ち上がる海が一望出来る、絶好のスポットとなっていた。

 二人の他にも同じ目的の者たちが数名見当たるが、混雑具合はまるで違う。

 少し離れた位置に腰を下ろすと、途中で買って来た缶ビールを開け、打ち上げのときを待った。


「――っ!?」

「わっ、始まったよ!」


 袋に詰めてもらっていた焼きそばや箸巻きを食べていると、ドンッと始まりの一発が打ち上がった。

 初めて見る光景、そしてその音の大きさに、ランバートは驚きから肩を震わせたが、彼女の様子からすぐにこれが花火だと分かり、それからは構えることなく楽しんだ。



「そういえば修司来なかったみたいだね。なんか外せない用があるとか言ってたけど」


 花火が終わり、それぞれが家へと帰って行く人々を眺めながらゆかりが呟いた。

 何やら外せない用事があるとかで、それが終わり次第駆け付けると言っていたが、この様子だと間に合わなかったのだろう。


「毎年一緒に見てるのか?」

「まさかぁ。予定が合うときに友達とかと一緒にって感じ。小さいときはお互いの家族と見に来たりしてたんだけどね」


 幼い頃の幼なじみの姿を思い出してくすりと笑う。

 素直でとても可愛い子だったのに、何がどうしてあんなチャラ男になってしまったのだろうか。


「まっ、毎年のことだから別に一年見なかったからってどうってことないけどね」


 今回だけしか見ることが出来ないランバートとは違い、この町に住んでいるゆかりや修司は今までも、これからだって何度でも見ることが出来るのだ。

 まあ、多少残念には思うだろうが、その中で一度見なかったからといって何の問題もないだろう。

 

 大分人の数が落ち着いた頃を見計らい、「さて、と」とゆかりは立ち上がった。


「念願の花火も終わったことだし、帰って飲み直そうか」


 あれだけ鮮やかに彩っていた花火の姿が消え、今や煙だけが残る藍色の空を背景に見た彼女は、心なしか哀愁のある表情に見えた。


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