21. 夜の買出し
ゆかりとランバートが仲直りしてからというもの、ぴりぴりとした空気もなくなり、二人は穏やかな日々を過ごしていた。
相変わらず元の世界との通信は上手くいっていないが、前のように一喜一憂することもない。
「あっ……シャンプーもうないじゃん」
夕食後のテレビを観終えた日付けの変わる頃、風呂に湯を溜めようとしていたゆかりがそんな呟きを漏らした。
そろそろ無くなるだろうとは思っていたが、利用者が二人に増えたことで減るスピードが段違いだった。
「ちょっと買い物行ってくるわー」
「こんな時間にか!? 明日じゃいけないのか?」
「んー……だって髪洗わないとかありえないし」
ランバートが明日明るい時間にしろと諭すが、そこはゆかりも譲れない。
反論しながら着々と準備を進めていく彼女の様子に、ランバートは溜息を吐きつつ立ち上がった。
「どうしてもと言うなら俺も行こう」
「ん。それじゃ水物も買っとこうかな」
荷物持ちが来るということで、ついでに重たい物を買い足すことにするようだ。
部屋着から着替え、車に乗り込んだ二人が向かったのは安売りで有名な店。
夜間に開いていることもあり、暇を持て余した若者が屯するのにうってつけで、ゆかりも随分と世話になったのだが店を始めてからはめっきり足を運ぶこともなくなっていた。
狭い通路を挟み、所狭しと陳列される商品にぶつからないように大きな体を滑り込ませるようにしてゆかりの後を追うランバートは、その品揃えの多さに嘆息した。
「凄い数だな……」
「迷子になるのはやめてよ?」
迷路のように入り組んだ通路を縫うように進み、目的の物をランバートの持つ籠に入れていくゆかりを呼び止める声が聞こえた。
「ゆかりちゃーん。この時間に会うの久しぶりじゃない?」
「結海……久しぶりだね」
ゆかりは一つ下の後輩である結海に気付くと、微妙な表情を浮かべランバートを隠すように前に出た。
けれど、目敏くその姿を視界に捉えた結海は、彼の傍へと行くと瞳を輝かせた。
「おにーさん、すっごいイケメン〜! ゆかりちゃんの彼氏?」
「い、いや……」
「だよねだよねっ! ゆかりちゃんには修司くんいるし! ゆーみも違うと思ったぁ」
薄手のキャミソールに、下着が見えそうな程短いスカートという装いを直視しないようランバートは視線を彷徨わせるが、結海は下から覗き込むように顔を見上げると彼の服を掴んだ。
「ねーえ、お兄さん。ゆーみと遊ぼ?」
「なっ!? なにを言って――!?」
「いーでしょお? ゆかりちゃんには修司くんいるし、寂しい者同士、ね?」
しどろもどろになったランバートがゆかりに視線で助けを求める。
大人しく成り行きを見守っていたゆかりだが、その視線に気付くと溜息を吐き、ランバートの腕を自分側へと引っ張った。
「結海、うちのバイト生からかうのやめて。ちなみに彼の国、付き合ったら結婚までまっしぐららしーけど、その覚悟あんの?」
「ええー、結婚はまだいーかなぁ。お兄さん、遊びたくなったらいつでも言ってねぇ。じゃーねえー」
まだ遊びたい盛りの結海は結婚はまだしたくないようで、そそくさと退散していく背中を二人で見送った。
結海の貞操観念が薄いのも有名だが、仮にランバートとの子供が出来た場合、彼女はシングルマザーになることになる。
どちらにしても、ゆかりにとってはあまりオススメは出来ない交際だった。
結海の姿が完全に見えなくなり、ゆかりは呆れた視線を彼に向けた。
「あのさぁ、イヤならイヤで自分ではっきり断ればいいじゃん。こっちに頼らないでさぁ」
「ううむ……そうなのだが……傷つけたらと思うとなかなかだな……」
「断るのに傷つけないこととかないの。そこらへんは割り切るしかないんじゃない? ほら、皇子だったっていうんなら、女の子群がってきたりとかあるんじゃないの?」
「一応、婚約者がいたからな。あんなに露骨に誘ってくる者はいなかった」
「出た、婚約者」
貴族映画を観るなら必ず出てくる『婚約者』の存在。
流石貴族は違うなぁ、とゆかりはひとりごちた。
「それでもドロドロがあるのが貴族なんでしょ? なんかこう、あの子より自分の方が身分が上だの何の」
「そういうのは……なかったんじゃないか? それに俺より兄上のことを慕っていたらしく、話すこと自体少なかったからな」
「ふぅん? 好きでもないのに結婚するって大変だね」
映画のように泥沼劇が実際にはなかったことは幸いだが、なかったらなかったで物足りなく感じるのか、ゆかりは曖昧に頷くに留めた。
自分より年下の彼に婚約者がいるというのも少々癪だが、それに気持ちが伴っていないものだと知って不憫に思ったということもある。
(結婚したら四六時中一緒だし、気が合わない相手とかだったら最悪だよね)
あれしろこれしろと指図ばかりしてくるモラハラ男を想像していたら、知らぬ間に眉間に皺が寄っていたようだ。
「凄い顔になっている」と笑われてしまったが、何故かそれに悪い気はせず、顔を見合わせた二人はしばらく笑い合った。




