2. 籠城
外国人だろうか。
カフェラテ色の短髪に、ココア色の瞳。
上半身には黒の鎧を身に着けていて、どんな攻撃も跳ね返してきそうな迫力がある。
そして右手に握られた剣――――
日本刀のような細さではなく、ずっしりと重そうな見た目の西洋の剣だ。
ゆかり自身、俗にいう元ヤンで中学・高校生時代少々ヤンチャなことをやってきた自覚はあるが、相手は大抵拳。悪くても金属バット。
ごく稀にナイフを手にした者もいたが、それはあくまで威嚇のためだった。
けれど男の手にある剣は今正に何かを切ってきたばかりように、ぬらぬらと光る血液が付着していて――――
窓に手を伸ばしたままの体勢で、そんな危険因子とばっちり目が合ってしまったゆかりは、サーッと顔から血の気が引くのを感じた。
「……う」
「う?」
「ぅわあああぁぁあ!! 殺されるーッ!」
回れ右の後、一目散にトイレへと逃げ込む。
後ろで何か言っていた気もするが、きっと金を出せとかそんなところだろう。
「ひゃ、ひゃくとうばん……!」
震える手で鍵をかけてズボンを探るけれど、ポケットはぺったんこ。
店にスマホを置いて来たことに気付いたゆかりは、頭の中が真っ白になった。
「ど、どうしよ……――――ひぃっ!?」
……とんとん。
頭を抱えるゆかりを嘲笑うかのように叩かれたドア。
ドアの向こうから男の困惑した声が聞こえるが、誘き出すための演技にしか聞こえない。
「お、おい。話を聞いて――」
「で、出てってよ! うちにお金はありませんーッ!」
自分でも驚く程の大声に、ドアの向こうで男が息を呑む音が聞こえた。
そして数秒。場を沈黙が支配した後、低い声で「入るぞ」と。
「はぁっ!?」
万が一にも開けられないように、力を込めようとドアノブに手を伸ばしたのと男が目の前に現れたのは同時だった。
ドアも開けていないのに、急に現れた男。勢いの付いていたゆかりは男の鎧に顔面からぶつかり、便座の上へと跳ね返った。
「いっ、たぁ!」
「す、すまない。これ程までに狭い部屋だとは思わなかったんだ……」
「っ、ひゃあ!?」
ぶつけたおでこを反射的に押さえようとしたゆかりは、顔のすぐ横で光るそれを見たのを最後に、意識を手放した。
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「おい、大丈夫か? おい――!」
「……あ、れ? ぅわぁ!?」
体を揺すられる感覚で目を覚ましたゆかりは、顔のすぐ上、顔を覗き込むように見つめる男に仰け反った。
意識がない間に男が運んだのか、ゆかりの体は寝室のベッドに横たえられていて、ゆかりはこれから行われるであろう事を予想して身震いした。
「そ、その……許可なく寝室に立ち入り、すまなかった」
「あ……はぁ」
身を固くするゆかりに対し、気まずげに頭を下げる男。呆気にとられたゆかりは、思わず気の抜けた返事を返してしまった。
意外にも男の耳は赤く色付いていて、どうやら照れているようだ。
そんな純情そうな態度と、腰のホルダーに収められた剣に、今すぐどうにかされることはなさそうだとゆかりは密かに安堵する。
言葉も通じているみたいだし、もしかすると話せば穏便にお引き取り願えるかもしれない。
家に押し入られている時点で純情もへったくれもないのだけれど。
そんな希望を胸に、ベッドから身を起こして男から少し距離をとると、しっかりココア色の瞳を見つめる。
「あたし、お金、ありません」
「……は?」
はっきり聞きとれるように区切りながら紡いだ言葉は、しっかりと伝わったらしい。
男の瞳が揺れて、お金が手に入らないのかと困惑している様子だ。
「人生、いろいろあります。今は辛くても、真っ当に生きていればきっといいことあります」
逆上しても駄目だから、アフターフォローも忘れずに。
そう言いきると、ゆかりの人生史上最も優しい微笑みを作る。気分は天使。女神でも可。
「……すまない。何を言っているんだ?」
「あ、あれ? 言葉通じなかった? えーっと……アイムノーマネー。プア。ワーキングプア!」
こんなことなら、苦手だと敬遠せずにもっと真面目に英語を勉強しとけばよかったと後悔するが、時すでに遅し。
知ってる単語を必死に並べれば並べる程、男の困惑は増していく。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。『プア』が何かは知らないが、あなたにお金がないことは分かった。だが何故急にそんな話を?」
「だ、だって……強盗、でしょ……?」
「なっ!?」
驚愕に目を見開いた男は言葉も出ない様子で怒りからか体を震わせている。
――あ、ヤバい。
これから激昂するだろう男に備えて体に力を入れた。歯を食いしばって衝撃に耐える。
だけど待てども衝撃は襲ってこず、遅れて聞こえてきたのは呆れたような溜息。
「あなたが異常に怖がっていた理由が分かった。私は強盗じゃない。決してあなたに危害を加えないと誓う。……話を、聞いてもらえないだろうか」
眉を八の字に下げ、こちらの様子を窺う姿がまるで叱られるのを待つ子供のように思えて、場違いだけどゆかりは少し笑ってしまった。




