15. 黙っていたこと
ランバートがゆかりの家に来て、一週間が経った。
この一週間ゆかりにみっちりと日本について教え込まれた彼は、今やしっかり日本での生活に順応していた。
元々覚えることの少ない『おしばな』での業務は勿論、今では近くのコンビニまで一人で買い物に行くことも出来る。
「ねえ、ランバート。迎えってちゃんと来るんだよね?」
常連客が帰った『おしばな』のカウンターに座り、昼食のオムライスと本日のケーキを食べていたランバートはゆかりの言葉に手を止めた。
遅くとも一週間は待たないだろうと考えていた彼の迎えも、こうも音沙汰がないと本当に来るのか不安になってくる。
ランバートは苦い表情を浮かべ、頬杖をつくゆかりを見つめた。
「そのはず、なのだが……」
「別にあたしはいつまでいても困らないんだけど、やっぱ、その……元の世界に戻りたいもんじゃないの?」
特に贅沢することもなく、細々と暮らしている今の生活が続いたところで、ゆかりには何も負担はない。
責めている訳でなく、純粋に心配しての問いであったのだが、思ったより冷たい色を放っていたことに気付き、後悔すると共にすぐ付け足した。
何にせよ、ゆかりだけでなく彼もあちらで何らかの問題が発生したのではないかと薄々感じていたのだ。
「……今まで黙っていたことがある」
「うん?」
しばらくカフェオレに浮かぶ泡を見つめていたランバートがおもむろに切り出した。
「俺は……俺がいた国、サンヴァウムの皇子なのだ」
「…………は?」
「お、皇子というのは王の子供ということで、子供は四人いるのだが、俺はその三番目の子であって――」
「ちょっ、ちょっと待って! 前に騎士だって言ってなかった!? あれは嘘で皇子ってのが本当!?」
「いや騎士というのも本当だ! その、話せば長くなるのだが……」
サンヴァウム国には三人の皇子と一人の皇女がいる。
正妃マリアからは第一皇子のザントと第三皇子のランバート。
第二側妃シンシアからは第二皇子のレオナルド。
そして第一側妃レベッカから産まれた皇女アンリだ。
次期国王として期待されるザントだが、如何せん体が弱く、このまま国を任せられるのかと不安視する声も多い。
とくれば、体の丈夫な第二皇子を推す声が上がるのも当然であろう。
第三皇子であるランバートはこれ以上争いが深刻化しないように、次期国王がザントであろうとレオナルドであろうと補佐することを決め、自ら騎士へと身を落としたのだ。
「えーっと、そしたらあたしはランバートを呼ぶとき殿下? 陛下? そんな感じのを付けて呼ばないといけないわけ?」
「いや、今まで通り頼む。それで、この世界に来たときに言ったことを覚えているだろうか」
「ええ? なんか魔物退治してたとかなんとか」
「ああ。俺はあの日第二皇子に言われ洞窟へと潜った。……今考えると、あそこに転移装置があったのも不自然だ。仮に、なのだがそれも全て兄上が仕組んだことだと考えると腑に落ちる」
完全に王座を自分のものにするために、兄弟さえも手に掛けるというのか。
数日前にランバートと一緒に観た貴族のドロドロ映画を思い出して、ゆかりは表情を歪めた。
「あの場には俺の部下もいたから、すぐ父上に報告してくれるものと思っていたが……兄上が妨害しているのならそれも難しいのかもしれん」
何人の部下がその場に居合わせたのかゆかりには分からないが、最悪な状態を想像しているであろうランバートの顔色は悪い。
「その……こっちから何かアプローチしたりすることは出来ないの?」
「実は来てすぐの頃に一度連絡を取ろうとしたのだが、そのときは何かに妨害され上手くいかなかった。魔物を倒したあとで魔力が残り少なかったということもあるが、こちらの世界は魔法がないからか魔力が溜まりにくくてな。何も魔法を使わなければ、明日の夜にでももう一度試してみようと考えていた」
「おお……」とゆかりが賛嘆の声を上げた。
彼女に言わないだけで、ランバートはひとり、自分に出来ることを行っていたのだ。
「せめて連絡がついてからと思っていたのだが、ずっと黙っていてすまなかった。身分の件もそうなのだが、決して騙そうとした訳ではない。信頼出来ないかもしれないが、その……」
「あー……いいよ。気にしてないし。むしろいきなり来て皇子だの何のって言われても信じなかったと思うし。
てか、妨害されたって言ってたけど、明日は大丈夫そうなの?」
「すまない。妨害についてはやってみなければ分からんが、常時見張ってる訳ではないだろうし、そればかりは運だな。ただ、時間が経つに連れてこちらが有利になると考えたいが……」
消費した魔力が溜まるまで大体四日程度。
条件が整い次第、時間帯を変えたりしながらヒット&エラーを繰り返していくという。
随分と効率の悪い作戦だが、これしか方法がないならやるしかない。
「もし、だけどさ、ランバートが戻るより先にその第二皇子が王位についてしまったらどうなるの?」
「……やはり、都合の悪い俺は消されるのだろうな」
ゆかりは貴族や王族について映画程度の知識しかないが、画面の中で繰り広げられるドロドロの愛憎劇を見たあとだとランバートがそう言うのならそうなのだろうと信じられた。
何だか釈然としないものを感じながら、「まあ、何かあったらずっとこっちにいたらいいよ」と励ますことしか出来なかった。




