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11. 幼馴染兼元カレ


「ふぅ……上手く出来ていただろうか」

「ばっちりばっちり! はいお茶」


 木村や数名の常連客が帰って静かになった店内に、ランバートの不安げな声が響いた。

 初めてのことをするときは誰しも緊張するものだ。

 カウンターに腰を下ろしたランバートを労るように冷たいお茶を出したゆかりは、内心感心していた。

 接客が初めてだと言う彼が失敗してもすぐフォロー出来るように傍で見ていたのだが、今も心配そうにゆかりの顔を伺う彼と同一人物だとは思えない程堂々としていて、かつ完璧だった。

 麦茶を味わうように飲むランバートを微笑ましく思いながら、ゆかりは空いた時間にスマホをチェックすることにした。


「……少し疑問に思ったことがあるのだが、今いいか?」


 ランバートの問いかけに顔を上げる。

 ゆかりはスマホをカウンターの上に伏せて置くと、頷いて続きを促した。


「ゆかりは――ここで稼いだ金で生活しているのだろう? その、客が少々少ないのではないか……?」

「……ん?」


 『おしばな』に訪れる客が少ないことくらい、ゆかりだって前々から分かっている。

 今更それがどうしたのかとゆかりが首を傾げていると、ランバートは一度言い辛そうに目を逸らしたが、意を決したのか真っ直ぐにゆかりの目を見つめると口を開いた。


「金がないのなら、砂糖を使う量を減らすだとか客を集める努力をするというのはどうだろうか」

「ん? 砂糖?」

「高級品の砂糖を惜しみもなく使っていただろう? 甘味だけでなく珈琲と付けてだとか。自分が貧しくとも他人をもてなす精神は立派だと思うが、それで恩人が己の首を絞めていく様は、その……見逃せぬというか……」

「んん? 高級な砂糖? 何の話?」

「昨日金がないと言っていただろう!」


 何か勘違いしているのだろうと思っていたゆかりだったが、ランバートの言葉で合点がいったようで「あ、ああ〜」と少し考える素振りを見せた。


「いやあれはランバートが強盗だと思ってたからさ……お金もいっぱいはないけど、それなりにはある、かな?」

「あれ程切実だったのにか!?」

「ま、まあ。それに何ていうか、このお店は副業? みたいな感じで他に稼いでるし」

「む?」

「株、って分かるかな? えーと、説明難しいけどネットの中で売り買いする――」

「?」


 両親が生きていた頃から株でちょこちょこと日銭を稼いでいたゆかり。

 両親の死後、保険金を突っ込んだ取引で、大きい声では言えないが大金を手にしていた。

 それからも暇さえあれば株価をチェックし、この家を維持するくらいの金額は軽く超える額を稼いでいる。

 ゆかりにとってこの仕事を続けることは、祖父の代から続く店を潰さないためという思惑もないこともないが、家でただダラダラするのも何だから、という理由が大きい。

 そんなことを掻い摘んで説明し、ランバートが「よく分からないけど困窮はしてない」というふわっとした理解に着地したのはいいが、今度はネットに興味を引かれたようだ。

 今日はまだ見ていなかったパソコンを立ち上げて、食い入るように見るランバートに説明する。


「ここに検索したい――えーっと、調べたい言葉を入力したら結果が出てくるの」

「これは……素晴らしく精密な絵だな……」

「絵っていうか写真ね。写真っていうのは――」


 初めて見る物に瞳を輝かせるランバートにひとつずつ説明していると、入口のベルが鳴って誰かの入店を知らせた。


(こんな時間に誰だろう?)


 また新規の客だろうかと小部屋から顔を出して確認すると、今はあまり歓迎出来ない客が立っていた。


「よっ! 適当にオススメなのくれ」


 傷んだ金髪に日焼けした肌。

 耳にじゃらじゃらとピアスを着けた男――ゆかりの幼なじみ兼元彼の中西修司だ。

 ゆかりと別れたあとに()()なって、ある程度モテてはいるようなのだが、小さい頃の坊主頭のくりくり野球少年時代を知っているゆかりとしては何とも複雑な気持ちになる。


「なに、急に。沙織だっけ? 彼女に怒られるんじゃない?」

「ああ別れた。そんで朱里と付き合ってー今はフリー」

「ふぅん」


 話しながら本日のケーキとアイスコーヒーを用意する。

 ちらりと小部屋の方を伺うが、ランバートはまだパソコンに夢中のようだ。

 そのまま出て来ないことを祈って、彼に気付かれない内にさっさと帰そうと、ゆかりは修司の話を適当に流しながら聞いていた。


「――それでさー、今度大和と海行くことになったんだけど、お前もどう?」

「いや店あるし。新しく彼女作って連れてきなよ」

「彼女ねぇ〜」


 ゆかりの軽口に何やら考え込んだ様子の修司。

 珍しいこともあるもんだと、しげしげと見つめていたゆかりは、その瞳が悪戯な色を映したのを見逃さなかった。

 「まずい」と思うより先に、修司の口が持ち上がる。


「そういやゆかり、お前はどうなん? なんかさー、さっきここに外国人がいるって噂聞いたんだよな」

「は?」

「しかも遠い親戚とかいうらしーじゃん? そんなのいたっけな?」

「あんたが知らないだけでいたのよ、実は」


 頬が引き攣るのを抑えて、自分の分のお茶をコップに注ぐ。

 視線が突き刺さっている気配がビンビンするが、ここで負ける訳にはいかない。

 スマホを確認して、「あっ」と小さく声を上げた。


「ちょっとこのあと外せない用事があるんだったわ。ごめんけどまたにしてくれる?」


 ちょっとわざとらしかったかもしれないが、修司は訝しむようにゆかりを見たあと、渋々といった感で財布を取り出し始めたから良しとしよう。


「500円ね」

「はいよ。……おいおい誰に向かってそんな口利いてると思ってんだよ!?」

「は……?」

「お前だよお前! ふざけてんじゃねーぞ、こらっ!」


 500円玉と引き換えに大人しくレシートを受け取った修司が突然罵声を上げ始めた。

 その変貌ぶりに唖然とするゆかりだったが、修司の目がゆかりでなく後ろの小部屋に向いていることに気付いて、ハッと目を見開いた。

 そして慌てて止めようと振り返った瞬間、目の前を風が横切った。


「下がれ!! 下がらぬのなら容赦は――……む?」


 止める間もなく現れたランバートに、ゆかりは頭を抱える。

 護衛らしく彼女を守ろうと間に入ったランバートも、その微妙な空気を察したのか、困り顔のゆかりと「おお、スゲー!」と何故か喜んでいる修司との間で視線を彷徨わせることとなった。


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