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10. アルバイト


 ランバートを伴い店を開けて早二時間。

 最初こそ慣れない雰囲気と警戒心とでそわそわ落ち着きない様子のランバートだったが、二時間も穏やかな時の中に居たら大分慣れたようで、入口に向けた警戒はそのままに『本日のケーキ』を作るゆかりを観察していた。

 ココアを混ぜたスポンジに溶かしたチョコを流し掛けながら、ゆかりは少々居心地の悪さを感じる。

 こうして誰かに作業を見つめられながらやったのは、祖母が生きていた以来だ。

 問題を起こすんじゃないかと危惧していたランバートも、出かけに鎧を着て準備していたのを止めたくらいで問題らしい問題を起こさずに済んでいる。

 本来なら喜ばしいことなのだが出鼻を挫かれたような何とも言えない感情のまま、ケーキの上部にナッツを並べていたゆかりは店の外から聞こえてきた話し声に緩みかかっていた気持ちを引き締めた。

 そう、まだ一番の課題ーー接客が残っているのだ。

 ちらりと壁に掛けられた時計を見やる。

 常連さん(木村)が来るにはまだ早い時間だから、もしかしたら新規の客かもしれない。

 出来上がったケーキを冷蔵庫に入れて手を洗う。

 そうこうしていると、入口のベルが鳴り、カップルらしい若者が入って来た。

 対応に向かおうとするランバートを止めて、自分の接客を見ているように促す。

 何とでも誤魔化せる常連さんと違い、外の町からやって来る客に()()()()()しまったらとんでもないことになる。

 下手したらネットに店名が晒される事態にもなり得るため、ここは慎重にいこうという作戦だ。


「いらっしゃいませ。こちらのテーブルへどうぞ」


 プリンになっている金髪の青年と茶髪でふわふわとした雰囲気の女性を窓際の席に案内して一度カウンターの中へ戻ると、初めての客に対する指示を仰ぐためにランバートが寄ってきた。


「あたしがやって見せるから見てて。ちなみに接客の経験は?」

「む……茶会やパーティに参加したことはあるが、商売については全く」

「りょーかい」


 異世界のお茶会について詳しく聞きたいところだが、テーブルの方からの視線を受けて注文を受けに向かう。

 ご注文の品のアイスコーヒーとカプチーノを用意したらあとは待機時間だ。

 一人で来る人やカウンターに座る客だと話し相手になることもあるが、今回はカップル。下手に話に加わるより二人きりの時間を設けてあげた方が喜ばれるだろう。

 自分たちの分の飲み物を作り、カウンターの中に置いてある椅子に座る。

 ランバートもカウンターの内側に座るように言ったのだが、体格のいい彼が中に座ると身動きが取れなくなりそうだったため一人カウンターに腰かけてもらった。


「さっきの話だけどさ、お茶会ってどんなことするの?」

「茶――紅茶を飲みながら会話するのが主だな。近況を話し合ったり、テーブルを挟む場には大体茶が出る」

「紅茶かぁ。それじゃあ次から珈琲より紅茶出した方がいい?」

「いや、このカプチーノというのも柔らかな味で美味い。ゆかりは俺が知らないものをいっぱい知っているからな。任せる」


 カプチーノの泡で口元にひげを生やしたランバートを笑っていると、テーブル席から呼ぶ声が聞こえた。


「はい。どうなさいましたか?」

「この本日のおすすめのケーキって何ですか?」

「アップルパイです」

「じゃあそれを二つお願いします!」


 本当はチョコケーキなのだが、さっき出来たばかりでまだ冷えていないだろう。

 それよりは一日置いて味の落ち着いたアップルパイを出した方がいいと判断した。

 三十分後、「また来ます」と言い残して笑顔で退店して行った二人を見送り、ゆかりはほっと息を吐いた。

 会計のときに少し話してみたのだが、二人は近くの海に遊びに来ていたらしく、ここのケーキが美味しかったからまた友達を連れて来ると言ってくれたのだ。

 ランバートと二人で皿を下げながら、気付けばゆかりの口元は上がっていた。


「よかったな」


 横で話を聞いていたランバートもどこか嬉しげにゆかりに声をかけた。

 ゆかりは少し照れくさそうにしながらカウンターの中へ戻ると、冷蔵庫から最後のアップルパイを取り出しランバートの前へ置いた。


「なっ!? これは先ほどの……! だ、だが今俺は職務中で、そもそも俺がきみに恩を返さないといけないのに」

「まぁいいって。次から接客もしてもらうから」


 さっきカップルに出す分を用意する間、ランバートが物欲しげな表情でずっと手元を見つめていたのにゆかりは気付いていたのだ。

 今だって困惑しながらも、アップルパイを見つめる瞳は嬉しそうに輝いていて、作った側のゆかりとしては嬉しい限りだ。


「むぅ! これは……! 程良い甘さで後味もさっぱりしていてーー」

「それはよかった」


 満足気なランバートを横目に食器を洗っていくゆかり。

 こうも美味しそうに食べてくれるのなら、作り手冥利に尽きるというものだ。

 ランバートがちょうど綺麗に食べ終わった頃、店のドアに付けたベルが軽やかな音を鳴らした。


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