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第五話 外に出てはみたけれど  

 尻が痛い。


 いきなりこんな言葉から始まるのもどうかと思うのだが、痛いものは痛いので仕方ない。痛いといっても未成年には見せられないような理由ではないとは言っておこう。


 原因は、俺が乗っている乗り物。いわゆる馬車である。


 馬車という乗り物に生まれて初めて……、少なくとも太刀朝陽としては初めての経験であった。


 ファンタジー世界ではポピュラーな移動手段であるため、特に何も覚悟もなく乗ったのだけど、ものの数分もしないうちに後悔した。


 最悪の乗り心地であった。


 舗装されていないむき出しの地面を、サスペンションやゴムといった衝撃を吸収する装置のない車輪が進むのである。当然その振動や衝撃は乗客の腰や尻に襲い掛かってくるのである。


 そして座る椅子は板張りの簡易なものである。


 これで体を壊さないといったら嘘になるだろう。病み上がりだから馬車を用意しておいた、安心しろと言っていた父親を非難の目で見る。


 しかし、その行為は意味が無いものだとすぐに知ることになった。


 寝ていた。それはもうぐっすりと。


 朝から夜までずっと働き詰であるという話を聞いてはいたが、こんなひどい環境で寝ることが出来るほどに疲れているなんて。


 非難の視線を止めて、同情の念を父親に向けることにする。


 目的地は遠くないと父親は言っていた。頑張って我慢することにしよう。




 

 馬車は都市へ入ると、大通りを抜けて塀と堀に囲まれた大きな屋敷の前で動きを止めた。とりあえず寝ている父親の頬に恨みを込めた平手を2、3回ほど打ち込んだ後、馬車から降りて伸びをする。


 思っていた以上に人がたくさんいる。現代日本の都市部の人口密度とはさすがに比べるべくもないが、十分に立派な年だと言えるのではないかと思う。


 眠りから覚めた父親が、赤くなった頬をさすりながら馬車から降りた。その様子を見て。強く叩きすぎたかなと反省する。


 さて、今日ここに来た理由だが、父親の主君であるクレアンデル侯爵に挨拶をすることが目的であった。そう、この馬鹿みたいにでかい屋敷は、侯爵の自宅なのだ。


 なんで俺がこんな場所に来たのかというと、正直よくわからない。部下の子供の快気祝いだとしても、大貴族たるクレアンデル侯爵がやるようなことでもないと思う。


 部下を大事にする人物なのかもしれないが、正直なところよくわからない。だって物語が開始する前に死んでいるからね。特に作中の役割もなかったから、名前だけで何も設定していなかった。


 俺の不安をよそに父親は門の前に立っていた守衛兵に気さくに挨拶をしてから屋敷の中へと入っていく。その後ろにぴったりとついて歩く。


 屋敷の外観から相当大きな建物だと思っていたが、正直なところ想像以上であった。廊下をどこまで進んでも終わりが見える気がしない。迷宮のようだと思う。東京ドームと大きさの比較できるかな。


 父親にたずねると、昔は普通サイズの屋敷だったが行政庁舎と合体させたため、無駄に広くなってしまったらしい。


 近世以前の価値観なら普通なのかな。それにしてもこの屋敷はでかい気がすぎるような。


 そうこうしているうちに、目的の部屋に着いたらしい。


 父親に目の前の部屋に入るように促される。子供といえども無言で部屋に入る無礼なマネはしない。コンコンとリズムよく扉を叩いた。


 その瞬間、扉が勢いよく開いた。それと同時に強烈な勢いでちんまりとした影が飛び出した。


 ラグビーなような見事なタックルで吹き飛ばされそうになるが、寮の足で踏ん張ってこらえる。


 せっかく怪我が治ったばかりだというのに、再び怪我をさせる気か。誰かに指示されたのか。やらなきゃ意味ないよとでも指示されたのか。


 そんな俺の感情とは裏腹に飛び着いてきた影は、背格好は俺と同じくらいの。子供かな。髪の長さからすればたぶん女の子。は笑顔を浮かべている。


 「ルゥ、 ルゥ! ルゥ!!」


 「え? え? え?」


 よくわからない言葉を発する少女に戸惑う。少し考えて俺の名前を呼んでいるということに気が付いた。俺の今の名前はルウシェリオだ。おそらく愛称がルゥなのだろう。


 愛称で呼ぶということは、ルウシェリオの知り合いなのかな。


 「とりあえず離れなさい。これじゃあ挨拶もできないよ」


 抱き着く少女を無理やり引き離して、顔を覗き込む。涙と鼻水でぐしゃぐしゃで印象は最悪だが、パーツは整っていることか、素の顔はおそらく美人さんだろう。


 しかし、この顔はどこかで見たことあるような……。

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