第四話 父親の仕事
ようやく外に出歩いてもよいという許可が出たのはこの世界に来てから1か月ほどの日数が過ぎたころだった。
自由に歩けると言うことがこんなに素晴らしいことだとは思わなかった。そういえば元の世界でも事故で死ぬまでは病気らしい病気など患ったこともないのだから、当たり前の話なのだが。
生きているって素晴らしい。思わず走りたくなる気分だ。
その気分のままに実行してみたが、メイドさん達から微笑ましいものを見るような目で見られた。ちょっと恥ずかしかったのですぐにやめる。
運動が出来なくなったので、父親の書斎にこもることにした。メイドさんたちが持ってきてくれた本の大半はここに納められていたものだと聞いたからだ。
書斎はきちんと清掃が行き届いているようで、整然と並べられた書棚が美しい。俺が元の世界で使っていた本棚なんて闇雲に本を突っ込んでいただけの、それはもう汚いものだったからこの本棚が輝いて見えた。
知りたいことが書かれていそうな本を探してみる。
これは、違うな。
これも、違うな。
あれは……、うん、見たらダメなやつだ。息子にこの内容が見られるのはまずいだろうな、父親として。
やっぱり見つからないな。古い年代記や歴史書の類ならいくらでもあるのだけど、ここ数年の出来事が書かれた書物なんてさすがにあるわけがないか。
『アンシャン・レジームと革命戦争』と似た世界であることは周囲にいる人間に聞いてだいたい把握している。俺が知りたいのはこの世界の歴史というか流れというか、俺が書き上げたシナリオのとおりに進んでいるのかということだ。
気になるだけで違っていても正しくてもどちらでもいいのだが、正しく進んでいるのであれば、自分の作ったシナリオが動くところを自分の目で見て見たいという願望がある。
やっぱり自分の作ったものにはそれなりに思い入れもあるというものだ。
この隅にある本は……、他の本に比べて少し形が変だな。
なんだろう何かの切り抜きみたいなものが大量に挟まっている。ああ、まてまて。こんな感じのものはもとの世界でも見たことあるな。ええと、あ、そうだ。新聞スクラップだ。うん、小学生ぐらいの時に作ったことがある。
この世界にも新聞はあったな。主人公が作中で起こした出来事と活躍の度合いが高いと新聞の記事になり有名になるシステムがある。善行でも悪行でも有名になれば行動できる幅が広がっていき、王様になったり、王制を打倒して民主共和制の政治家になったり、既存の宗教をぶち壊して新興宗教を作ったりと、悪ふざけのようなことまで何でもできるようになる。
その自由さが受けた原因の一つだと思うけど、ぶっちゃけた話、製作中は死にそうでした。企画した本人が言うことじゃなけど、複雑すぎるフラグに馬鹿みたいに多い分岐シナリオ。うん、本当に馬鹿なことをしたと思う。
そんな反省をしながらペラペラとページを捲った。
内容のほとんどは父親の活躍に関する記事だった。だれのどこの戦いでとか活躍しただとか、内政官としての手際を褒められる記事だとか、そんなのばかり。
こんなものを集めているということは、あの父親は名誉欲とかが強いのかもしれない。
しかし、こんな偏った記事でも、それなりに役に立つ。少なくとも父親と関係する人物がどういったものなのかは推測することが出来る。
そして、最後のほうに納められた記事を見つけて指でなぞる。指の先にある記事にはクレアンデル家の世継ぎが生まれたことが印字されている。
「ああ、やっぱりいるのだな」
そうつぶやいた。つぶやかずにはいられなかった。
アンリエッタ・リノ・クレアンデルはゲーム序盤から中盤にかけての主人公のライバル的存在で、作中屈指の小物的悪役として設定した存在である。
わかりやすい敵役と、小ばかにできるちょろさと、プレイヤーの恨みを集めても問題が無い性格というテーマで作り上げたキャラクターだった。
最初は上手くかけるか不安だったけど、書いているうちに妙に楽しくなって、このキャラクターがロクでもない結末ばかり作ったなぁ。
死亡エンドが14パターンあるのはさすがにやりすぎたと今では思う。
そして、扱いの酷さとビジュアルの良さが相まって、作中でも屈指のネタキャラになってしまった。
知りたいことはだいたいわかった。本を閉じて棚に仕舞う。そして周囲を見渡し散らかした本をさすがにそのまま置いておくわけにはいかないので、片づけを始める。
しかし、アンリエッタ・リノ・クレアンデルに仕えている騎士の家か。
ちょっと困ったことになったな。アンリエッタの部下の末路は悪役令嬢に従って討死するか、戦争犯罪人として民衆の手で打ち首なんだよなぁ……。
まぁ、それはそれで別にいいか。
自分で作った世界だし、その歴史の流れに従って死ぬのは仕方ない。