第一話 目が覚めると、そこは知らない天井だった
「……ここはどこ?」
この後に続く言葉もあるような気がするが、それについては俺の頭の中には自分自身の氏素性ははっきりと残っているため、口には出さない。
俺の名前は太刀朝陽。年齢は28歳……だったはず。
22歳でとあるゲーム会社に就職して、それからずっとその会社で働いていた。仕事内容はゲームの企画とシナリオを作ること。就職したての頃はろくなものを作ることが出来ず、ほとんどを没にされていたが、去年の今頃の時期にようやく人に認められるような作品を作ることが出来た。
タイトルは『アンシャン・レジームと革命戦争』
主人公が王党派か共和派、もしくは第三派に属し起こした行動で、国家の運命が変わっていくSLGとSRPGの要素を持ったゲームだ。
主人公の行動でシナリオが大きく変わるという自由度の高いシステムが、多くのユーザーに支持されて、売り上げは100万本を超えた。
それを知った時、本当にうれしかった。死んでもいいと思えるぐらいには。
……思うだけで、本当に死にたかったわけじゃないのだけど。
本当に交通事故って怖いと思う。自分がいくら気をつけていても、自動車の運転手にその気がなければどうしようもないもの。幸いだったのは痛みをほとんど感じることなく、意識を失えたということか。猛烈なスピードでトラックが突っ込んできてくれたおかげで、なにもかも一瞬だった。
記憶を確認するように頭の中で反芻しつつ、渾身の力で瞼を開く。ひどい寝不足のときのように瞼が重く感じられた。
うん、よかった、俺は生きている。たぶん心臓も動いている。心臓が止まっているのに意識があったらゾンビにでもなっているのかな。腐乱死体になるのは嫌だけど、疲労とか眠気とかない体はちょっと憧れる。
そんなバカなことを考えながら、ぼんやりとした頭で天井を眺めた。それから首を動かして部屋の中を見る。
殺風景な部屋だった。自分のいるベッドと椅子、それに壁付の棚と机があるぐらいか。シンプルな部屋は嫌いじゃないがもう少し充実させてほしい。テレビとか、パソコンとか、漫画とか。
体を動かしてみようとする……が、まったく動かない。どうしたことだろうと思い視線を体のほうへと動かしてみる。
なんじゃこりゃあ!
と言いたくなる気分だった。俺の全身は包帯でグルグルと巻かれており、一ミリも動かすことが出来ないようにしっかりと固定されている。足の指から手の指先まできっちりとまかれているようで、唯一自由に動かせるのは首から上だけである。
どれだけの怪我をおったのかはさっぱりわからないが、これはやりすぎだと思う。知らない人が見たらミイラでも作っていると思われそうだ。
包帯の中で動かせ分だけ体を動かしてみる。よかったちゃんと動くし感覚もある。ありがたいことに痛みはないようだ。
これならすぐにでも仕事に復帰できるかな。
次回作の話もすでに決まっている。ディレクターと早いところ企画の最終案を詰めなければならない。そこが間延びするとシナリオを作成する期間が短くなるからなぁ。ベッドの上でのんびりと休暇を楽しむのも悪くはないけど、働けるなら働きたい。
コンコンコン。
部屋の中に控え気味な音が響いた。音源のほうへと首を向ける。そちらには木製の開き戸があった。誰かが部屋の外でノックをしたらしい。
どうぞと言うべきなのかなと悩んでいると、扉がガチャリという音をたてて開いた。どうやらノックの主は返事を待たずに開けたようだ。
扉を開けた人物は人のよさそうなおばちゃんだった。 看護婦さんかな。見慣れない格好だけど、白を基調とした清潔感のある衣服を着ているし、頭には白いキャップのようなものをかぶっているし。
じっとおばちゃんを見ていると、おばちゃんと目線があった。そこでようやく俺が起きていることに気が付いたらしい。
気づいてくれたのなら話は早い。今の状況について教えてもらうとしよう。それから楷書の人を呼んでもらって……、いや、その前に包帯をほどいてほしいな。せめて腕が使えるようにしてほしい。
「だ、旦那様! 旦那様!! 大変です! お目覚めに……」
俺が口を開くよりもはやくおばちゃんが叫ぶ。それから慌てた様子で入ってきたばかりの扉から出て行ってしまった。
誰かを呼びに出て行ったようだが、随分と仰々しいなと思う。死人が生き返った様を見たようなオーバーリアクション気味の反応だな。
まぁ、いいか。医者を呼んでくれたならその人に話をすればいいだけだし。
あれ? そういえば医者のことを呼ぶときは先生じゃないのかな。それにあのおばちゃん金髪でやけに彫りの深い顔立ちだったぞ。それに来ていた洋服って電気街の路地とかで若い子がよく着ているようなものだったな。
……いったいここはどこなんだろう?