トラックという名の門
松尾進と武田健二がトラックの飛び込みに行こうとするのを、庄司信也と山田光秀が必死に止めた。
さすがに止めるしかない。
止める以外に選択肢が無かった。
部活で死人が出るのはまずい。
山田光秀は、立ち上がろうとする松尾進を止めるために腕を掴もうとした。
「松尾、まずは落ち着け!」
しかし、見事なフェイントを駆使して松尾進は山田の腕をするりとかわす。
そのまま出口に向けて飛び出してしまう。
「ぶふふふ、それは幻影だ。」
太っているのに、妙に運動神経が良い。
「待て、松尾!」
山田光秀は叫んで手を伸ばすが、待てと言われても当然に待つ気などない。
松尾進!部室を飛び出してトレックに散ってしまうのか?!
しかし松尾にとって予想外なことが青きる。
部室の前に生徒会長の安西良子が立ちふさがったのだ。
ひっつめ髪で三つ編みにしている、キツイ目つきの生徒会長。
その登場に、松尾は慌てて立ち止まる。
女性に触れることを躊躇するモテない松尾に、生徒会長に触れて道を開けるという選択肢はない。
「くっ、思わぬ伏兵が。」
立ち止まったところを、庄司信也と顧問の山田光秀に取り押さえられてしまった。
武田健二も本当は飛び出したかったが、彼もまた女性に引け目を感じているので、生徒会長を押しのけることができず諦める。
松尾進が取り押さえられらた事を確認し、生徒会長は幻想部の部室に入ってきた。
「話は全て聞かせてもらったわ。」
「盗み聞きですかな?」
「いいえ、監視よ。」
庄司信也のツッコミに、一切の動揺を見せない生徒会長。
「そこで私から提案があるから聞きなさい。」
松尾進は取り押さえられながらも、生徒会長を見る。
「提案ですか?何かいアイディアでも?」
「ええ、いいアイディアよ。さきほど謎の男性の声が私の脳に直接話しかけてアイディアをくれたの。」
「え?生徒会長にも異世界神様の声が届いたんですか?」
「そのとおり、声を届けるには相性も必要なようで、『長道』と名乗った人からメッセージがきたんです。私に!」
この時、『私に!』と言う生徒会長はどこか誇らしそうだった。
しっかりしているようで、所詮高校生。特別なことが自分に起こると嬉しいのだ。
そこで松尾はピンときた。
「その長道様は、デルリカ様のお兄ちゃんですよ。俺にこの召喚の本をくれた神様です。」
「そうなのね。どこか気の抜けた声だったけど、やっぱり神様なのね。」
「で、その長道様は何って言ってたんですか?」
「とてもシンプルなアイディアだったわ。『まずは、今日の召喚儀式をしてから考えてください』だそうよ。」
それを聞いた武田健二は、目から鱗が落ちた表情になりガクリと両手を床につく。
「確かに!1日1回しかできない儀式を今日しないなんてありえないよな。」
松尾進も、『グフッ』と口から血を出し膝をつく。
「た、たしかに。俺としたことが興奮しすぎて初歩的な失敗をするところだった。ぶふ。」
そこで、幻想部は急いで召喚儀式の魔法陣の準備を始めた。
松尾進がとりあえずトラックに飛び込むのをやめたようで、周りの人間は一安心。
そして魔法陣と祭壇を用意すると、松尾進はいきなり絶望した顔で両手を地面についた。
「しまったぁぁぁぁぁ!おいしいものを用意していないじゃないか。これじゃあ召喚に成功しても怒られちゃう!ぶふううう!」
叫んで、背後にいる顧問の山田光秀を見た。
ちらっ
目が合って、山田光秀は少し動揺する。
「おい、なぜこっちを見る。自分に何をさせる気だ。」
「いえ、前回は教頭先生がお菓子を用意してくれましたよね。ここは大人の財力をあてにできないかと。」
「お前たちの部活だろ、自分たちで負担しなさい。」
松尾進の眼がきらりと光る。
「デルリカ様には『今日のお供物は山田先生が用意しました』って言いますから。そしたら山田先生の好感度も上がって、脳内に直接話しかけてもらえるようになるかもしれませんよ。」
ピクリと山田光秀の肩が揺れる。
そして数秒悩んだ後、山田光秀は走り出した。
「ケーキと飲み物を買ってくるから待ってろ!」
その後ろ姿を見送ると、庄司信也がいやらしい笑みを浮かべて松尾進の隣に来た。
「松尾氏も悪よのう。どこで山田先生がデルリカ様に心を奪われたと気づいたのですかな?」
「ぶふふふ、昨日のビデオを見ている山田先生の目でわっかたのだよ。そう、俺たちと同じ目だったのさ。お気に入りのキャラが画面から見切れていても必死にその姿す俺たちとよく似ていた。だからすぐわかったさ。あれは恋をしてるね。」
「松尾氏、恐ろしい子。」
山田光秀が戻ってくるのを待っている間に、副生徒会長が生徒会長を探しに来た。
「生徒会長、急にいなくなるから探しましたよ。今日はなぜここに?」
「もちろん、今日の召喚を見るためよ。これは勘だけど、こんな不思議なことは高校を卒業したら2度と出会えないと思うの。だから出来るだけ見ておこうと思ってね。」
「なるほど、さすが生徒会長、慧眼です。」
松尾は、またビデオカメラを副生徒会長に渡そうとしたが、直前で思い直して生徒会長に渡す。
「生徒会長、手が空いていたらお願いします。」
「まあ良いわ。ところでなんで今副生徒会長に渡そうとしてやめたの?」
「ぶふ。それは、彼の尊厳の為に今は黙っておきます。今度昨日撮ったビデオを後で見てください。それでいろいろ分かると思います。」
「ふーん、じゃあこれが終わったら見させてもらうわ。」
しばらくすると山田光秀がケーキを片手に帰ってきたので、幻想部4人は配置につく。
「ではミュージックスタート!」
幻想部の4人は昨日と同じ蟹股で踊り、クネクネおどり、ささげるような動きをして、激しく両手を左右に突き上げて踊った。
ぱん、ぱぱん。ぱん、ぱぱん。
「異世界の~、マリユカ宇宙の女神様~。ちょっと良いとこ見てみたい。」
ぱん、ぱぱん。ぱん、ぱぱん。
「「「おいでませー、おいでませー、マリユカ宇宙の女神様ー、おいでませー」」」
ぱん、ぱぱん。ぱん、ぱぱん。
そして四人は声をそろえてYの字になりながら叫ぶ。
「「「「いでよ!異世界の神々よ!」」」」
すると魔法陣が光りだし、光があふれると人の形になった。
黒髪ストレートのロングで、アイドルでもしていそうな女子になる。
「どもー。デルリカお姉ちゃんはお昼寝中なので、私『里美』が来ましたー。些細なお願いなら一つだけなんでも叶えてあげましょう。願いを言ってねー。」
そして里美はあざとくポーズをとって微笑んだ。
その姿に、植木政子は興奮する。
あまりの興奮で、普段は90度に曲がった首がまっすぐ伸びる。
「また美少女きたー!しかも正統派アイドルっぽい女神様だー。」
珍しくドモらないでしゃべりつつ駆け寄る植木政子を見て、里美は一瞬驚き、すぐに植木政子に自ら駆け寄った。
「あなた、すごいキャラだね。すごいよ!こんな濃いキャラを持っているなんて羨ましいよ。すごいね、お名前聞いても良い?」
「あわわわ、私は植木政子と言います。」
「政子ちゃんかー。キャラが立っててすごいね。なんか願い事あったら言って。些細なものなら叶えてあげるよ。」
すると植木政子は手を差し出した。
「握手してください!」
里美はニコヤカニ両手で植木政子の手を握る。
「OKOK。ついでに私の歌も聞く?私のオリジナル曲『暴れん坊公爵令嬢』」
「はい、ぜひ聞かせてさい。」
「じゃあ行くよ、私の代表曲『暴れん坊公爵令嬢』歌うから、みんな楽しんでいってねー。」
里美の衣装が一瞬でアイドルっぽく変化した。
部室の明かりが消え、スポットライトが里美を照らす。
そして何処からともなく、腹に響くようなボリュームで音楽が流れた。
~~~里美ライブ中・しばらくお待ちください~~~
ライブが終わり、里美は手を振る。
「みんな、楽しんでくれたかなー」
「「「「「「「おおおーーーー」」」」」」」
7人はいつのまにか、熱く拳を振り上げて観客として叫んでいた。
それほど里美は魅力にあふれていたのだ。
もちろん植木政子は、先頭でかぶりつきで見ていた。
どこから持ってきたのか、手には光るスティックが握られている、
植木政子は里美に駆け寄ると、再びその手と掴み握手する。
「素晴らしかったです!私が見てきたどんなアイドルよりも素晴らしいです。控えめに言って最高です!」
「ありがとー。」
そういいながら、里美は目の前の祭壇に置かれたお茶を一気に飲む。
そしてケーキをアッという間に平らげた。
「ふー、ライブの後のエネルギー補給は甘いものに限るよね。じゃあ、私はそろそろ帰ろうかな。」
ここで松尾進はやっと正気に返った。
里美の怒涛の勢いにうっかり流されてしまっていたが、松尾進は聞かなければいけないことがあったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。トラックにぶつかって異世界転生しようと思うんですが、それについてご意見を聞きたいのですが。」
帰ろうとした里美は足を止めて松尾進を見ると、「あっ」という顔になる。
「いけないいけない。そういえばお兄ちゃんに、アドバイスを伝えてって言われていたんだった。」
「長道神様からの伝言ですね。」
「そうそう。えっと『トラックにひかれて異世界に行ける確率は1000万分の一以下だからリスクが大きい。でも逆に考えるんだ。走ってきたトラックぶつかって異世界に行けるなら、止まっているトラックに走って行ってぶつかっても同じではと。それなら1000万回のチャレンジも可能だろう』だって。じゃあ伝えたよー。」
それだけ言うと、里美は光となって消えて行った。
武田健二は、目から鱗が落ちた表情になりガックリと両手を床につく。
「たしかに・・・長道神様は天才か!それなら無理なく安全に全員が参加できるぞ。」
そのあと、日が暮れるまで幻想部の4人は学校の近くに止まっていたトラックにタックルを繰り返した。
そして1000万回という数字が実はとんでもなく途方もない数字だと気づいて、この方法は諦めることとなる。
トラックという名の異世界への門は、想像以上に狭き門であった。
生徒会長は、幻想部がトラックにタックルを繰り返す姿までビデオに収めた後、先日の儀式の映像を見て理解した。
「副生徒会長は女生徒に言い寄られても冷たくあしらうから大した奴だと思っていたけど・・・ロリコンだっただけか。」
そうつぶやいた後、今日の出来事を録画した部分も再生してみる。
映像を見ながら、絞り出すような声で独り言を言うのだった。
「なんか楽しそう・・・。それに可愛らし女神と仲良しなるなんて羨ましい。」
そのつぶやきは、天界に居る長道だけが聞いていた。
部長 松尾進
1年生。太っているが運動はそこそこできる。
眼鏡であばた面。
庄司信也
一年生 痩せて出っ歯で背が低い。
理屈屋で、とりあえず反論する癖がある。
通称バランサー。
武田健二
一年 中肉中背で髪が長い。
バンダナがトレードマーク。制服の袖は荒々しく引きちぎってある。
顔はだらしない不細工だが、筋トレが趣味。
ロリコン
植木政子
一年生 背がひょろ長い。
眼鏡で気弱。
しかし、学力は一番優秀。
アイドルが好き。
デルリカ・ユリスク
ある日、世界渡航に失敗して松尾進の前に降ってきた。
それが幻想部発足の発端となる。
義理の兄の故郷そっくりな世界にに興味を持ち、しばらく滞在することにした。
幻想部の面々からは「異世界転生の女神」として扱われているので、呼び出されるたびに適当なことを答えて混乱を呼ぶ。
長道・ユリスク
帰ってこないデルリカを心配して日本に似た世界に迎えに来たら、帰らないと言われてしまい、仕方なくこの世界にとどまり、幻想部を見守っている。
異世界から来たメンバーで、死人が出ないように気を使ってるのは長道だけ。
里美・ユリスク
異世界から義理の兄である長道についてきた。面白そうなことになっているので帰らないで一緒に過ごすことにした。
生前はスーパーアイドル。
マリー
マリユカ宇宙の最高神。気まぐれで長道についてきた。
人の命なんてなんとも思っていないので、時々平気で幻想部の人間を殺そうとする。
山田光秀
体育の教師で32独身。幻想部の顧問。
生徒の不祥事で剣道部がつぶれた後、どこかの部活の顧問をやらないと、他の教師からの嫌味を受けるので楽そうな幻想部の顧問を買って出る。
よく幻想部員に騙されて金を出させられる。
四角い顔で髭の剃り跡が青い。
いつも茶色いジャージ。
デルリカに一目ぼれ。
北条安子
57歳
教頭先生。柔和なおば様という印象だが、昔は三角眼鏡で定規を片手にビシビシ生徒をしごいた数学教師。
安西良子
生徒会長。ひっつめ髪で三つ編みにしているため、目が吊り上がっている。
あまり融通が利かないで、各部長とはよくケンカになる。
可愛いものが好きな一面があるが、自分のキャラに会わないと自覚しているので隠している。
斎藤吉郎
副生徒会長。生徒会長以上に融通が利かない秀才で、風紀委員長も兼ねている。
背が高くイケメンなので女子人気は高いが、男子からは「殺したい生徒」扱いされている。
ロリコン。