女神召喚
放課後。
元剣道部の部室に、人が集まっていた。
幻想部部長の松尾進。
そして幻想部の面々である、庄司信也(背が低い出っ歯)、武田健二(バンダナと破れた袖が自慢)、植木政子(通称、眼鏡をかけた八尺様)。
そして教師は2人。
顧問の山田光秀(32歳、体育教師。角刈りで青い顎で茶色ジャージ)と、教頭の北条安子(品のいいおばあちゃん系)。
さらに生徒会から生徒会長と、副生徒会長。
計8人。
松尾進は、思ったよりも人が多い状況で少し動揺していた。
半コミュ症にとって、教師や生徒会の偉い人に監視された状況はつらい。
(ヤバイ、ここにきて緊張してきた)
みると、仲間の三人も緊張気味に昨日渡した資料を再度必死に読んでる。
失敗は許されない。
だから、すでに覚えたはずの召喚の儀式を、直前まで必死に確認しているのだろう。
テスト前か!と言いたくなる真剣さだ。
すると、松尾進の脳内に声が届いた。
『テステス、マイクテス。あーあー。OKですわね。松尾よ、今ワタクシは貴方の心に直接話しかけています。聞こえますか?』
「め、女神様!聞こえます。」
『では落ち着いてお聞きなさい。儀式を行うにあたり慌ててはいけませんわ。確実に儀式を成功させたければ、ベークドチーズケーキと、オレンジソースのムース。それにおいしいティーを用意するのです。そうすれば儀式の成功率はぐっと高くなるでしょう。』
「はい、女神様!ベークドチーズケーキと、オレンジソースのムース、それにおいしいティーですね!」
いきなり叫んだ松尾に山田光秀は慌てて駆け寄る。
「おい、どうしたんだ?動揺して幻覚でも見ているのか?」
「ぶふふ。違いますよ、女神さまが直接俺の心にお言葉を届けてくれたんです。先生、急いでベークドチーズケーキと、オレンジソースムース。それとおいしいティーを用意したいので、お金を貸してくれませんか?」
「おいおい、いきなりなんだ・・・。」
だがそこで教頭がニコニコ寄ってくる。
「偶然ですが、今のラインナップは校長室にあるお菓子ですね。偶然とは思えないほど具体的で興味が出てきました。校長から分捕ってきますので少し待っていて下さい。」
教頭は楽しそうに部室を出て行く。
松尾進は教頭のノリの良さに動揺しつつ、眼鏡をクイっと直した。
「教頭先生って、意外に暴れん坊かもしれないですね・・・。」
「ああ、自分も驚いた。」
その様子を見ていた生徒会長。ひっつめ髪でキツイ目つきの安西良子は吐き捨てるようにつぶやく。
「とんだ茶番ね。もう廃部で良いじゃないかしら。植木さんはトップで入学したほど優秀なのに、なんでこんな連中に付き合っているの?」
植木政子は高い背丈を丸めるように小さくなる。
「あの・・・必要だって言って・・・誘われたので。」
「それだけ?」
「はい・・・それだけです。」
安西良子は、ため息をつきつつオデコを押さえる。
「はぁ、あなたは優秀なんだからこんなバカの頼みなんて断りなさいよ。」
「えっと・・・スイマセン。」
安西良子は、植木政子の幽霊のような外見なんて気にしていなかった。
入試でオール満点をとった植木政子を買っていたから。
だからこそ、この気弱な態度が心配になる。
(可哀そうに。馬鹿たちに頼まれて断れなかったのね。この茶番が終わったら、強引に生徒会に誘うのもいいかも)
そんなことさえ考えていた。
そうこうしていると、教頭がお菓子とお茶のセットをもって戻ってきた。
「お菓子とお茶をもってきましたよ。これをその祭壇に置けばいいのですか?」
教頭、北条安子は実は楽しくなってきていた。
こんな型破りで馬鹿な生徒たち久しぶりだ。
この部活は茶番かもしれない。しかし真剣にバカなことをしようとする幻想部見ているのが楽しいのだ。
(こんなバカな生徒は久しぶり。昔は結構いたんですけどね)
そんなことを思いながら、お菓子とお茶をセットする。
そこで再び松尾の脳に直接声が響いた。
今度は幼い少女の声だった。
『えっとー、マリーは今、松尾の心に直接話しかけているのです。聞こえますかー。お茶とお菓子はマリーの分も用意するのです!用意しないと爆破しますよー。』
「ノーーーーー!爆破は駄目です!教頭先生、お菓子とお茶は2人分でお願いします!今幼女の女神が僕の脳に直接話しかけてきました。幼女の声の女神様の分も用意しないと爆破するって言いだしました!お菓子は2人分ありますか!」
「(また面白い設定ですね)はいはい、では二つずつ置いておきますね。」
そこで松尾進はビデオカメラを出して、副生徒会長に近づいた。
「すいません、人手が足りないので記録係をお願いできませんか?歴史に残る大スペクタクルなので。」
副会長はシャープなイケメン顔を困惑色に染めつつ、ビデオカメラを受け取る。
「監視役の我々まで使う気か。なかなか肝が太いな。まあ、私も役立たずであるのは嫌いな方でね。良いだろう引き受けよう。」
「ありがとうございます!」
松尾進的には、まだ彼が副生徒会長だと気づいていなかったからこその行動であった。
教頭がお茶とお菓子の設置を済ませたところで、松尾進はすでに用意した魔法陣の前に立つ。
「では記念すべき幻想部はじめての召喚儀式を行います。召喚用意!」
そこで、庄司信也、武田健二、植木政子はノロノロと松尾の後ろにつく。
「ではミュージックスタート!召喚ダンスはじめ!」
松尾進の掛け声に合わせて、山田光秀は再生機のスイッチを押す。
ズンチャズンチャズンチャズンチャ
この音楽は、召喚ノートに書いてあった楽譜を正確に再現した音楽。
庄司信也が昨日徹夜でパソコンにデータを打ち込んで作ってくれたものだ。
その音楽に合わせて、四人は蟹股になってピョンピョン飛ぶように踊りだす。
後ろから記録映像を残すためにビデオカメラを渡されていた副生徒会長も唖然とする。
「なんだ、このアホな光景は。」
しかし、アホな光景はこれで終わらなかった。
音楽がBパートに入ると同時に、四人の動きはくねくねした動きに変わる。
Cパートに入ったら、身を低くしてあがめるように何度も両手を突き出す。
生徒会の二人は呆れたが、教頭は上機嫌だ。
「まあ面白い!これだけでも今日来た甲斐がありました。」
そして運命のDパート。
最後はかなりの蟹股で身を低くすると、全力で両腕を振り回すように動き、激しく髪を振り乱した。
そして曲が終わると、四人もゆっくり動きを止めて普通に立つ。
一呼吸おいて松尾進が手を叩きながら、口上を上げだした。
ぱん、ぱぱん。ぱん、ぱぱん。
「異世界の~、マリユカ宇宙の女神様~。ちょっと良いとこ見てみたい。」
ぱん、ぱぱん。ぱん、ぱぱん。
「「「おいでませー、おいでませー、マリユカ宇宙の女神様ー、おいいでませー」」」
ぱん、ぱぱん。ぱん、ぱぱん。
そして四人は声をそろえてYの字になりながら叫ぶ。
「「「「いでよ!異世界の神々よ!」」」」
異様な光景だった。
幻想部以外の者たちは、みな言葉を失い硬直する。
口上が終わると幻想部の4人は直立して両手を上に伸ばすY字状態で止まった。
チッチッチッチ
時計の音だけが響く。
それ以外誰も音を立てず、部室内は何ともいえない静寂が包んだ。
ほんの数秒の静寂。
しかし、この場にいる者たちにとってはとんでもなく長い数秒だった。
(失敗したか?)
Yの字になりながら、松尾進のオデコに冷や汗が流れる。
その時だった。
魔法陣が光りだした。
全員、その光景に言葉を失う。
茶番だと思っていたら、魔法陣が光だしたのだ。
当然、全員がそこに注目する。
すると魔法陣から、二人の女性が出てきたのだ。
「う、うそでしょ・・・・」
生徒会長は動揺で口を手で押える。
副生徒会長も動揺しながらも、必死にビデオカメラを向けた。
山田光秀は、出てきた美女に見とれた。
教頭は、声が出ないくらい驚くと同時に目を輝かせる。
魔法陣から出てきたのは2人。
1人は軽くウェーブのかかった金髪の美女、デルリカ。
一昨日の帰り道で出会ったの美しい女神さまだ。
もう一人は、水色ストレートの髪をした10歳くらいの美幼女。こっちがマリーと名乗った女神だと松尾進は理解する。
二人は現れると一瞬浮き上がり、ふわりと地面におりる。
その時、無意識に全員が膝をついた。
本能でわかる、この2人は人を超えた何かだと。
デルリカは微笑みながら松尾進を見た。
「松尾、もうワタクシたちの召喚に成功するとは驚きましたわ。お兄ちゃんはワザと実現が難しいように条件を付けたというのに。人数を集め、魔法陣を再現し、音楽を正確に演奏し、見事にダンスを踊りましたわね。ワタクシは貴方の熱意に関心しましたのよ。」
「ははぁ、もったいないお言葉にございます。」
「ふふふ、その熱意にご褒美を上げようと思いまして、本日はマリユカ様をお連れいたしましたわ。こちらのマリユカ様はマリユカ宇宙の創造神にして最高神ですのよ。マリユカ様には無礼が無いようにしてくださいませんね。宇宙の一つや二つ程度なら軽々消し去れるお方ですので。」
紹介された水色の髪の毛を持つマリユカ様は、早くケーキを食べたいのかすでに祭壇の前でスタンバっていた。
「えっと、私はマリユカだけど、普段はマリーと呼んでくださいねー。ところで、このお菓子はもう食べていいですか?」
「はい、デルリカ様とマリー様の為に用意いたしました。よければ召し上がってください。」
植木政子は慌てて椅子を2つ持ってきて祭壇の前に置く。
そして慣れない手つきで、2人に紅茶をいれた。
気は弱いが頭は良い。
ここで男たちは気が利かないと判断し、急いで動いたのだ。
悪くいえばパシリ体質なのだ。
マリーが口を開けて待っているので、デルリカがケーキをマリーの口に運ぶ。
マリーがモグモグしている間に、自分の分のケーキを食べる。
慣れた手つきでケーキを食べ進めるデルリカを、みな黙って見守った。
美女と美幼女がイチャイチャしてるようにしか見えない光景。
眼福です。
みな黙ってその光景を見つめる。
別に、2人のティータイムの邪魔をしないように黙っているわけではない。
今目の前で起きたことを、自分の中で消化するのに時間がかかっているだけだ。
そんな中で、唯一正常に思考が動いている松尾進は根気よくケーキが無くなるのを待つ。
ケーキが無くなり、2人がお茶を一口飲んだところで口を開いた。
「デルリカ様、お約束通り異世界に行くためのお知恵をお与えさい。」
デルリカは柔らかく微笑む。
その場にい居た全員が。その美しい微笑みに目を奪われた。
「そうですわね。そういえば、お兄ちゃんがマリユカ宇宙に来たきっかけはなんでしたかしら?」
すると、ケーキを食べて満足そうにしていたマリーは『にぱー』と笑いながら松尾を見た。
その笑顔にもみな目を奪われ、同時になにか癒されるような不思議な心地よさを感じた。
「長道がこっちに来た時ですか?8階のベランダから落ちて死ぬときに『神様助けて』と大きな思念で祈ったから、うちの宇宙に送り込まれたのですよー。」
「そういえば、そんな事を言っていましたわね。やはり絶体絶命の時に『死にたくない』ではなく『神様助けて』と強く願うのが重要という事でしょうか?」
「この世界の神様に願いが届けば、うちの宇宙に投げてくれるかもしれませんねー。まあ日本に居たアマテラスさんは、かなりノリが軽い神でしたから特別かもしれませんけどねー。」
そこで、思い出したようにデルリカは手をポンと打つ。
「そうです、死にそうになるのが重要かもしれませんわね。そういえばお兄ちゃんもトラックにひかれると異世界に行きやすいって言っていた気がしますわ。」
「テンプレってやつですねー。ひかれてそのまま死んでも面白いですから、誰かに試してほしいですねー(チラ)。」
『試してほしい』と言いながら、明らかに松尾達を見たマリー。
そこでデルリカは立ち上がる。
「マリユカ様、そろそろこの世界の天界に戻りましょうか。この国の神様であらせられるタイヨウキ様がお夕飯を作って待ていますので。」
「わーいお夕飯。すぐに帰りましょう。」
松尾進は慌てて手を伸ばす。
「待ってください、もう少し詳細を・・・」
「松尾、それでは次回もおいしいものを期待ておりますわ。」
松尾進の言葉を無視して、デルリカとマリーは、光と共に魔法陣に消えて行ってしまった。
2人が消えて、再び部室内に静寂が訪れる。
その中で、プルプルと植木政子は感動していた。
「す・・・すごいきれいな女神さまでした。それに・・・・マリー様も可愛すぎる。・・・秋葉ノ原のアイドルよりも素敵。」
庄司信也はまだ呆然としている。
武田健二は、こぶしを握り締めて目を見開いた。
「よっしゃ!これで我は正真正銘の異世界戦士である!もう誰にも厨二病の妄想とは言わせぬぞ!」
松尾進が振り返ると、先生たちと生徒会の2人はまだ再起動していない。
まあ当然であろう。
非常識を信じていなかった者たちには、刺激が強すぎる出来事だったのだから。
残された食器を見つめて、松尾進は強い瞳でつぶやいた。
「トラックで・・・異世界転生か・・・」
してはいけない決意を固める松尾進だった。