幻想部誕生
松尾進は行くしかない。
だから自分をめっちゃ励ますことにした。
(逆に考えるんだ、異世界転生したらハーレムになる可能性がある。ならば今から慣れておかなければならいのだから、これは良いきっかけだ。)
そして深呼吸をする。
いまB組の前。
後ろから「ちび出っ歯」こと庄司信也と、「ワイルドバンダナ」こと武田健二が緊張しながら見つめていた。
「武田氏、、、松尾氏は成し遂げるられるでしょうかね。」
「庄司卿、信じるのだ。前世が聖騎士であった松尾卿であれば必ずやなしとげるであろうよ。」
緊張した二人を背に、松尾進はB組の扉を開けた。
そして速攻で扉を閉めた。
慌てて松尾進は振り返る。
「こふううう!武田氏、一発でわかった!あの人だよな!まじで妖怪みたいに細長い人!身長も180cmはあったぞ。で、首を90度に曲がって立ってたあの人だよな!」
「そうだ松尾卿。ふふふ、怖いか。」
「怖い!女性に話しかける緊張とは違う度胸が必要だぞ。怖いよ。なんで長い髪の毛で顔が隠れてるの?妖怪だろあれ!」
「ビビるだろ。我もビビっていまだに声をかけることができないのだ。」
しかし松尾進は行くしかない。
直感が叫ぶ、彼女も同志だと。
「くそ、だが俺にはどうしても同志が必要だ。怖くない、怖くない、怖くない、怖くない!逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ。」
勇気を出して、もう一度B組の扉を開けた。
すると・・・
すぐ目の前に、細長い女が来ていた。
「ぎゃ!あsdfghjk!」
その時、松尾進が何を叫んだのかは松尾進本人もわからない。
ただただ怖かった。
慌てて助けを求めようと後ろを振り返る。
しかし、仲間の二人は眠るように倒れていた。気絶したようだ。
(逃げるか?)
だが思いとどまる。
脳内に女神デルリカの笑顔がよぎった。
(くそ、女神に異世界への秘密を聞かなくてはいけないんだ!)
半歩退いた松尾進は、ギリギリでなけなしの勇気を振り絞る。
もう一度扉の前に居る女を見る。
180cmはある異様に細長い女。手も足も白くて細くて長い。
長い髪で顔が半分隠れていて、なぜか首を90度曲げている。
『どこのホラーだ』と叫びたい気持ちを抑えつけて松尾進は、どうにか言葉を絞り出した。
「あ、あの。。。君に用があってきたんだが、君は異世界転生や異世界の女神様とかに興味あるタイプ?もしも興味があったら力を貸してほしんだけど。」
恐る恐る細長い女の顔を見上げる。
髪の毛で隠れた顔の下に、うっすらメガネが光っていた。
ゴクリ
緊張で唾をのむ。
そしてそのまま30秒ほど無言で見つめあった。
長い長い時間だ。
そして女は掠れるような声を出す。
「私に・・・用ですか・・・?私に・・・なにか出来ることが?」
(反応があった!しかも割合に好感触)
「こんなこと言うと俺の事を馬鹿だと思うかもしれないが正直に言う。俺たちは異世界の美人女神さまを召喚するつもりなんだ!だけどみんな馬鹿にして協力してくれない。君はその方向に理解があるという噂を聞いたから手を貸してほしくて探していたんだ。」
「・・・私で・・・良いんですか?」
(おお!これは想像以上に好感触!あと一押しっぽいぞ。)
「もちろんだ!君が協力してくれれば4人揃う。どうしても君の力が必要なんだ。頼む、力を貸してくれ!」
女は黙り込んだ。
そしてまた20秒ほど黙って見つめあう。
(気まずい・・・だがここで目をそらしてはいけない気がする・・・)
松尾は野生の熊か何かを相手にする気持ちで、目の前の女子生徒を見つめる。
「・・・わかりました。私でよければ・・・協力します。」
「やった!ありがとう!これで4人揃ったぞ!召喚ができるぞーーーー!」
周りの生徒たちが奇妙なものを見る目でこっちを見る。
だが松尾進には関係ない。
喜びをを全身で表した。
「あの・・・・一ついいですか?」
細長い女生徒が松尾の喜びに水を差した。
しかし松尾進は許す。この女性とは救世主なのだから。
「こふー。なに?なんでも聞いてくれ。」
「その・・・明日は部活選びの期日ですが・・・・、召喚のお手伝いはその前にしたいのですが・・・。」
「あ、そういえば部活選びをしないといけなかったのか。」
この安田高校では、部活動の参加は必須なのだ。
その期日は4月末日。期日を過ぎてまだ帰宅部の者は、強制的に人数が足りない部活に割り振られてしまうシステムになっている。
今日は4月の26日。
28日からゴールデンウィークが始まるので、1年生が部活を決める猶予はもう二日しかない。
松尾進は、それを今思い出したのだ。
そのとき、あの女神デルリカの声がどこからともなく聞こえてきた。
『えー、これもう話してもダイジョブですの? コホン。・・・松尾、今あなたの脳内に直接話しかけていますわ。これからの異世界探求の行動に部活は邪魔になるはずですわね。では逆に考えてごわらんなさい、異世界探求を部活にすれば良いじゃんと。』
「ぐわああああ!女神様が脳内に直接話しかけてくださった!そうか、その手があったか!」
いきなり絶叫する松尾進。
周りの生徒たちは、慌てて彼から目をそらした。
どこからどう見ても危ない奴である。
細長い女生徒は、動揺しつつ松尾進を落ち着かせようとする。
いま友人二人は後ろで気絶しているので、この場にいる松尾進の味方は細長い女生徒だけだから。
「あ・・・あの・・・落ち着いて下さい。毒電波を受信しても・・・・声に出さない方がいいですよ・・・。」
興奮でゼェハァ息を乱す松尾進はこぶしを握り締め、女生徒に向き直る。
「なあ、まだ部活は決めていないのか?もしもまだなら俺たちで部活を作ろう!異世界を研究する部活を!」
動揺しつつ、女生徒は頭の中でその言葉を理解し、先の事を考える。
この女性は見た目は怖いが、頭はかなり良い。
「あの・・・それですと、急いで顧問を・・・探さないといけません。部を作る申請も・・・今日中に出さないと間に合わないです。」
「わかった!じゃ4人で急いで職員室に行こう!」
松尾進は気絶している二人を急いでたたき起こし、職員室に向かった。
***********
体育教師の山田光秀(32歳)はふてくされていた。
山田光秀は剣道部の顧問だっった、だが1週間前に剣道部の生徒が酒と体罰の不祥事を起こして、部が無くなってしまったのだ。
先ほども教頭が来て、上品なおばあちゃんという感じの口調で言ってきた。
『どこか顧問になってもらわないと困りますよ。顧問をしていない先生は貴方だけですからね。』
毎日言われる嫌味だ。
好きで自由の身になったわけではない。
とはいえ、生徒を管理しきれなかった罪を押し付けられなかっただけ助かるが。
酔った生徒に体罰を受けた新入生は、一週間ほど入院していて今日から学校に復帰した。
今年の部長が入部テストとかいって、酒の一気飲みをさせたり、無茶なしごきをしてその新入生徒の足を折ってしまったのだ。
その場に居たコーチが責任を取ってクビ。
その頃は、たまたま生徒指導で忙しくしていた山田光秀は、全くかかわっていなかったのは間違いなかったので、一応無罪扱いではある。
でも教頭はまだ山田光秀を許していないようだ。
だからこそ早くどこかの顧問をして、この気まずさを緩和したい。
だが気力がわかないのだ。
手塩にかけた剣道部が無くなった喪失感は大きい。
生徒に裏切られたような不信感も、その喪失感に拍車をかける。
「はぁ・・・。」
ため息ばかりが漏れる日々。
それが山田光秀のこの一週間。
ぼーと職員室の出入りを眺めていると、一年生と思える4人が入ってくる。
その四人の先頭にいた太った生徒が大きな声で叫んだ。
「たのもー!俺たちは自分好みの部活を作りたくてここに来ました!誰か部活の作り方を教えてください!」
山田光秀にクスリと笑いが込み上げる。
最近見ない、元気な生徒だ。
教師というのは、こういう積極的で馬鹿な生徒に好意的な者が多い。
山田光秀もその一人である。
教頭が自らその生徒たちに近づき、部活を作る方法や、部活を作った後の責任などを説明するのが聞こえた。
そして教頭は山田光秀に近づいてきた。
「山田先生、彼らは顧問を探しているという事ですが、やってみませんか?」
「自分がですか?彼らは運動部を作るのでしょうか?」
すると教頭は困った表情になる。
「いいえ、文科系のようです。ですが私では彼らが言っている内容がよくわかりませんでした。なんでも最近小説とかで流行りの異世界について研究をする部活を作りたいそうです。山田先生は若いですから、彼らの言う事も理解できるのではないでしょうか?」
「でも、自分は体育系ですから。」
すると教頭先生は優しく微笑む。
「剣道部をなくしてから、山田先生は目に見えて意気消沈していましたから心配なのです。あの生徒たちの面倒を見ていれば、剣道部の事も忘れられると思います。やってもらえませんか?」
その言葉に山田光秀は頭を殴られたようなショックを受ける。
(毎日嫌味を言われていると思っていたが、あれは心配していてくれていたのか。)
そして、心配そうにこっちを見ている4人の生徒を見て、さらに考える。
(あれはきっと、はぐれ者のオタクが集まったんだろうな。だったら楽な部活になりそうだ。なら、少しくらい付き合ってやるか。)
「わかりました。ですが部活の発足には5人以上が必要なはずですが?」
「それは考えてあります。いま、行き場を失ってやる気を失った元剣道部の生徒が数人いますよね。心に傷を負った彼らがやる気を取り戻すまで、幽霊部員を抱える部活が必要だと思っていたのです。ついでですので、あの4人の部で面倒見てもらえれば一石二鳥です。幽霊部員も受け入れると言ってくれましたからね。」
上品に微笑み教頭をみて、山田光秀は『かなわないな』と思いつつ苦笑いが出た。
「わかりました、そういう事でしたらお受けいたしましょう。」
山田光秀は、4人の生徒の前に行き顔をみる。
4人とも、見事に不細工だ。
きっと、クラスの中のカーストも最底辺な連中なんだろう。
それが集まって何かをしようとしている。
だからこそ、自分が面倒見ようと思えた。
柄にもないことを考えて、角刈りの頭をガリガリかいてから、生徒に向き直る。
「自分がお前たちの顧問になる山田光秀だ。ところでお前たちの部活は何をする部活だ。俺にも説明してくれ。」
すると太った生徒が眼鏡をクイっと直して目を光らせる。
「はい!異世界について研究したり、そのための努力をする部活です。毎日、異世界の女神さまを呼び出してアドバイスしてもらうのが主な部活内容です。」
山田は混乱した。
そして気づく。教師を長くやっているとこういう生徒はたくさん見る。
現実を逃避するように、架空の設定を現実と混同する現象。
厨二病。
「それは厨二病部ということか?」
太った生徒の後ろのいる三人が、サッと目をそらした。
後ろの三人は自覚があるようだと考える。
だが目の前の太った生徒は、まっすぐな瞳で山田光秀を見つめたまだ。
(この太ったのは、重症か。)
「まあいい。部活名と部活内容を記述して提出しろ。何か質問はあるか?」
「あります!魔法陣を使うので部室がほしいのですが、可能でしょうか!」
山田光秀はそっと教頭を見た。
さすがに部室の権限は山田光秀にはない。
教頭は軽くうなずいた。
「いま剣道部の部室が開いていますので、しばらく使って大丈夫でしょう。もしも部室を与えるほどの部活ではないとわかったら、活動場所は放課後の空き教室をつかってもらいます。」
「よっしゃ!これで女神さまを召喚できる!」
そのあと松尾進は部活申請を急いで書く。
そこで初めて松尾進は、細長い八尺様が植木政子という名だと知った。
その日はその後、松尾が持つ召喚の本をコピーし3人に渡し、いくつかお願いをして帰宅する。
次の日。
山田光秀が一年A組にに顔を出した。
「松尾いるか?」
「はい」
松尾が近寄ると、数枚の書類を渡される。
「よし松尾。部活申請が通ったぞ。部活名は『幻想部』で良いんだな。」
「はい、『異世界転生部』や『女神さま召喚部』にしたかったのですが、それらは教頭先生に却下されてしまいましたので。」
「あたりまえだろ・・・」
少しでも常識があれば、当然のお話である。
山田光秀は、そんな常識を弁えない松尾進を心配そうに見つめる。
「大丈夫か?今日は部活初日にということで教頭や生徒会長も視察にくるそうだ。ちゃんとした部活をしないと部室もすぐに取り上げあげられるだろうし、下手した廃部もあり得る。頼むから部活として成立することをやってくれよ。」
その言葉に、松尾進は自信満々にニヤリとする。
「こふー、それは行幸。では俺が『幻想部』の真の恐ろしさを見せてあげましょう。」
その姿に山田光秀は不安を覚えるが、髭剃り後の青い顎をさするながら心を落ち着ける。
(まあ、いざとなったら、せめて廃部だけはないようにフォローしてやるか)
とにもかくにも、こうして『幻想部』は誕生した。
部長 松尾進
1年生。太っているが運動はそこそこできる。
眼鏡であばた面。
庄司信也
一年生 痩せて出っ歯で背が低い。
理屈屋で、とりあえず反論する癖がある。
通称バランサー。
武田健二
一年 中肉中背で髪をが顎にかかるほど伸ばしている。
バンダナがトレードマーク。制服の袖は荒々しく引きちぎってある。
顔はだらしない不細工だが、筋トレが趣味。
植木政子
一年生 背がひょろ長い。
眼鏡で気弱。
しかし、学力は一番優秀。
山田光秀
体育の教師で32独身。幻想部の顧問。
生徒の不祥事で剣道部がつぶれた後、どこかの部活の顧問をやらないと、他の教師からの嫌味を受けるので楽そうな幻想部の顧問を買って出る。
四角い顔で髭の剃り跡が青い。
いつも茶色いジャージ。
北条安子
57歳
教頭先生。柔和なおば様という印象だが、昔は三角眼鏡で定規を片手にビシビシ生徒をしごいた数学教師。