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文芸部は壁ドンがお好き

文芸部の朝は早い。

急いで部室のパソコンを確保するために。

文芸部の活動は小説を書くことが9割。

そして今どきはPCで小説を書く。


しかし部室にPCは2台しかない。

それに対して文芸部は5人。全員女子。


だから奪い合う。

女同士に遠慮はないのだ。


この争奪戦に関しては当然に先輩後輩の馴れ合いもない。

先にPCを確保したものがそのPCで小説を書ける。

シンプルな弱肉強食の世界なのだ。


なので朝は戦争だ。

駅で文芸部員同士が出会おうものなら、そこからお互い学校まで全力疾走で競争になるほどだ。

そのためか、文科系の部活なのになぜか部員は俊足だ。


そんな文芸部だが、そこまで必死にPCを奪い合ってまだ書かれる小説はラノベしかない。


しかも定番でテンプレなモノばかり。

それを笑い馬鹿にする者もいるが、他人が笑うのは筋違いだろう。

自分が読みたいもの書くという贅沢。

やりたい事を部活でやっている幸福。

むしろ羨ましがられても良いくらいだろう。


AM7:00

すでに文芸部は5人全員、部室に集合していた。


この日は、2年の2人がPCを使用している。


暇なので、茶髪がトレードマークの部長・羽立凛子は、1年女子2人と世間話をする。


「はい、それでは何か面白ことを言いなさい。」

「部長、いきなり無茶ぶりですよ」

「そうですよ、面白い事なんてそうそう・・・あ、そういえば・・・。」


羽立凛子の目が光る。

「なに?恋愛話?」

「いいえ、生徒会長が運動部に殴り込みをかけて、三つも部を活動休止にさせたのは知っています?」

「知ってるよ。今年の生徒会長は武闘派だから怖いって話でしょ。」

「そうですけど、実はうちのクラスの妖怪みたいな娘と仲が良いんですよ。」


羽立凛子は身を乗り出した。

「ほほー。詳しく。」

「うちのクラスには、細長くて首をいつも90度曲げてたたずむ植木さんていう人が居るんです。夜に出会ったら悲鳴を上げたくなるほど怖いんです。」

「へ-、それは面白いじゃない。その子をモデルにすれば一作書けそうね。」

「絶対かけますよ。美術部なんて鼻息荒くスケッチしていましたから。」

「そこまで凄いんだ。一度見てみたいね。」


「で、その植木さんですけど生徒会長と仲が良いんです。教室に生徒会長が呼びに来るくらい。」

「どんな接点があるの?」


一呼吸おいて一年の女子はゆっくり口を開く。

「幻想部です。すでに吹奏楽部、漫画部、美術部が幻想部の軍門に下ったという噂です。生徒会長ですらお菓子や食べ物を幻想部に貢いでいるらしいです。」


羽立凛子は真面目に考えた。

「幻想部・・・たしか今年一年生が急に立ち上げた部活でしょ。異世界転生について研究するとかいう。でもなんでそこに文化部が軍門に下るの?」

「はい。これは噂なんですが・・・」

「うん、どんな噂。」

「異世界の女神さまを召喚できるらしいですよ。信じられないくらい美人の女神さまを。」


羽立凛子の眼が肉食獣のソレになる。

「ほーほーほー、それは面白い噂じゃない。私たちラノベ信者にとって異世界の存在はすでに宗教と言っていい。それがそこにあるなら確認しないとだめだよね。」


その言葉に一年女子は腰が引ける。

「変なことを考えないで下さいよ部長。サッカー部や陸上部が血の制裁を受けたのは幻想部の部室に勝手に入ったかららしいですから。近づいたらウチの部も制裁受けますよ!」


すると羽立凛子は、迫力ある顔で1年女子の肩をがっつり掴む。


「大丈夫、あなたは幻想部員とクラスメイトでしょ。許可とってきてよ。」


肩を掴まれた1年女子。

1年B組 立花朝子

朝から半泣きになった。



---


8:15

文芸部はそれぞれの教室に帰る。

だが立花朝子の足取りは重い。


(あの妖怪みたいな植木さんに話かけるの、怖いな・・・)


逃げたい。立花朝子はもっそ逃げたい気持ちでいっぱいだ。

しかし、立花朝子が植木政子に話しかけて許可を取ろうが取るまいが関係なく、部長は間違いなく放課後に『幻想部』へ突撃してしまうだろう。

だから許可を取らざる得ない。


気持ちが重くなる。

そんな重い足取りでも教室についてしまった。


そっと教室をのぞき込む。

すると教室の奥に、当然のようにひょろ長い怨霊系JKである植木政子は座っていた。


(なんでいつも首を90度曲げてるんだろう。長い髪が顔の前に垂れ下がってて怖いよ)


そんな事を考えながら教室に一歩入る。

話しかけるか?あきらめるか?


悩む立花朝子。


教室の入り口で悩んでいると、立花朝子の後ろに丸い人が立った。

まるでボールのように丸いシルエット。

眼鏡をかけた、いかにもオタクという感じの少年。


その丸いシルエットの少年が立花朝子を見ると、遠慮がちに口を開いた。

「コフー。あ、あのB組の人だよね。植木さんを呼んでもらえるかな。」


声を掛けられて丸い少年を見ると、その少年はタスキをかけていた。


『1年A組 松尾進 幻想部部長』


その時、立花朝子は藁にもすがる思いで思わずその丸い少年の両肩を掴む。

目は血走っていた。


「あなたが噂の幻想部部長さんね!お願い!今日の放課後に文芸部と共同活動させて!」


ビビッて後退する松尾だったが、直ぐに背中に壁がぶつかる。

立花朝子は松尾を逃がすまいと壁ドン状態に追い込む。


立花朝子、このチャンスに全てを賭けているのだ。


女子に壁ドン状態に追い込まれた松尾は生きた心地がしなかった。

モテない男子にとって、ゼロ距離の女子にどう接していいか分からない。


松尾進のお腹の肉が立花朝子にあたっている。

いや立花朝子がめり込んでいるという表現が正しいかもしれない。

そのくらい接近しないと、松尾進に壁ドンは出来ないである。


その状態にロマンチックさは微塵もない。

そして松尾進は怯えた。

目を血走らせて必死な顔の女子の追い詰められるなんて、いじめられていたころの記憶が蘇るだけだ。

女子に壁ドンされるとか、モテない人生を送ってきた松尾進にとっては恐怖しかない。


ちなみに・・・。松尾進にとってどのくらいの恐怖かというと、借金取りに「金返せゴラァ」と壁際に追い込まれたの同じくらいの恐怖だ。


「こふこふ・・・えっと。別に構わないブフ。」

「ほんとに!ありがと!」


立花朝子、ここでいきなり嬉しそうに松尾進にハグをしてにこやかに離れた。

(やったー。これで部長が突撃しても安心だー。)


一人取り残された松尾はドキドキしながら立ち尽くす。

(柔らかかったし、いい匂いした・・・。)


松尾進15歳。デブだが思春期。

人生で初めて女子にハグされたことで頭が真っ白になる。


そのあと、植木政子が入り口に立ち尽くす松尾進に気づいてやってくるまで、数分放心するのであった。



---

12:00


A組では、松尾進がB組の文芸部女子にハグされていた話題でもちきりになっていた。

噂が噂を呼ぶ。


「異世界物が好きな女子を取り込むための部活か!松尾め、良いところに目をつけやがったな。」

「くそ、おれも来年は部を作るぞ!そして部長になって女子に囲まれるんだ!」

「松尾君って柔らかそうだから、私もハグしてみたいな。」

「マジか!もっちり系(ポッチャリの上位互換)の時代か!」


その喧騒があまりに居心地悪いので、今日も松尾進と庄司信也の2人はこっそり裏庭に向かう。

校舎から外に出ると、まるで水中から顔を出したような雰囲気で息をする二人。


「ふう、大変でしたな。しかし松尾氏、最近女子の好感度が高過ぎではありませんかな?」

「こふー。俺も驚き。実際ハグされた理由が分からないし。」

「なんでも、壁ドンからハグというゴールデンコンボだったというではないですか。羨ましいですな。」

「いやいや、やられたら分かるけど寿命が縮むよ。あれを喜ぶ女子が居るというのが信じられないね。」

「しかし羨ましいですな。いや妬ましいですぞ!」


歩きながら松尾進は考える。

自分はモテ始めたのだろうかと?


しかし思いなおす。ここは勘違いしてはいけない所だと。

おそらく、あのB組の女子はハグをよくする人なんだろうと推理した。

今話題になってしまっているのは、松尾進のような見た目の良くない人にも平等にハグをしたから目立っているだけなのではいかと考察する。

そう考えると、すべての謎が解ける・・・気がした。


「庄司氏も、そのうちハグチャンスくらいあるよ。なんせ幻想部なんだから。」

「・・・そうですな。幻想部は某たちの夢の部活ですからな。はー、某も女子にハグされたいですぞ。」


そんな話をしながら歩いているうちに裏庭につき、食事を始める。


この時、この会話がフラグになっていることを2人はまだ気づいてなかった。

そう、ハグチャンスはすぐそこまで来ていたのだ。

甘美な地獄を味わう未来が。



---



放課後


幻想部の部室に文学部の5人がやってくる。

「どもー。幻想部の皆さん、本日は文芸部の見学を許可してくださりありがとー。」


ちょっとギャルっぽい見た目の文芸部部長である羽立凛子が手を振る。

シャイな幻想部員たちにとっては苦手なタイプだ。

ささっと全員生徒会長の安西良子の後ろに隠れた。


っていうか、もう当然のようにいる安西良子に違和感はない。

当たり前のように代表して受け答えをする。


「松尾君から話は聞いてるわ。まあ気楽に見学していってよ。」

「ありがとー。っていうか生徒会長はよくここに居るの?」


安西良子は腕を組んで頷く。

「そうよ。女神様達にお会いすることが、今私の一番の楽しみだもの。」

「わかるー。異世界の女神様とか憧れるもんね。美しいんでしょ。」

「そうね。あの美しさを見て、心を奪われない人が居たらそいつは人間じゃないわね。」

「おお、それは楽しみ。」


安西良子が文芸部の相手をしている間に、幻想部のメンバーは召喚の準備を進めた。

部室の中の女子率が高すぎて、こそこそ動く松尾進たち。

もっと堂々として良いのだぞ、ここの主はお前たちなのだから。


数分で準備がおわり、松尾進は安西良子を呼んだ。

「生徒会長、準備できました。今日の貢物は漫画部の新作を用意しましたが、生徒会長は何か持ってきましたか?」

「もちろん持ってきたわよ。私の収納タスキには常においしいものが詰まってるから・・・・。え?はい聞こえます・・はい。・・・はい。」


松尾進と会話していた安西良子が急に挙動不審な行動を始めた。

それを見て、文芸部部長の羽立凛子は不思議そうに安西良子の肩を揺らそうとする。

それをすかさず松尾進がバシっと止めた。

羽立凛子の腕を掴んで。


(うわ!ギャルの腕掴んじゃった!)

慌てたが後の祭り。


びっくりした眼で松尾進を見る羽立凛子と目が合い、あきらめて会話を試みることにした。


「こふー。すいません、今の生徒会長の邪魔をしないでください。おそらく異世界の長道神様が脳内に直接話しかけているんだと思います。」


そういいながら手を離すと、羽立凛子は目を輝かせて松尾進に詰め寄る。

松尾進は熟練の格闘家のように、羽立凛子の動きに合わせて後退し間合いを守った。

女子が近寄ると思わず逃げるチキンな男である。


そんな松尾進の行動を気にしていないのか、羽立凛子はさらに松尾に詰め寄る。

松尾進、後退する。

詰め寄る羽立凛子。

さらに後退する松尾進。


ドン


松尾進の背中は壁にぶつかった。


ドン!

その松進に羽立凛子は目を血走らせながら両手壁ドンで追い詰める。

まさかの本日2度目の壁ドンだ。


「ねえ幻想部部長!脳内に直接交信ってどういう事!」

「きゃあああ、お助けを」


松尾進の太ったお腹が羽立凛子のお腹にぶつかっている。というか羽立凛子が松尾のお腹にめり込んでいる。もう松尾進は頭が真っ白になってしまう。

しかし羽立凛子は興奮してそんなことは気にしない。


松尾進は必死に顔をそむける様に壁に張り付きながら何とか答えた。

「こふー。せ、生徒会長は異世界の長道様という神様から通信を受けることが多いのですよ。そして長道神様は親切な神なので大抵こちらの安全を守るために通信してくれるから重要なんです。だから邪魔してはいけないのです。ぶふー。」

「異世界神様からの言葉を受信とか超羨ましいんですけど!私も受信できる?ねえ!ねえ!」


怯えるように身を縮める松尾進。

「そ、それより一旦冷静になってください。ち、近いです。」


言われて羽立凛子は現在の状況に気が付き、咳ばらいをしながら離れた。

「こほん、ゴメンね。なんかいきなり面白展開だったから興奮しちゃったもんで。」

「いえ、その気持ちはわかりますよ。俺たちも異世界信者ですから。」

「だよねー。そうだよねー。」


そこで生徒会長の安西良子がやってきた。

「松尾君、楽しくおしゃべりしているところ悪いんだけど、長道神から良くない警告が来たわ。」


松尾進の丸い顔が少しだけ劇画調になる。

「やはりそうなんですね。長道神様からの通信は大抵俺たちを守るためのモノですから、嫌な予感はしていました。」


周りに全員集まってくる。

みなに聞こえるように安西良子は説明を始めた。


「みんな聞いて。いまデルリカ様は旦那さんの元に一時帰国していて居ないそうよ。そして長道神様と里美神様は太陽妃大御神(日ノ本の国の神様)に頼まれごとしていてこっちに来れないらしいの。」


そこまで聞いて庄司信也はピンときて出っ歯がきらりと光る。

「それはマズイですぞ。つまり今召喚可能な神様はマリー様だけ・・・・。っていうかデルリカ様は既婚者だったのですか・・・」


幻想部と生徒会長の顔が青ざめる。


通称バンダナこと武田健二は絶望の表情で地に両手をついてうなだれた。

「それでは今召喚の儀式をしたら、美幼女最高神であらせられる、マリー様が来てしまうではないか!・・・っていうかデルリカ様は既婚者だったのか!ちくしょう、結婚相手が羨ましすぎる!」


このやり取りに文芸部はキョトンとする。

1年の立花朝子は不思議そうに植木政子に尋ねた。


「植木さん、美幼女最高神が来たら何が駄目なの?」


植木政子はギギギギと音がしそうな動きで立花朝子を見ると体をくの字にして視線を合わせる。

ぶっちゃけ立花朝子はかなり怯えたが、話かけた手前グッと恐怖を押し殺した。


「・・・えっと・・・・マリー様は無邪気で・・・可愛らしいのですが・・・・、無邪気ゆえに怖いんです。・・・えっと、気に入らない人は笑顔で消されます。」

「またまたー、消されるとか冗談でしょ。」


そこで生徒会長の安西良子が深刻な表情で首を横に振った。

「いいえ、真面目に死にかねないわ。そこのバンダナ君は大ノ山まで弾き飛ばされたし、副生徒会長に至っては消し飛ばされた後、いまだに生死不明なくらいよ。」

「ひ、ひえー。じゃあ今日は召喚をやめた方がいいじゃないですか。」


だが羽立凛子はニヤニヤしながら話に割って入る。


「ねえねえ、リスクがあるのはわかったけどメリットはゼロなの?」

「メリット?そういう意味で言ったらメリットは大きいわ。少し喜ばせればポンポンご褒美がもらえるもの。命がけになるけどね。」

「良いじゃん良いじゃん!美幼女女神様にも会いたいし召喚してよ。そんでご褒美貰おうよ。」

「あなたねえ・・・。本当に危険なのよ。」

「いいじゃん、お願いだから。ね。」

「だめだって、本当に危険なんだか・・・・・え・・・あ、はい聞こえています。」


生徒会長の安西良子は、また会話の途中で急に空中に向いて話し出した。

そう、長道から安西良子の脳に言葉が届いたのだ。

文芸部もなんとなく察したのか、今度は静かに安西良子の独り言を見守る。


その場の者たちは、固唾をのんで通信が終わるのを待つ。

安西良子はブツブツ話し続ける。


「・・・はい・・・はい・・・え、そんな!どうすれば。・・・はい・・・はい。わかりました、頑張ります。」


何かをぶつぶつ言う安西良子。

しばらくして安西良子は皆の方を見た。


「みんな、長道様からのお言葉よ。マリー様はすでに召喚される気満々で準備体操アップを始めたそうなの。これで召喚しなかったら後が怖いから、頑張って切り抜けてくれと言われたわ。」


幻想部員たちは絶望の表情となる。

怯える幻想部と対照的に、文学部はどこかワクワクしている。

松尾進は恐怖で手が震えた。

(また生き残れるだろうか)


そんな松尾進に安西良子はそっと近づいた。


「松尾君、口車で相手を翻弄するの得意でしょ。頼りにしてるからね。」

「こふー、俺を何だと思っているんですか。でも、まあ、やるだけやってみますよ。」

「頼むわ。イザってときは文芸部を犠牲にしてでも私たちは生き残りましょう。」

「さすが生徒会長です。悪ですなあ。」

「ありがとう。でも松尾君には負けるけどね。」

「ぶふふふ」

「ふっふっふっふ」


邪悪な顔で笑いあう二人。

悪人面であった。

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