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〜本当の勇気という名の強さ〜

教室に戻って鞄から小さなポーチを取り出すと、ブレザーのポケットに入れ教室を後にする。

四階からゆっくりと一階へ向かう。

一階に付くと廊下を左にいき、また左へ曲がる。

そこには、下駄箱が並んでいた。

下駄箱から靴を取り出し、上履きを下駄箱に入れて靴を履く。

そのまま中庭へと向かう。

そこには、知らない男子生徒が数人立っている。

羽音は、手紙を握り締る。









それだけしか書かれていなかった手紙。


羽音はゆっくりと男子生徒の方へ歩み寄る。



「桐生……羽音?」


上級生と思われる集団の一人が聞き、素直にうなづく。




「思ったよりちっせ!」

「かわいくね!?」

「声とかもだけど萌える〜」



そんな言葉が飛び交う。

羽音は恥ずかしくなって俯く。




「一人で来てくれてありがとうね。羽音ちゃん。放送聞いてるよ。声、可愛いね」



リーダーらしき人からの言葉が嬉しくて、笑顔で礼を言う。

「放送の声って素?」



羽音はゆっくりと頷く。

集団から笑みが零れた。




「ねぇ、会いに来たってことは…」




リーダーらしき人がゆっくりと近付いてくる。

羽音はゆっくりと後退り、距離を一定に保つ。

が、羽音の背に冷たい壁が当たる。

リーダーらしき人の手が顔の横に付けられた。

こんな状況は、男性の方がいいと思う。

なんてことを思う。

あいている手で顎を捕まれる。




「抵抗しないんだ?」




羽音は段々と目に涙を貯めていく。

抵抗しないのではない。

恐怖で体が動かないだけだ。



流れた涙を舌で舐められる。



(やだ………やだやだやだ。汚い…触らないで。止めて…)





羽音の願いは通じず、キスをされた。

段々と深いものになっていく。




唇が離れた瞬間に、羽音はその場に崩れるようにして座り込んだ。

ポケットの中にあるポーチを震える手で握り締める。



その時に、昼休みの終りを告げる予鈴が鳴り響いた。





「残念……。仕方ないや、またねー羽音」




笑いながら上級生たちはさっていった。

羽音は嗚咽を漏らしながら、うずくまって泣いた。

羽音はよろよろと立ち上がる。

授業に行こうと、階段へ向かう。





が、いきなり口を後ろから塞がれ

校舎裏へと引きずられた。

辿り着くと、きつく抱き締められ、口を塞いでいた手が退かされる。






「はーおーと」





羽音は目を見開いた。

キスをしてきた上級生の声だったからだ。



「羽音? どうしたの?」




心配してはいない声色に、羽音は涙を流す。



「俺さ、ダブりたいんだよねー。羽音と同じ学年になりたいから。だから、さぼっちゃう」




楽しそうな声が耳元で囁かれるだけで、体が強張る。

ポケットの中でポーチを震える手で開き、中にあるもののスイッチを素早く押した。

それだけで心が安らいだ。




「声、聞かせて…羽音」




甘えるような声。

羽音は固く目を閉じる。




「………て…」




震える声を絞り出す。




「なあに?」





「離して!!」

「生意気」





声を張り上げた途端、渇いた音が鳴り響く。

羽音は痛みで何が起きたのか把握した。頬を叩かれたのだと。



「生意気な羽音は嫌い」




ゆっくりと顎を持ち上げられる。





「素直な羽音は大好き」




再びキスをされる。

舌が羽音の口に侵入してくるが、羽音はそれを噛んだ。

力が緩んだ瞬間に、上級生を突き飛ばし勢いに任せて走り出す。

向かったのは放送室。

今日は鍵を閉め忘れたし、あそこなら今日は誰も来ない。

廊下を走りあと少しで放送室。




「桐生さん?」







羽音は足を止めて振り向く。

そこには、さっき一緒に放送をした先輩の姿。

羽音は安心して、溜まっていた涙を一気に流した。







「あーあ…駄目じゃん。羽音を泣かしちゃ」






その声に、泣き出した羽音も、羽音に近付こうとした先輩も固まった。

羽音は逃げるように後退る。





「ちょっと来いよ」





先輩は眼鏡を取り、上級生に付いていく。

放送室に入った上級生を羽音は目でおう。

先輩は羽音を安心させるように微笑み、中へ入っていった。

ゆっくりと扉が閉められる。

羽音は我に返り放送室へ入ろうとした。




案の定、鍵がかけられていた。

放送室は防音対策がしてある。

中の声は羽音に届かない。

それと同時に、常に鍵が掛かっているため

中で何をしようが、知られることはない。

羽音はすぐに生徒指導室へ向かった。




あの男性なら、何とかしてくれる

そう、確信していた。



「せんせっ! 畠中先生!」




生徒指導室の扉を叩くと、すぐにあの男性が慌てて出てくる。

羽音はすぐに放送室の鍵かマスターキーがないかを聞く。

通常ではない羽音の様子に、畠中は職員室に行き二分も経たないうちに鍵を持ってきた。

急いで放送室の扉を開ける。




「! てめぇ…」

「有明先輩!!」




羽音の悲痛な叫びとともに、畠中は奥の扉を開き有明と男子生徒を引き剥がす。

男子生徒の腕を押さえている間に、羽音が有明を連れ出す。



「有明! いいな。聞こえたな!」




畠中は男子生徒を取り押さえつつ有明を見る。

有明は傷だらけの顔で頷くと、羽音に耳打ちして放送室から逃げる。




「さぁて……お前、覚悟出来てんだろうな?」




羽音は有明の手当てをするために保健室へ向かう。

保健室には消毒液の匂いが充満していた。

幸運にも、保健室には誰もいない。

羽音は有明を椅子に座らせると、足りない知識で手当てをしようとする。

が、急に視界が天井を向いた。

背中には冷たい感触。

目の前には眼鏡を外した有明。

状況を判断するまでに時間がかかる。




「………先輩?」





恐る恐る名前を呼ぶが、反応はない。





「先輩」





もう一度呼ぶ。

やはり反応は無かった。




「桐生さん……」

「はい!」




いきなり呼ばれたので体をびくつかせながら返事をする。

有明は羽音の上に四つん這いになったまま、笑みを浮かべた。





「ありがとう…先生を呼んでくれて」




「いえ…遅くなってすいません…」




「桐生さん…ごめん…」





羽音は何のことか聞く前に唇を塞がる。

深いキスに、羽音は抵抗も出来なかった。

ゆっくりと入ってくる舌を受け止める。

しばらく浸ったあと、唇を離す。





「小野村が桐生さんを抱き締めたとか、キスをしたとか…言ってたから…その、消毒……いや、えっと、ごめん!」





体を退かすと、傷が痛んだのか片目を苦しそうに閉じた有明を、羽音は見逃さない。

消毒液を染み込ませたカーゼを一番酷い背中に当てる。

有明の体がびくりと跳ね上がり、痛みで顔を歪める。





「私のことはいいですから……。先輩、制服脱いで下さい。ズボンは着たままで」

「言わなくても分かってるよ」




羽音の言葉に苦笑を漏らしつつ、所々敗れたブレザーを脱ごうとするが、痛みで脱ぐのも一苦労していた。

見兼ねた羽音が脱ぐのを手伝う。




「!」





シャツを脱がしていくと見えてきた肌に思わず羽音は目を見開いた。

その反応を見た有明は痛みを我慢してシャツを着直す。






有明の体は、痣・切り傷・傷跡が至れるところにあった。





「先輩! 何で…こんなに」




「怖かったでしょ? ごめんね。手当てはしなくていいから」




羽音は自分のしたいと思ったことを実行した。

有明の目は見開かれ、背中に伝わる温もりがとても暖かい。


「怖くないです」




羽音は静かに言葉を紡ぐ。



抱き締められた有明は、優しい笑みを浮かべながら眼鏡をかける。

羽音の手を握り体から腕を離すと、胸を羽音に向けてもう一度キスをする。

始めは見開かれていた羽音の目がゆっくりと閉じられる。

羽音の手首を離して頭を自分の方へ引き寄せ、キスを深いものにする。

傷を触らないようにしながら、羽音の腕が背中に回されていく。

微かに漂う血の香り。


唇を離すと、透明な糸が二人を結んでいた。


「先輩……」

「ん? なあに?」

「眼鏡…ないほうがいいですよ」

「気にしない」




羽音は少し意地悪をしようと、ガーゼにたっぷりと消毒液をふくませる。

それを腕の小さな切り傷にあてた。

油断していたのか、有明は苦痛に顔を歪め小さく声を漏らす。




「ごめんなさい!」

「いいよ…、手当て、お願いしてもいい?」







「ったく。有明ー! 傷の手当てを知識の無い素人に頼むな」






その声に、二人は慌てて離れる。

畠中はズカズカと室内へ入り、椅子に座る。

医療箱の蓋をあけ、必要なものを取り出していく。

羽音は静かにその様子を見ている。

「有明はそこの椅子に座れ。桐生! お前は何やってんだ。手当ての仕方を教えてやるから、こっちこい」




二人は畠中の指示に従う。

目の前の椅子に座った桐生へ手を伸ばし、怪我を一通り確認する。

痣や傷跡を見つけると、表情が険しくなっていく。

消毒して絆創膏やシップを貼る。

その行動の速さに羽音は驚く。

保険医ではないのに、手際がいい。

有明も痛がる表情を滅多に見せなかった。





「終了だ。他に痛む所はあるか? 心が痛いのも言えよ」

「大丈夫です。ありがとうございます」




有明は深々と畠中に頭を下げる。





「先輩…ごめんなさい! 私のせいで…」



羽音は泣きそうな顔を深々と下げる。

いきなりの謝罪に、有明は視線を彷徨わせた。

状況をいまいち掴めない畠中は頭をボリボリとかく。




「あー………なんだ。とりあえず、俺様に説明しろ。30字以内で」

「私が先輩の前で泣いちゃって、有明先輩にとばっちりが…」

「俺様が悪かった。順をおって説明しろ」



羽音は手紙をポケットから出そうとすると、ポーチの存在に気付いた。

手紙と一緒にポーチを取り出して、スイッチを切る。

ポーチからそれを取り出す。

それは、録音用のテープだった。



羽音は生徒指導室から出たあとの事を話していく。

キスされたことを除いて。




「で、それに全ての会話が録音されてる…と」

「全てかは分からないですけど…」

「証拠になるな。でかした」

「一番いる部分がないんですけどね」

「それでもまあ、いいだろう」



羽音はテープを畠中に渡す。

放送室へ行き、テープを再生する。




聴き終わった瞬間、羽音は畠中に抱き締められていた。



「もう、大丈夫だ。お前は泣きたいときに泣けばいい。甘えてろ」


「でも! 泣きたいのは私じゃない! 有明先輩の方がずっと! ずっと傷ついてるから…私は…」



涙目になっても、涙を流そうとはしなかった。

必死で涙を堪える羽音は、今にも折れそうで…

畠中は羽音を抱き締めて頭を撫でる。

視線は有明に向けて。






「桐生さん」







黙って見ていた有明が羽音に声を掛ける。

羽音はゆっくりと有明を見た。

いつものようにしっかりと着こなした制服と眼鏡。

数分前には無かった絆創膏や包帯。

よく見てみると、眼鏡のレンズにはひびが入っている。

些かフレームも曲がっているように思う。

それでも、有明は羽音に笑みを浮かべていた。

優しい笑みは、羽音の涙腺を刺激するのには十分すぎる。

羽音は畠中の胸に顔を押し付けて嗚咽を漏らしながら、泣く。






「頼ってくれてありがとう」







その言葉に羽音は何度も首を横に降る。




「僕は頼りないから…いつも絡まれて、僕より弱い人をずっと探してた」




「見付かったのか?」




有明はゆっくりと否定した。


「僕より弱い人間なんか居ないですよ。逃げてばかりで、向き合うことも出来ない」




嘲笑うようで、でも、寂しい笑みを浮かべる有明。

いつしか羽音の嗚咽は止まっていた。




「…………死ぬのが怖いくせに、自殺しようとして…出来なくて」



畠中の表情が強張る。




「飛び降り、首吊り、踏切で飛び込み、路上で飛び込み、海に沈んだり、わざと溺れようともしたし、麻薬や切断、火をつけたりもした。知ってる自殺方法は全てやってみたよ。でも、途中で怖くなって全部自殺未遂にもならなかった。

自殺を選んでも実行する力が無かったんだよ」




「……本当の勇気って何だろうな…」




畠中の言葉に目を白黒させる有明。

羽音は顔をあげた。




「告白する勇気、告白の返事をする勇気、自殺をする勇気、成り行きでも生きる勇気、人を庇う勇気、人に盾突く勇気。どれも勇気がいるんだよな。

中には勇気なんか無くても出来ることはあるが、大抵はいるだろ? どれが本当に勇気のいる行動なんだろうな」




二人には答えられない。「だから、今を生きてるお前は…勇気がある。生きることが出来る強さがある。お前は、弱くなんかねぇよ。今も、こうなることは分かってたことだ。それを分かって居ながらも、羽音を守った。弱いやつだったら、羽音を相手に渡すさ」

「そうですよ! 守ってくださったじゃないですか!」



畠中の言葉に、羽音も同調した。

意外な言葉の羅列に有明は恥ずかしそうに俯いて、涙を流す。



「せん、ぱ、い…?」

「おい…? どうした?」

「苦しいですか? 痛いですか?」




「ちが、うよ…痛くも、苦しくもないんだ。今はすごく気分が楽だよ。これは…」






――――うれし涙






「さてと、結局さぼってるわけだし…どうするかな…」


畠中の言葉に二人は苦笑する。

途端に、畠中はポケットをあさる。

また、フルーツ味の何かが出て来るかと思ったが

出て来たのはトランプとUNOとあい○りゲーム(現実にカードゲームとしてあります)が出て来る。




(あれ? 数分前にはかなり大量のガムや飴があのポケットから出てきましたよね?)

(いつの間にポケットの中身入れ替わってるんだろうね)



二人は畠中に聞こえないように小声で会話する。



「今日は保険医が休みだからな。鍵閉めときゃバレねぇし、はしゃぐなよ」



畠中は保健室の扉に鍵をかけ、ベッドのカーテンを閉める。



「何してんだ? ここん中だったら誰にも見えねぇから来いよ。男を襲う趣味も、男の前で襲う趣味もねぇからとっとと来い」



いつもの笑みで二人を誘う畠中に、羽音は苦笑を浮かべながら畠中の方へ向かう。

有明も、羽音を追うようにしてカーテンの向こうへ姿を消す。






(そういえば…)




ふと有明は考える






(絶対に休まないって言ったばっかでこの状況は………)




段々とため息を吐きたくなる






(格好悪い…よな…)




「あぁ!? お前、カードゲームが嫌いとか吐かすんじゃねぇだろうな! カードゲームが嫌いな奴は病院送りにさせっぞ!」

「嫌いじゃないです! むしろ超大好きです!」

「先輩に賛成!!」



どす黒い畠中の台詞に焦る二人。

二人の言葉に、畠中は笑顔でトランプを配り出した。





2章お待たせしました。

一章だけで約50名の方に閲覧頂いて感謝しております。

主人公の台詞が少なくてすいません…

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