〜声に乗せた序章〜
この物語は主人公(女)が告白されたりしていきます。故に、男性の方は読みにくい内容になっているかも知れません。
ご了承願います。
桜が散る四月の下旬
学校の中庭に咲く桜を廊下の窓から見る。
塑陽高校に通って良かったと思うのは、この桜が見れること。
腕時計で時間を確認すると、慌てて階段へ向かう。
木曜日…今日は、大事な日。
階段を二段飛ばしで駆け降りる。
四階から一階まで降りるのは疲れるなんて、言っている場合では無かった。
一階に降りると、廊下を右にダッシュ。
目的の場所のドアノブを右手で掴み
体を停止させる。
…放送室…
そこが、目的地。
扉を勢いに任せて開き、体も一緒に室内へ押し込ませる。
靴を脱ぎ捨て、奥の扉も慌てて開く。
「遅れてすいません!」
そこにはだらしなくスーツを着た一人の男性。
慌てて頭を下げると、面白そうに頭をわしゃわしゃと乱された。
「なっ!! ボサボサになったじゃないですか!?」
男性をにらんで怒った声をあげるが…
男性は、何かを企んでいそうな笑みを浮かべた。
「ばーか。ボサボサになったんじゃねぇ、ボサボサにしたんだよ」
「先生がしたんでしょ」
「ったりめぇだ。俺とお前の他に誰がここにいんだよ」
軽く受け流す男性。
言っても無駄だと思い、放送器具の電源をいれ、放送の準備をする。
が……
「………準備してある…」
「あのなあ…、お前…俺をただ見てるだけの俺様放送委員担当の教師とか、思ってんじゃねぇだろうな?」
「よく分かっていらっしゃるじゃないですか」
一瞬の間―――
「俺様がどれだけ優しいか…体に覚えさせてやろうか?」
黒い笑みを浮かべる男性に危機を感じ後退る。
だが、男性はどんどん近付いてきた。
背中に壁があたり、顔の横に男性の腕がある。
目の前に迫る男性の顔。
不意に、笑みが零れた
「あぁ!? お前…何がおかしいんだよ」
男性の不機嫌な声が耳元で発せられる。
「いや、冗談なのに何で私はここまで攻められてるんだろうって考えたら…つい」
瞬間…男性の顔に企みの笑みが現れた。
「ほぉ…おもしれぇじゃねぇか。意外と誘うの上手いな桐生 羽音」
「耳元で…囁かないでください……」
「鼓動…大きくなってんぞ」
声にならない驚きを発し
男性を見つめると
男性はにんまりと笑っていた。
顔がさらに近付いてくる。
その時、予鈴が鳴った。
男性は舌打ちして、ゆっくりと退く。
「ほら、放送開始だぞ」
ドキドキを抑えられないまま
マイクの前に置いてある椅子に座る「皆さんこんにちは。木曜日の放送がやってまいりました。
お弁当を忘れたのに気がついて、パンを買いに行ったら…
美女発見!! なんて方もいれば、売り切れでお腹空いたと嘆く方もいるでしょう。
そんなお昼時に流す曲を大募集!
CDを持って放送室まで持ってきてくださいね。
MDは駄目ですからね。
さてさて、まずは残念なお知らせがあります。
今日は、コンピュータ部と吹奏楽部は部活がありません。
でも、課題は出されるみたいですので
今から、コンピュータ部は本館四階視聴覚室へ
吹奏楽部は別館三階第三音楽室へ向かってください」
目の前にある台本を読み終え、マイクの音量を0にし
一息つく。
横に立っていた男性からやる気の無い拍手が起こる。
「練習無しで詰まらず読めるとはな…」
「ありがとうございます」
とびっきりの笑顔を男性に向けて礼を言う
男性は優しい笑みを浮かべ、ボサボサにした髪を撫でる。
しばらくして、マイクの音量をあげる。
「今日の曲は、蒼山テルミ
「そばにいるね」です。
CD提供者は二年生の古林 鞠先輩!
歌える方はどんどん口ずさんでください」
マイクの音量を0にして、次にCDの音量をあげる。
それを確認すると、男性が再生ボタンを押す。
ゆっくりと流れ出す。
「〜〜♪〜〜〜♪」
羽音も口ずさみ始める。男性は静かに羽音の側から離れる。
不意に、放送室の入り口が開かれた。
そこには、息を切らした男子生徒の姿。
羽音は椅子から慌てて立ち上がると、
器具のある部屋の扉を開き男子生徒を中にいれる。
「ったくよぉ…おせぇんだよ。あぁ!」
男性は男子生徒に怒号を飛ばす。
肩をびくつかせながら男子生徒は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません…」
「先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ごめんね、遅れて」
羽音は心配そうなまなざしを向けていた。
この男子生徒はいつも一番に放送室へ来ていた。
追試を受けるような人でも無い。
そして、手には真新しい痣があった。
羽音は訴えるような視線を男性へ向けたが、男性はすでに男子生徒の手に包帯を巻いていた。
「次の授業休め」
男性の言葉に、男子生徒は慌てて首を横にふった。
「休みません。何があっても」
「お前…」
「先輩…」
二人の心配している表情を見ると、男子生徒は恥ずかしそうに俯いて
「逃げたくない」と力強い声で言う。
そんな男子生徒の頭に手を載せ、ぽんぽんと軽く叩く。
「絶えれなくなったら生徒指導室までこい。話さなくていいから、コーヒーぐらい飲んでいけよ」
「放送室にもきてくださいね。何も出来ないかもしれないけど、そばにいますから」
二人の暖かい言葉を受け止め
男子生徒は顔をあげ、笑顔を零した。曲はゆっくりと終わりへ近付く
「片付けはやるから……桐生さんはお昼休み堪能してきていいよ」
「構いませんよ。今日は、友達が休みですから」
曲が終わると、二人は器具の電源を落としていく。
最低限必要な電源だけつけ、マイクの前にある椅子に男子生徒が腰掛ける。
マイクの音量をあげ、音が出ないように深呼吸をした。
「さと、今日の放送はここまでです。今日は三年生が居ないからといって部活などサボらないようにしてください。
今日の放送は、二年、有明 悠真。
一年、桐生 羽音でした。
来週は執着心の羞恥心を流します。
歌詞などお忘れのないようにしてください。これにて、終わります」
マイクの音量を下げ、全ての電源を落とす。
「お疲れ様です。先輩」
「桐生さんも、お疲れ様」
「んじゃあ、二人とも生徒指導室来い」
男性の言葉に二人は首を傾げた。
男性は呆れたように頭をかき
「喋って喉が渇いてんだろ? 飲み物やるよ」
男性はそそくさと放送室を後にした。
二人は顔を見合わせると、微笑みあう。
「そうそう、桐生さん。これ、桐生さん宛ての手紙みたいなんだけど…読んだ?」
ポケットから白い無地の封筒を取り出すと、羽音へ差し出す。
受け取るとすぐに封筒を開いた。
読み終えると封筒ごとブレザーの胸ポケットへいれる。
「さ、行きましょうか」
「うん」
二人はゆっくりと放送室から退室した。…生徒指導室…
生徒指導室には、他に誰もおらず、やかんが静寂を消している。
男性は火を止めると、棚からコップを三つ取り出す。
「コーヒー、ココア、レモンティー、ストロベリーティー、ミルクティー、コーンポタージュ。どれだ?」
「レモンティーでお願いします。」
「私はココアで」
二人は男性の言葉に応える。
二人は近くにあったソファーに腰を降ろす。
しばらくして、お盆を片手で支えた男性が二人と向かいあうソファーに座る。
間にあるガラステーブルの上に出されたコップを二人は受け取る。
そして、男性はスーツのポケットから飴やガムを次々とテーブルの上に出す。
全てフルーツ味のもの。
二人は言葉を失った。
「なんだ? お前ら、俺様が毒でも盛ったとかって思ってんじゃねぇだろうな?」
「そんなことないです」
むしろそっちの方が先生のイメージに合います。
と二人は心の中で付け加える。
「……まさか、飴とガムが全部フルーツ味なのが気に食わねぇのか!? フルーツ味を馬鹿にするやつは容赦しねぇぞ!」
「落ち着いてください! フルーツ味万歳!」
「ぼ、僕、フルーツ大好きなんです!! たくさんいただきます!」
今にも暴れだしそうな男性を、二人は何とか抑えようとすかさずフォローをいれる。
男性は二人の言葉を聞いた瞬間、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「よく分かってんじゃねぇか。よぉし、まだまだあるからな。どんどん食え、そして、サボれ」
二人は丁寧に断り、予鈴の後それぞれの教室へ向かった。
ポケットに無数の飴とガムを入れて…
<一章完>