片思いの行き先
「僕、君のことが好きなんだ」
太陽がとっくに寝静まって月が私たちを包み込んでいる時、君が突然言った。
「うん、」私は驚きながら、さりげなくうつむきながら言った。
なんて言えばいいのかなんてわからなった。君のことをどう思っているのかなんて考えたこともなかったし、意識したことさえなかった。私と君はいつまでもこのままで、何にも変わらずにやわらかいまま過ごしていくのだと信じて疑っていなかった。
君は、そのまま何にも言わなかった。私も何にも言えなくて、君をちらりと見ることさえもできなくてうつむいたまま歩いていた。二人の間に落ちている沈黙は、いつもみたいなお互いがお互いのことを何でも分かっているような沈黙とは程遠くて、こんなのは初めてで怖かった。
「じゃあ、」
君は、分かれ道でそれだけ言って家に帰っていった。私は、もういろいろなことがグルグルしていてそれになんて返事をすればいいのかさえ分からなくなりかけていた。
「うん、」君の顔を見た。マフラーを巻いていてもすごく寒そうにふるえている。君はとっても寒がりだから、こんな日は特につらいだろうね。朝から言っていたもんね。そんなことをぐるぐる考えながら言えたのは、結局それだけだった。先ほどから、私が口に出せる言葉は「うん」だけみたいだった。なんて言えばいいのかわからない。
「ただいま」
家に帰って、誰にもいないのに呟くように言ってから靴をぬいだ。家族は、みんな忙しくて平日に家にいるのは珍しい。帰ってはきているようだが、その時間には私は寝ているから会えない。そんな生活は、物心ついてからずっとだから今更気にしない。さみしくもなかった。いつも君がいたから。
「君は…」
君がいたから、私は寂しくなかった。そう、君がいたから。私にとって、君は、家族でお兄ちゃんで弟みたいな存在だった。いつでもいるのが当たり前で、いなくなるなんて考えたことがない。
「君のことが…」
私は、君のことが好きだ。それはもちろんそうだ。だけど、私の好き、は君と同じものなんだろうか。
「でも、家族の好き、と恋の好きは違うって、」理恵がよく言っているし。
恋愛なんて興味はなかったが、私の友達は興味津々なのでよく情報が入ってきていた。理恵は、私が恋愛に興味ないのはおこちゃま(・・・・・)だから、とか言っていろいろ私に話してくるのだ。キスは友達とはしなくて、“付き合っている”特別な恋人同士しかしてはいけない、とか。その中に確か、「家族の好き、と恋の好きは違うものだ」というのもあった気がする。私の君への好き、はどの好き、なんだろうか。君が、私に行ってくれた好き、はどの好きなんだろう………
次の日。
君はいつも通り私を家まで迎えに来た。
「おはよう」
「おはよう」
気まずくてどうすればいいのかわからなかったけど、君はいつも通り微笑んでくれて安心した。
「行こうか」
「うん」
今日は雪が降っていて滑るから、と君が差し伸べてくれた手を握った。
通学しながら、君は昨日のことを全くふれなかった。私も、それをいいことにその話題には触れないようにして関係のない、たわいのない話をしながら学校まで歩いた。君の横顔をちらりと見ると、いつも通りのように見えて私はまたほっとした。ほっとしていることにすこし良心を痛めた。だけど、君がその話題をだしてこられたらなんて答えればいいのかわからない。なんて答えたいかもわからなかった。
「今日も、君の両親は遅いでしょう?うちのお母さんが、君の分の夕飯を用意して待っているからおいでだって」
「ありがとう。お邪魔させていただきます」
私が君の家の夕飯を一緒させてもらうのはよくあることだった。
「帰り。迎えに行くから」私の教室の前で君はそういってから自分の教室のほうへ向かっていった。
結局、君は通学の途中に一言も昨日のことを言ってこなかった。まるで昨日がいつも通りで、なにもなかったように接してきた。私も、昨日の話を掘り返す勇気なんかない。昨日のことから一晩経っても、まだあの時なんて言えばよかったのか、どうすればよかったのかなんて全然わからない。君はこのまま昨日のことはなかったことにしてしまうのだろうか。私はそれでいいのだろうか。
お昼休み
私は君といつも通りにお昼ご飯を食べる。授業中、『君のことが好きなのか。』なんて問をずっと自分にしていたけれど答えは出そうにない。それでもなぜか考えずにはいられなくてずっとそのことばかりに気を取られていた。
「今日の夜ごはん、何が食べたい?」君が聞いてきた。
どうしてそんなことを?という目で見てみれば、君は手に持っている携帯を軽く私に見せるようして、
「お母さんが、君の好きなものを聞いてこいって」と教えてくれた。
「……かぼちゃの煮物が食べたい」少し悩んでから私は言う。君のお母さんの煮物は打っている煮物と違って味が薄めですごくおいしくて好きだから。
「了解」君はほんとにそれが好きだよね、という顔を君はしてから携帯を開いた。お母さんにメールするのだろう。
「ねぇ、それ…」私はふと目に入った君の携帯のストラップを凝視する。
「ああ、これ?覚えてる?君がくれたやつ」私が何を見ているか気が付いたようで、君はストラップをゆらしてみせた。
君のその携帯についているストラップは、確かに私があげたものだ。去年の君の誕生日に、携帯に何もつけていない君のために買ったストラップ。だけど、君が付けているのに今まで気が付かなかった。私が君にあげたときだって、そんなに特別うれしそうでもなかったし。君のことだから、私が君にあげた時のまま引き出しかなんかに入っているものだと思ってた。
「これ、結構気に入ってる。ありがとな」君はストラップを見ながら少しだけ目を細めていった。太陽が君の顔を照らしていて、すごくかっこいい。
「どういたしまして」私は、君のその顔に軽く見とれながら小さく言った。
私はなんで今更彼に見とれたりしているのだろう。何年も君の顔を見て、見飽きているくらいなのに。それに、君が私のあげたストラップをつけていてそれを気に入っていると言った時になぜだか胸がきゅんとした気がした。…そう、気がした。そして、もっと君の笑っている顔が見たいなと思った。
ねぇ、理恵。これが理恵のいう恋愛の好きなのかな。私、君に恋してるの?
「ねぇ。昨日のことなんだけど」帰り道の途中。私は勇気を出して君に尋ねた。君に恋しているかも、と気が付いてしまった以上、昨日のことをうやむやにしたくなくなった。君が、昨日言ったことは本当なのか確かめたかった。君の言う好き、がどういう好きなのかも。
「昨日?」君はなんのこと?っていうように小さく首をかしげてくる。わかっているくせに、ごまかしているのか。
「昨日、君が言ったこと」私はそこだけ言った。自分から、「君が私のことを好きだって言ったこと」とか言えない。恥ずかしすぎる。
「あぁ、」君は何のことかわかったみたいで、片手で頭をかきながら言った。
「困らせたろ。ごめん。忘れていいよ」君は少し顔をしかめて言う。
違う。そんなことを君に言わせたいから、君に昨日のことを聞いたわけじゃないのに。なんでそんなこと、言うの。顔を少ししかめて言うの。本当に君はそう思っているの。
「いやだ」
君がそう言った瞬間、私は、反射的にそう口に出していた。
いやだ、と口に出してみて自分の気持ちが素直に分かった気がした。私はきみのことがすきで、それはたぶんずっと前から君のことが好きで。昨日、君が私のことを好きだと言ってくれてすごくうれしかったんだ。
「えっ」虚を突かれたように驚く君。その驚いている様子を見て、私は逆に落ち着いた。
「いやだ。私は、君のことが好きみたいだから」思っていることを正直に言おう。君が昨日言ってくれた言葉をなかったことになんてしたくない。
「だから、昨日君が言ってくれたことは忘れない。絶対忘れない」そこまで言ってから私は恐る恐る君を見た。君がどんな反応をしているのか見るのが怖かった。
「…………」
君は顔を真っ赤にしてこちらを凝視していた。私も君と同じように、顔が真っ赤になっているんだろうな。意識し始めると、顔が急に火照ってきた。
「僕も君のことが好きだよ」君はしばらくしてから言った。
「君のことが好きだから、昨日言ったんだ。だけど、君は何にも答えてくれないから聞こえていないのか、くだらないから答えなくてもいい、とか思ったのかと思ってた」君が白状するように言う。
「昨日は、驚いて何も言えなかったから」それに昨日君が言ってくれたおかげで私は君への気持ちに気が付けたから。
「僕と、付き合ってくれますか?」君がそう言って差し出してくれた手に、私は恥ずかしくて顔を赤らめながらもきっぱりという。
「はい」