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その9

「バリアみたいなもの、って理解していいのかな」

「大雑把にはそんなとこだろうな。使い手が眠ってるってのが、能力のトリガーなのか副作用なのかわかんねえけど」

 かいなにそう答えてから、実際はどちらでも大差ないことに気付いて司は頭を掻いた。妙な大陸人の出現に面食らったせいか、思考がとっ散らかっている。今は火急の時、無駄なことに脳のリソースを割く余裕はない。

 だから、

「本人が眠ってるから協力は仰げない。起こすとバリアが消えるかもしれないしな。安全地帯としては有効だが、見たところ周囲5メートル程度が効果範囲みたいだから、全員を収納するキャパもない。それと──かいな、ちょっとあの子の近くまで連れてってくれるか?」

「はーい」

 頷くかいなに持ち上げられ、司は先子のほど近くへ。滝の裏にいるかのように周囲で水が飛沫く中、バリアに遮られた水だけが見えない壁面をゆるゆると滑り落ちている。こうしてみるとバリアの形状もよくわかった。先子を中心に綺麗な球状となっているようだった。

「で、だ」

 効果が消えてしまう可能性を考えると声をかけて起こすのも憚られる。水壁の前に立った司は、かいなに向けて人差し指を立てて見せた。それから慎重に指の先端を壁に突き入れてみる。──瞬間、強烈な睡魔に襲われくらりと視界が歪んだ。その上まったく抗えず、すぐに意識が闇に沈む。

「つ、司ちゃん!?」

 かいなが慌てて司の身体を引き戻した。すると、途端に彼も目覚める。思わず口元を拭うが、幸いよだれが零れたりはしなかったようだ。

「……予想以上だった」

 たまさか、指一本入れただけで完全に意識を飛ばされるとは。

 使い勝手はすさまじく悪いが、反面彼女のバリアは強力無比であるらしい。

「でも、人は弾かないんだね」

「それを確認したかったってのもある」

 水は弾く。しかし人は弾かない。生物すべて弾かないのかもしれないが、今それを確認するすべはない。

「もしかして、ほっとくと息出来なくなっちゃうんじゃあ……」

「俺も今その可能性に気付いた」

 酷い自爆能力だった。水を弾くならば、おそらくは空気も弾くだろう。能力発動時に範囲内だったものを押し出すことはしないのだろう、外から大気を取り入れない以上、やがては内部の空気は尽きて呼吸困難に陥ることになる。

「時間の余裕はないってことか」

「さすがに息苦しくなったら起きるだろうから、そしたら御柱君たちに保護してもらえばいいんじゃないかな?」

「いや、そっちの意味じゃなくて」

「?」

 首を傾げるかいなに答えず、司は再び二つ目の怪異──今も口からビームを放散し続けている老人に目を向けた。

「……気に食わねぇ」

 その呟きは、司自身意識せずに漏らしたものだった。


 ◇


「何やら算段をつけたようじゃが」

 壇上の御歌土が、遠目に司たちの動向を眺めて一人ごちた。

 "滝"の轟音渦巻く中、会話の内容などは到底聞き取れないが、これでも古い馴染みである。直感的に、彼らが反撃に出ようとしている気配を掴み取ることが出来ていた。

 と、そんな少女の隣に"怪人"が音も無く降り立った。御歌土は片眉をくいと上げたのみで、目も合わせぬまま口を開く。

「講堂内を縦横に飛び回り、満足しおったのか?」

「────」

 老人は腕を組み、肩を竦めてみせた。少女の揶揄など意にも介していないのだろう。だがそれは御歌土とて同様だ。馴れ合うつもりなど更々無い。

 そして、だからこそ問いたいことがある。

「そなた、あえて人を狙わずにおるじゃろう」

 その問いに──老人は変わらず、無言を返した。

「ふん」

 御歌土は嘆息する。元より選べるものではないとはいえ、これでは随分と"甘い"。それも、恐らくは異例と言って差し支えないレベルで。"島"の実態を知らしめる前哨戦としては適役だと言えるが、都合が良すぎる展開に判然としないものを感じる。

(ま、仕方なかろうか)

 老人に張り合うように肩を竦めた御歌土は、横目で彼の装束を改めて検分した。

 古代大陸風の軍官服──現代日本においては珍しいものだが、これといって特徴があるわけではない。言ってしまえばただの布であり服だ。だが良く見れば、老人の足元、僅かに演壇の床から浮いた木靴の下に、歯車のような奇妙な物体が垣間見えた。周囲に小さな炎らしきものが渦巻くそれは、気付いてみれば明らかに特異だ。

(宝具、というやつか? 宙を翔けるための補助装置のようなものじゃろか)

 推察するものの、問い質して答えが得られるとも思わない。ただ、一つだけ確信したことがある。

 御歌土はもう一度、幼馴染たちのいる方向を見遣り、呟いた。

「ま、糸口になりそうなものなら司が気付かぬわけもなかろうよ」

 その確信は、言い換えれば信頼と呼ばれる類のものであったが、少女の自覚はそこまで追いついていなかった。

 

 ◇


 一方──

「むうううう」

 司はあからさまに不機嫌になっていた。やぶ睨みに前方の宙を見据え、眉根をこねくり回している。御柱がおそるおそる声をかけようとするが、かいながそれを柔らかく留めて首を振る。こういう時はそっとしておく方がいいのだと少女に目で告げられ、青年は大柄な身体を縮こませてすごすごと持ち場に戻っていった。

「怒ってるのは何に?」

「わからん。わからんから、腹が立つ」

「そか」

 かいなもそれ以上言葉を交わさない。司がわからないと言ったら、本当にわからないのだ。ただ、少なくとも怒りの矛先が御歌土に向いているわけではないということ。それだけが確かであれば、自分はただ黙っていればいい。

 それもまた、御歌土とは異なる形での司に対する信頼の在り方だった。

「見通しは立ったんだ」

 しばらくして、ぽつりと司が口を開いた。かいなは無言で先を促す。

「物凄い杜撰な作戦なんだ。上手くいく保証なんかどこにもない。けど、俺は上手くいくだろうと思ってる。正確に言うと、"どうせ上手くいっちまうだろう"と思ってる」

「……つまり、本当は上手くいってほしくない?」

「そこまでは言わない。現実問題、今の状況を打開するためには必要なことだからな。ただ、あっさり材料が出揃ったのが気に食わない。まるで誰かに誘導されたように思えてならない」

「その誰かって……みかちゃんじゃないの?」

「違う」

 それだけは、確信を持って言えた。交わしたやり取りは短いものだったが、良くも悪くも御歌土は常に本気だった。本気で能力者達のための学校を設立しようと決意し、本気でそのための準備を調え、本気で──方法に言いたいことは多々あれども──自分達に向けて"試練"を突きつけてきた。

 裏で企み事を抱えているようには見えなかった。何より、御歌土が自分達をそんな風に操るような真似をするとは、思いたくなかった。

「だから、多分みかの奴も知らないんだ」

 知らぬまま、あいつも何がしかの陰謀に組み込まれている。幼い頃からの悲願に、何者かの企みが入り込んでいる。

 それが──酷く気に食わない。

「ああ、くそっ」

 司は、ぱん、と自身の頬を張った。かいなは眉尻を下げて、少年のその様子を見守る。

「でも、今は動かないといけないんだね」

 御歌土を巻き込んだ"嫌なもの"に、それでも今は従わなくてはならない。

 だから、もしそれを彼が躊躇うというのなら──

「なら、教えて。その作戦を」

 自分は躊躇ってはいけない。彼の負い目を少しでも減らせるように。いつも考えすぎてしまう彼に代わって、頭の良くない自分が、馬鹿みたいにその手を引いて走らないといけない。

「……かいな」

「うん、なに?」

「いや」

 司が首を振る。きっと、そうした自分の考えも全部ばれているんだろう。それでも拒絶してこないのは、彼なりに自分に甘えてようとしてくれている証──なんて思うのは少し図々しいかもしれないけれど。

 かいなは、にっこりと笑った。

「じゃあ、みかちゃん救出作戦、始めよう?」

「作戦名違くないか?」

「だって最終目的だから」

「ああ、それならいい……のか?」

 思わず首を捻った司に、かいなは強く頷いてみせた。

 何気なく口にしたことだったけれど、きっとこれは、この島でのずっと変わらない目的になる。

 そんな確信があった。

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