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その7

「二つほど、気になることがある」

 此方こなた、キャットウォーク上。

 司はかいなに指を二本立ててみせながら、そう口を開いた。

 本音では、早く御歌土の様子を確かめにいきたかった。だが、無策で挑んでも"滝"に邪魔されてしまう。ともすれば焦りがちな気持ちを抑える必要があった。

「それに、俺の推測が正しければ、みかに危険は少ないはずなんだ」

「というと?」

 どういうこと? と首を傾けたかいなに、司は立てていた指を一本にしてから、"滝"が作り出す水のカーテンに向けた。

「まず一つ目。この滝だけど、さっきみかが言ってたとおり、水量はほぼ無限なんだとは思うんだ」

「みかちゃん嘘は言わない子だもんね」

「ああ。そしてあいつはこうも言った。地球上にはこの滝に匹敵するものはない、と」

「うん」

「けどな──世界三大瀑布ってどのくらいのサイズか知ってるか?」

「もちろん」

「お?」

「もちろん、知りませーん」

 両のこめかみに指を添えて、かいながすっとぼけた。

 だよな、と肩を竦めてから、司が続ける。

「トップ3は順にイグアス・ナイアガラ・ビクトリアだ。特に南米のイグアスは、『ナイアガラが可哀想』だなんてアメリカ大統領夫人に言わせちまうくらいにでかい。名前も訳すとそのまんま『大いなる水』だしな」

「かっこいいね!」

「でだ。たとえばイグアスの中でも有名な『悪魔の喉笛』なんて場所は、水幅が700メートルあるんだ」

「700て」

「ちなみに高さは80メートル越えな」

「とんでもないね」

 想像できないよと、かいなが頭をぐるぐる回転させた。

 幼馴染のオーバーリアクションに苦笑しながら、司は舌で唇を湿らせる。

 少し、いつもの調子が戻ってきた感じだった。

「そう、とんでもないサイズなんだ。地球の滝だって決して負けちゃいない」

「けど、それにしては──」

 かいながちらりと講堂内の"滝"に目を向けた。

「そういうこと。少なくともこの建物の半分以上を覆い尽くしてるんだから相当な大きさなのは間違いないんだが、よくよく考えてみるとこの滝は、イグアスその他の滝と比べたら小さいんだ。最初はびっくりしちまったけどな」

「でもみかちゃんは、比べ物にならないくらいこっちのが大きいって言ってたんだよね」

「ああ。その"ずれ"が、あいつがくれた一つ目のヒントなんだと思う」

「一つ目?」

「気になることが二つあるって言ったろ? 二つ目は──これもまたあいつの台詞なんだけど──"意思持てる滝"っていう呼び名だ」

「そんな風にも言ってたね」

「けどさ、この滝に考える頭があるように見えるか? 言っちまえば、ただ水が落ちて流れてるだけだろ?」

「うーん、比喩の可能性は? 事故が多い場所って、よくそういう風に名付けるでしょ? 人食い橋とか殺人カーブとか」

「あくまで擬人化表現に過ぎないってわけか。けど、だとすると"意思持てる"ってフレーズは中途半端じゃないか? 良いことが起きやすい場所なら"幸運の~"とか呼ばれるし、悪いことばかりならかいなが言ったような名前になる。"意思持てる"じゃ何がなんだかわからないよな」

「ふむう」

 かいなが鹿爪らしく腕を組み、目を瞑った。と思いきや、片目だけ開けて司に「で?」と問うてくる。

「ん?」

「司ちゃんの中ではもう結論が出てるんでしょ? 私はもうお手上げだもん」

「お前も同じ結論になるか確かめておきたかったんだがな……まあいいか。以上二つの点から俺が考えたのは、この講堂内に出てきてるのは、"滝"のごく一部だけなんじゃないか、ってことだ」

「一部?」

「滝を巨人に喩えるとしたら、足の小指の爪の先だけここにいる、って感じかな」

「なるほどー。でも"意思持てる"、については?」

「爪の先っぽだけなんか変なことになってても、本人気付きもしないんじゃないか?」

 暴論もいいところではあったが、実際これはそういうスケールの話だ、と司は思う。

 もし御歌土の言う通りの規模の滝がフルサイズでこの場に出現していたら、講堂どころか島がとっくに水没しているだろう。それは周辺海域に著しい水位の上昇や津波をもたらし、生態系への甚大なダメージはもとより、地球環境を大きく変じてしまう事態へと繋がっていく。

 端的に言えば、人類が滅びかねない事案となるのだ。いかな四天院家であれど手に余る。まして未成年の御歌土や自分達だけで対処する流れになるはずがない。

 だから、この場に現れた"滝"は、あくまでごく一部。意思すら宿らないほどの末端部分だけだから──

 司は再び唇を舐めた。

 滝の"規模"のコントロールを誰がどのように行っているのかはわからないが、目の前で起こっている事態に関してだけは、こう言っていいはずだった。

「怖るるに足らず、ってやつだ」


 ◇


「もとより、"滝"は恐るるに足りぬ。つかさもすぐにそれと気付くであろうな」

 御歌土はステージ中央に立ち、独り言のように呟いた。

「私も、それだけなら好都合と思ったのだ」

 特段の害意を持たず、現実に発生するのは、いかな勢いが強くあっても動きの予測が可能な水流のみ。しかも時間が経てば、いずれ"滝"本体が気付いて"こちらの世界"に溢れた部分を引っ込めるはずだ。あの程度の"穴"では、"滝"は巨大さが災いしてこちらには現われ得ない。そのことを自ずと理解し、勝手に消えていくだろう。

 一方でこちらにとっては、集められた若者達が"穴"の規模を身をもって知る良い機会となる。この島に現われる"もの"は、どの程度までのサイズを限界値とするのか。それをわざわざ教える手間が省けると喜んでいたのだが──

「さて、おぬしは何者なのかな。この日二人目の来訪者殿よ」

 御歌土は、目の前の"男性"に問うた。

 彼は、中空に現われた楕円の光の中から、たった今ステージに降りてきたばかりだった。

「見れば私以上に古風な衣を身に纏っているようだ。日本の装束とも趣が違うしの」

 まず言葉は通じないだろう。御歌土は相手の風貌からそう推測する。

 ──おそらくは大陸の、伝承中の人物か。

 だとすれば厄介だ。間違いなく目の前の男性──よわいは五十を過ぎたあたりだろうか──は、人外の力を有している。なんとなれば、の国は過去の偉人を神格化して崇め立てることも多いのだ。まして"創作の中とあっては"、どこまで常識的な範疇に収まるものか──

「とまれ、どのような出自であろうと私は一向に構わないのだが」

 そんな瑣末事よりも、今は存分に暴れまわってもらいたい──御歌土はそう考えていた。

 それであの分からず屋の司をぎゃふんと言わせられたら痛快だった。

「ふん。人の気持ちも知らずに、理屈ばっかりこねくり回してるから悪いのだ。これで少しは懲りるであろ」

 御歌土は、良くも悪くもショックから立ち直っていた。腕を振り回して司への怒りを顕わにするさまは小さな子供そのものだったが、本人に気づいた様子はない。

「まあそんなわけで、おぬしも好きに振舞うがよいぞ。……言葉は通じぬだろうし、そもそも私が言うまでもないだろうが」

 少女がそう呟くと、男性はどこまでを理解したのか笑みの形に皺を深くし、思いのほか若々しい声でこう言い放ったのだった。

我很期待たのしませてもらうよ

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