時計塔の宝物
ギギ……ギギ……。
一歩を踏み出す度に、朽ちかけの床が音を鳴らす。懐中電灯の明かりに細かな埃がキラキラと光る中、今は使われなくなった旧校舎の奥――地下室に私は向かっている。
「全く……埃っぽいし、歩きにくいし……はぁ、暑ぅ~」
額にじわりと滲む汗を拭いつつ、私は階段を降りる。
どうしてうら若き乙女である私――香坂真尋がこんな所に居るのかというと、それには当然訳がある。
全ての始まりは、私が通う陽世学園に伝わる一つの噂を聞いたからだった。
今から二代前の学園長の時代――当時は戦時中であったが、戦局は芳しくなく、当時の軍部は敗戦後にその資金を奪われないように各地に分散して隠匿したという。
その一つがこの学園の敷地内であり、それを隠したのが当時の学園長だったらしい。
勿論、それだけならば何処にでもある眉唾の噂話だ。だけど、私は噂に興味を持って、調べてみた。
すると、学園の噂話にはこういうものがあった。
『時計塔の秘宝』
もしもこれが、その軍の隠し資金の事を指すのならば、あながち、ただの噂ではないのではないか。
それにもしも噂に過ぎないとしても、そこには噂が生まれるだけの理由がある筈なのだ。
その真相を解き明かすだけでも、多少の苦労はし甲斐もあろうというものだ。
「とは言え……こうも足元が悪いのはねぇ……うぅ、足痛い」
そうこう言いつつ、進み続けるのは止めない。この調査のために職員室から急行車の鍵を盗み出そうとして捕まり、仕方なく一階のトイレの窓を物理的に排除したのだから。
その苦労を無駄にする訳にはいかないのだ。
「あった。これだ」
やがて懐中電灯のスポットが正面の扉を捉えた。
「地下倉庫……あれは、ここにある筈」
名前を確認しつつ、ポケットの中から鍵を取り出す。この部屋の鍵だ。旧校舎の鍵は取れなかったけど、これは旧校舎の管理人室に放置してあったので、楽に入手することが出来たのだ。
錆びついた鍵穴にキーを差し込み、ゆっくりと回す。と、ガチャリと音がしてロックが外れた。
「………」
ごくり。唾を飲み込みつつもドアを開ける。そこには殆どの物が持ちだされてあって、そして要らない物はそのまま置き去りにされて、床に散らばったりしている。
「さて――と」
私は古びたメモを取り出した。これにはここの部屋のからくりが書かれてある。これこそ、私が噂をただの噂ではないと思わせたものだった。
見つけたのは学園図書館奥の古びた学園史の中だった。
これによれば、地下倉庫左奥の壁に隠し扉があるらしい。そして今――。
「ここ……壁に短い切れ目が入ってるわね。じゃあ、この近くに……」
私は壁に手を這わせて切れ目の周りを調べてみた。ザラザラとした手触りと共に手が汚れていく。
だけども、それに反して成果はなかったりする。……うぅ、汚れ損だ。
「でも、こういう仕掛けって絶対に近くにある筈なんだけどなぁ~」
手についた埃をはたき落としながら、周りを見回してみる。と、壁の配管があった。
むき出しの細いパイプ。錆止めのペンキが塗られているが、所々が剥げて剥き出しになっている。だけど……なんだろう? 何かおかしい?
……そうか! 配管にしては一部の継ぎ目だけ幅が短いんだ!
「と言うことは――ここね!」
私は早速パイプを調べた。あっ……回る!? 更に力を籠めると、パイプはキュルキュルという耳障りな音を立てて動いた。
カチッ。――ゴゴゴゴ。
パイプが音を鳴らすと、さっきの切れ目が奥に引っ込んだ。そしてその奥に……あった。
そこには鶏を模った、小さなレリーフがあった。これが”時計塔の秘宝”に繋がる鍵らしい。
ドキドキとしながら、それに手を伸ばす。……金属製か、冷たくてズシリとした感触だ。
それをそっと取り出す。と、隠し扉はまた元の壁に戻った。
「これで……いよいよね!」
やっと、時計塔の秘宝探しができる……! うわぁ、何だかドキドキしてきた!!
◇ ◇ ◇
さぁて、やって来ました時計塔。
時計塔は敷地の端にあり、学園のどこからでも見える高さがある。更に、時計塔標準装備のでっかい鐘は学園は愚か、眼下の街中にもその音を響き渡らせる素敵仕様。
あ、この陽世学園はちょっと小高い丘の上にある学校なんだけど、周りには高い木が多いから、外門と呼ばれる丘を上がる入り口から中に入ると、周囲を緑の壁が囲む――というかまんまでっかい檻の中、みたいな造りになっていたりする。
学園の敷地は上から見ると五角形で、その一角に時計塔はある。旧校舎はその真反対。で、真ん中には新校舎。
うーん、何度も改装しているし、”新”を付けるにはだいぶ古いと思ってるのは、きっと私だけじゃないと思う。
とにかく、今はこの時計塔だ。
「うわぁ……やっぱり高いなぁ」
入り口近くから見上げると、やはり相当の高さだ。古びてはいるが、痛みも少ない。
『時計塔の管理』。それは先々代学園長の遺言らしく、今もしっかりと管理されているようだ。
私は早速、時計塔の鍵を取り出した。フッフッフッ……旧校舎の鍵を取りに行った時、この時計塔の鍵だけはしっかりと掠めとっておいたのさ!
……誰に自慢しているんだ、私は。
「とにかく……今は時計塔内部に潜入よ! いざ……秘宝を目指して!!」
あたしは時計塔の重厚なドアに開いた、小さい鍵穴に鍵を差し込んだ。
「っしょっと……!」
ノブを回して金属製のドアをグイッと押せば、耳障りな音を立ててゆっくりと開いていく。
時計塔内部は薄暗く、ヒンヤリとしながらも埃っぽい空気だった。内壁には壁に沿ってらせん状の階段が備えられていて、時計塔の真ん中ぐらいまで続いているのが見える。
壁に備えられた電灯のスイッチを入れ、私は手に入れたレリーフを改めて見た。
これが鍵なのは間違いないから、後はこれを何処に使ったらいいのかな?
宝といえば地下っていうのが相場だけど、ここに地下への階段とかってあるっけ? 見取り図を見る限りではなかったと思うんだけど……。
「ま、なんとかなるか」
とりあえず、階段を登ってみよう。もしかしたら、上にあるかも知れないし。無かったら下を調べるってことで。
行動方針を決めれば、後は実行するだけだ。早速、上を目指して階段を登り始める。
カン、カン、という音を響かせて階段を順調に――。
「きゃっ――!?」
い、いきなり揺れる!? 地震!? うそ、こんなタイミングで!?
まるでシェイカーの中のように激しく揺らされる世界。私は必死に階段の手すりにしがみ付く。
「っ……!?」
手すりが――折れた。
「キャアアアアアアアアッ!!」
近づいてくる床。自由にならない体。そして………私は全身に走った衝撃を最後に、意識を失った。
◇ ◇ ◇
「――い。聞こえてるか?」
「………ん? あれ?」
気が付くと、私は普通に立っていた。周りをも回してみると、そこは時計塔の中だとすぐに分かった。
上を見上げると、私が落ちた階段がある。でも、壊れた筈の手すりが直っている……というか、手すりが新し目?
体を動かしてみる。落ちた所はそこそこの高さだったのに、動かしても痛くないって事は、何処にも異常はないっぽい。
「あっ、そうだ! レリーフは!?」
落ちた時に持っていたレリーフが無い! うそ、メモも無い!? 多分落ちた拍子に何処かに落としてしまったんだ。あれがないと”時計塔の秘宝”が探せない……!
「探しているのはこれか?」
「え?」
つい。と、鼻先に突き出されたのは失くしたレリーフとメモ用紙だった。
「そう。これよこれ。はぁ~、良かったぁ。これで宝探しが出来………る?」
はて、これは誰が差し出しているんだ? だって、ここに入ったのは私一人の筈……。
恐る恐る視線をスライドさせると、そこには怪訝そうな顔をした男子が立っていた。――って、一体いつから!?
「……なんだ?」
私は改めて彼を見た。背は私よりも頭一つ高い。172~3センチぐらいだろうか。顔はパーツも整っているし……うん、美形だ。でも、こんな男子うちにいたっけ?
一応、同学年の顔はそれなりに知っている筈……でも、この顔は見たことがない。
「どうかしたのか?」
「え? いや……えっと、君は?」
「俺は間宮奏一。ここの2年だ」
「私は香坂真尋。君、同級生だったの?」
「あぁ。そうらしいな」
彼は何時、何処から入ってきた? 鍵は私が持っているんだから、先に入っていたって事はあり得ない。仮に後から入ってきたとするなら、あんなドアを開けた音が聞こえない訳がないし、気付かない筈もない。
それに何というか……普通とちょっと違う雰囲気っぽいというか、淡く光っているような……いないような。
レリーフとメモを受け取りながら、私は内心で首を捻った。
「………」
「なんだ? 俺の顔に何かついているのか?」
「……え? ううん、何でもないわ!」
おかしい。やっぱりおかしいわ。だって、今の時期は夏なのに、この間宮って男子、コートにマフラーまでしている。ミスマッチどころじゃない。季節感が全くない。
「そ、それよりも間宮……君はどうして時計塔に?」
「俺か? 時計塔の噂をちょっと聞いて、興味を惹かれてな。そういうそっちは?」
「まぁ……そうね、私もそんな感じかしら? あはは……」
時計塔の噂……そういえば、もう一つあったことを思い出した。
(ま、まさか噂の……『時計塔に彷徨う魂』!?)
その昔……と言っても精々十年ほど前の話だ。今の私と同じように時計塔の宝を探した生徒がいて、しかしその生徒は時計塔の階段から足を滑らせて転落死してしまった。
床は血溜まりとなり、その生徒も無残な遺骸を晒したという。
そんな死に方のせいか、それとも宝を見つけられなかったことが無念だったのか。誰も居ない筈の時計塔に時折、彷徨う人影を目撃するという噂が広がったのだ。
その噂がもしも事実で、この〈間宮奏一〉と名乗った男子生徒が件の幽霊であるならば、この格好の不自然さにも説明がつくし、何よりどうやって気付かれず時計塔に居たのかも説明できる。
(の、呪われたりとか祟られたりとか……しないわよね?)
私だって、幽霊なんて信じているわけじゃない。前に思ったことと違うとか言われても、信じていないものは信じていないのだ。
あくまでも、合理的かつ倫理的な答えを求めた結果なのだ。というか幽霊だと全部説明できてしまうのだ。
「それで……これからどうするんだ?」
「どうするって……勿論、宝を探すわよ」
「そりゃそうだな。じゃあ、さっさと行くぞ」
間宮君はクルリと背を向けて、階段を登っていった。私もその後を慌てて追いかける。
埃の少ない手すりに手をやりながら、ハプニング無しで上まで行けた。
上に着くと間宮君は早速、壁を調べだした。壁の継ぎ目に指を滑らせながら、変わった所がないか探っているようだ。
「――ここだな」
ガコン。と壁の一部がへこむと、目の前の壁がズルリと回転する。すると、浮き彫りに刻まれたプレートが出てきた。
「えっと……『黄昏に朝日を呼ぶものあり。大地にそれを示せ』?」
「黄昏と言えば……西、夕方、宵の入……て、ところか」
「朝日を呼ぶもの……って、このレリーフの鶏かしら? でも、大地に示せって……何だろ?」
私は首をひねった。言葉をそのまま取るなら……このレリーフを黄昏――つまり、西に置けば良いって事だろう。だけど、大地に示せっていうのは……どういう意味なのかしら?
「大地……この時計塔の仕掛なら当然、この中に答えがある筈だ。ならば、”大地”というのは――」
「一階の……床? でも、それっぽいのなんて……あれ?」
下を覗きこんだ私はある事に気がついた。床に何かが描かれているっぽいのだ。
下にいた時に気付かなかったのは、床全体に大きく、うっすらと描かれてあって、そのせいだったようだ。
「十字……方位を示しているのか? だが、方角が分からないな」
「確かに、普通なら北だけ色が違うか、それぞれに方位を示すアルファベットが書いてある筈だし……。とりあえず、下に降りてみましょ」
◇ ◇ ◇
さて、下まで降りてきて床を調べてみると……また、困った状況になった。
十字の指す方向それぞれに、レリーフをはめ込めそうな穴が見つかったのだ。この中のどれかが正解なのだろうが……さて。
「黄昏……つまり、西の穴に入れれば良いのよね? えっと、時計塔の入り口は校門側で、校門は南側だから……西はこっちだよね?」
「いや、そうとも限らないだろう」
「どうして?」
「この十字の先――此処のブロックだけが黒くなっている」
そう言って、床のブロックを指さす。確かに、ここだけ黒くなっているけど……。
「これがどうかしたの?」
「黒は陰陽道に於いて玄武の象徴。すなわち……黒が示すのは北だ」
「そうなの?」
「実際の方位に合わせれば、これのある方角は東だ。だが……少し調べてみよう。もしかしたら青か赤、白いブロックがあるかもしれない」
「………」
間宮君はそう言って、床を調べ始めた。私も反対側の方を調べよう。少しばかりの埃を払って、ブロックの色を確認する………あっ!
「あった! ここ……色がくすんでて分かり難いけど、赤い!」
「黒のブロックの真反対だな。やはり、色で方角を教えていたんだ」
十字が示していたのは、実際の方角を90度回転させたものだったんだ。つまり、黒のブロックから見て左にある穴が正解。
私は早速、北側の穴にレリーフを嵌め込んだ。
すると、レリーフが奥に下がり、壁の奥から何か動くような、低い音が響く。
それは段々と上へと昇って行く様に続いていった。
「さっきの場所に行こう」
間宮君が階段に向かう。それを追って私も走った。いよいよ、噂の”秘宝”が現れるのだろうか?
逸る心を抑えつつ、上に戻った私達の目の前にあったのは……階段だった。
さっきのプレートが消えて、その奥に隠されていたのが姿を見せたみたいだ
まだ、秘宝とご対面とは行かないらしい。ま、そりゃそうよね。
「どうやら、まだ続きがあるようだな」
「……ここまで来た以上、どんな謎だって解いてやるわよ!」
気合を入れ直した私は、螺旋状に続く急階段をしっかりと踏み締めて上がって行く。後ろには間宮君が続く。
彼が宝を探していて死んでしまった生徒の幽霊であるなら、その宝を見つけられれば成仏するんだろうか?
「ところで、一つ聞いて良いか?」
「何?」
「香坂はどうして『時計塔の秘宝』を探そうと思ったんだ?」
「そうねぇ……きっかけはメモを見つけた事だったんだけど……多分、最初から何か面白いことをやりたかったのかもね」
壁に手をやりながら、螺旋階段をグルグルと。方向感覚を無くしそうだわ。
「私、何かをやりたいって思ってても、それが何かも分かんなくて……だからすごく退屈だったの。そんな時にたまたま、噂を聞いて……ってだけ。正直、何でも良かったのよ」
「なるほどな」
「何? がめつくお金を追い求めた方が良かった?」
「いいや。自分から面白いことを探そうって姿勢は大したもんだ。好感が持てる」
「そ、そう? ……ありがと」
う、うーん……気恥ずかしい! いやいや、落ち着け私! 相手は幽霊だ。信じてはいないけど幽霊だ。つけこまれたら呪われるぞ。まだ、死にたくなんてないのだ。
心にしっかりを言い聞かせ、階段をズンズンと上がって行く。
「どうやら終点のようだな。さて、今度は何が……ん?」
階段が終わると、今度もまたプレートがあった。今度は何を溶かせる気だろうか?
「えっと、なになに……『扉を開く者、世界を創りて示せ』? ……て、何これ?」
プレートの横には穴が縦に5つ空いていて、そして壁には赤、青、黒、黄、白という五色の珠があった。
「五色といえば真っ先に浮かぶのは……五行だな」
「五行……て、何?」
「五行とは鄒衍が示したとされる、森羅万象――宇宙の在り方。〈木〉〈火〉〈土〉〈金〉〈水〉で世界を表し、その循環で宇宙は成り立っている……そういう教えだ」
「えっと……つまり、その五行がこの五色ってこと? じゃあ、答えは簡単ね!」
五行とかさっぱりだけど、間宮君はそういうのに変に詳しいし、きっとこれもすぐに――。
「いや、そうも行かないようだ」
――行かないって。
「どうして? だって答えは出てるも同然じゃない!」
「この穴……縦に並んでるだろう? 五行はその関係上、五角形の並びなんだ。つまり、これの答えは五行じゃない」
「じゃあ……何よ?」
「今考えている。そう急かすな。パターンは120通り……ヒントはある筈だ」
間宮君は五色の珠を手で転ばしながら、難しい顔をする。
そういえば、この五色って何か記憶に引っかかるのよね……何だったかしら?
えっと……五色……ごしょく……ごしき……あっ!
「江戸五色不動の色と同じだ……!」
「五色不動……東京にあるあれか。そうか、これは”五行”ではなく”五大”の方か」
「五大?」
「五大とは密教における五輪――五行と同じく、宇宙の在り様を示したものだ。〈地〉〈水〉〈火〉〈風〉〈空〉からなり、それぞれが〈黒〉〈青〉〈赤〉〈黄〉〈白〉が対応していた筈だ」
「筈だって……確信はないの?」
「五行よりもマイナーだからな。だが、五大の並びは縦だから、合っているとは思う……とりあえず嵌めてみるさ」
彼はそう言いながら、穴に珠を嵌めこんでいく。これが解かれれば、いよいよ”秘宝”とご対面なのだろうか。
最後の一個が嵌め込まれる。と、前の壁が音を立てて動き出した。どうやら正解だったらしい。
「っ……! 何……!?」
僅かに開いた隙間からまばゆい光が差し込んできて、私は思わず目を細める。すごい眩しくて、まともに見られない……!
眩い輝きの向こう側――そこに”時計塔の秘宝”が――!!
「………っ!?」
ごう。という強い風が頬を撫で、髪を乱す。眼下には学園を囲む森と町が広がる。向こうには夕日が沈み、町や森、空を朱色に染め上げていた。
「すごい……なんて景色なの!?」
その余りにも幻想的な風景に、私は感嘆の声を上げていた。いつもは絶対に……ううん。こんな光景、普段だって見れやしない。
「どうやら、これが”時計塔の秘宝”らしいな」
「これが……秘宝? 確かにすごい光景だけど……でも、”秘宝”って、軍の隠し資金の事じゃなかったの?」
「隠し資金? ……あぁ、そういえばそんな噂もあったな。でも違う。そんな御大層な物を隠しているにしちゃ、仕掛けがあっさりし過ぎている。そもそも、その噂を流したのは当の先々代学園長だ」
「そんな!? どうしてそんな事を……?」
私は間宮君に尋ねた。彼はすでに全部の謎を説いているような気がしたからだ。
「先々代の学園長はよく、時計塔に登ってここから町を眺めていたようだ。そして自分の死後も、この場所を維持するようにと遺言を残した」
「それが『時計塔の管理』って話に摩り替わったのね。じゃあ、”時計塔の秘宝”の話は?」
「それも当の本人が流したらしい。どうしてか、までは知らないがな」
「………」
私は少し残るモヤモヤをそのままに、沈んでいく夕日を見た。当時の学園長は、この光景をどういう気持で残したんだろうか。そして、ここからこうして町を見て、どんな想いを抱いたのだろうか。
この光景を”秘宝”だと伝えたその心を……知る術はないのだろうか。
……そういえば、こうして”秘宝”を見つけられたってことは、彼も成仏するんだろうか?
「……なんだ?」
「え? い、いいえ何でもないわよ! ただ、夕日が沈むなぁ~って思っただけで……うん、それだけ!」
ちらりと横目で見ていたことに気付かれ、怪訝な表情をされる。私が慌てて誤魔化すと、彼は呆れ気味に軽い溜め息を吐いた。真っ白い吐息が風に溶けて消える。
真っ白い……吐息?
おかしい。夏に吐く息が白いなんて有り得るわけがない。なのにどうして間宮君の息は白い……。
「っ!?」
真上から時計塔の鐘が鳴り響く。間近で響くその音に驚いて耳を塞ぐ。鐘の音は……5回だった。
「……今から半年ほど前だ」
鐘の残響が残る中、間宮君が口を開いた。その視線は真っ直ぐに私を捉えている。そしてその瞳に映った自分の顔は蒼白で……信じ難い何かを知ってしまったような表情をしていた。
「一人の女生徒が時計塔の秘宝を探していた。だが、彼女が時計塔の階段を登っていた時に地震が起きた。そして運悪く、身を支えようと掴んだ手すりが折れて、真下へと転落してしまった」
あぁ……そうだ。そうだった。私は………思い出した。
「彼女はしかし、自分の身に起こったことを忘れ……そして、それからも時計塔を彷徨い続けた」
「時計塔の秘宝……それを探し続けて、ね。そっか……幽霊は間宮君じゃなくて……私の方だったんだ」
私は自分の手を見る。豪く綺麗だ、手すりとか色々触った筈なのに……。それに……ちょっと透けてきてる。
「あの日。朦朧とする意識の中で……私は時計塔の天井を見ていたんだ。痛くて、苦しくて……死にたくないって思いながら。そうしたら、時計塔の鐘の音が聞こえてきて……」
あはは。そうだった……。それで私はずっと……この時計塔を。
「私が幽霊、だったんだね」
「………」
半年。夏は冬に変わるし、服装だって変わって当たり前だ。彼はきっと、その間に転校でもしてきたんだろう。
それにしても……自分が幽霊になっているだなんて、想像もつかなかったな。
「ねぇ、最後に二つ教えて?」
「なんだ?」
「先々代の学園長はどうしてここを隠して、あんな仕掛けを作ったの?」
「件の学園長は相当に変わり者だったらしい。自分でもからくりを作ったりしていたそうだ。そんな彼が仕掛けたイタズラだったんだろう。自分のこの大切な場所を、探せるものなら探してみろ、ってな」
「なるほど。じゃあ、もう一つ。……間宮君は、一体何者なの? あれだけあっさりと仕掛けを解いたり、私のことだって最初から知ってた風だったし」
私は真っ直ぐに彼を見た。夕日が殆ど沈んだ空は、その色を茜色から深い藍色へと移し替えて行く。
それを背景にして、黒髪を冬の風邪に踊らせる姿は幻想的で、まるで絵画のようだ。
「間宮っていうのは隠し名だ。真名は『魔見舎』。古来から妖怪やら幽霊やらを相手にする一族……だったらしい。かくいう俺も昔から霊感が強くて、常人には見えない”モノ”を見れていたからな……まぁ、香坂の事もただの慣れだ」
「慣れって……そういうのって慣れるものなの?」
「人間、何事も図太くってな」
「あははは! 図太すぎるでしょ、それ!」
あぁ、面白いなぁ。本当に……面白い。だけど……もう、時間切れみたい。
自分の中が薄くなっていくのが分かる。私を縛り続けていたものが外れて、止まっていた時間が動き出したんだろう。
手が、足が、そして私自身が夜に融けていく。
「――――」
「うん?」
精一杯の言葉は音に変わらない。もう、声も出せないんだ。だから精一杯――笑ってみせた。
そして――私の世界が真っ白に染まり、何処か遠くで鐘の音が響いた。
◇ ◇ ◇
ギギギ……。と、低く響く音を立てて時計塔の扉が開く。その闇から抜け出てきたのは間宮奏一であった。
「終わったの?」
「あぁ、ついさっきな」
奏一は時計塔の前にそびえる大きな杉の木の影に向かって、そっけなく返す。そして深い溜息を吐くと、しっかりと巻かれたマフラーを緩めた。すっかり冷え切った空気が開放された首に流れ込んでくる。
「それにしても……」
「何よ?」
「いいや。何でもない」
奏一は軽く息を吐くと、空を見上げた。夜空には既に星が瞬き始めていた。
「鐘の音は世界に時を刻みつけ、五大は世界そのものを、そして黄昏に黎明を示すことで……時逆の術式とする、か」
「そのせいで、この後も色々と大変なことになるのよね~。あはは~」
「他人事……いや、自分事だったか、この場合は」
二つの人影は並び立って、校門の方へと消えて行く。そして時計塔は、ただ静かに夜の街を見つめていた。
◇ ◇ ◇
ぼんやりとする世界。そこはどこまでも真っ白で、頬を撫でる熱を含んだ風が今を教えてくれる。
「ここは………何処?」
鼻を突く消毒薬の匂い。ここは病院だろうか? ……そうか。私、生きていたんだ。
でも、あれからどれぐらい経ったんだろう? 少なくとも半年以上は……いや、この風は……夏?
じゃあ、一年ぐらい経ったのかしら?
私は体を起こし、窓の外を見た。揺れるカーテン越しに見えるのは新緑の木々。やっぱり夏みたいだ。
「――真尋!」
「お母さん?」
病室のドアが開き、入ってきたのは私の母だった。えらく驚いた顔をしているけど……そりゃそうよね。なにせ一年ぶりなんだから。
だが、驚いた表情はあっという間に怒りの表情に……って何で!?
「このバカ娘がァ!」
「あぎゃあ!?」
ガチガチに握り固められた母の拳は、情け容赦なく私の頭に突き刺さった。その瞬間、本気で目から火が出たと思う。
「ぐぅあああああああ……っ!」
「全く! 昨日、時計塔で倒れて意識無くしたって聞いた時は、本当に心配したんだから! こら、聞いてるの!?」
悶える私に、母は容赦なく叱りの言葉を浴びせてくる。だが、痛みに悶える私にそれを聞いている余裕なんて………て、ちょっと待って!?
「お母さん! 今、なんて言った!?」
「何って……どうして時計塔なんかにって」
「違う! そのもっと前!! ううん、今日は何年の何月何日!?」
「おかしな子ねぇ。24年の7月21日でしょう?」
「今年の7月……21日?」
やっぱり聞き間違いじゃない。私が時計塔に行ったのは覚えている限り、半年前だった筈だ。なのに昨日の出来事になっている?
どういう事なんだろう? 何が起こったの?
そういえば、半年もベッドの上にいたのなら、こんな風に体が動くだろうか?
つまり……本当に昨日なのだ私は。時計塔で落ちたのは。じゃあ、間宮君や時計塔の謎を解いたあれは? こんなに鮮明に覚えているのに?
「まさか……ただの夢だったの?」
どうしても気になった私は、あれから色々と調べてみた。だけどやっぱり時計塔の出来事は昨日のことのままで、それよりも不思議だったのは――。
「あの日、地震なんて無かった……か」
じゃあ、あの揺れは何だったんだろうか? あの時計塔にはもしかしたら、すごい謎があるのかも知れない。
そして、間宮君――間宮奏一とは何者だったんだろうか。幽霊とかそういうのを相手にしてたって言ってたけど……そういえば彼は今頃何をしているんだろう?
◇ ◇ ◇
そして、あっという間に夏休み。それも過ぎて――二学期。
ざわめく教室のドアがガラガラと開き、先生が入ってくると、全員がわらわらと自分の席へと着いた。
「さて、今日は転校生を紹介する。入って来なさい」
「――はい」
廊下から声がして――そして、彼は入ってきた。
「っ――!」
驚きに声も出せず、目を見開く私に構うことなく、彼は教卓の隣に立ってこちらを向いた。
「間宮奏一です。どうかよろしくお願いします」
そして私は気付いた。あの日、私は時計塔で消えたんじゃない。過去のあるべき時間に帰っただけなんだと。
そして同時に、時計塔には私の幽霊が今も漂っているのだと。
そしてまた時間が流れ……12月のある日。
「じゃあ、奏一。手筈通りにね」
「やれやれ。これが切っ掛けで、お前のわがままに付き合わされる事になると思うと複雑だな」
「ふふん。そんな心ないこと言っても無駄よ。さ、行ってきなさい!」
私はドン! と、奏一の背中を押してやった。奏一はつんのめりながら、時計塔へと歩いて行く。
これからここで何があるのか……私は知っている。でも、それは未来と過去で決められた覆せない今なのだ。
「はぁ~……寒い」
中では面白いことが起こるのに……。
私は一人孤独にそれが終わるのを待つのだった。くすん。
勘違いものといえば
主人公が勘違い
他キャラが勘違い
の2パターンでしょうか。
今回は主人公の勘違いで書いてみましたが・・・これは勘違い系か?w




