晴れの日の外出はご用心 【後編】
これは前後編の中の後編です。おそらく前編から読んだ方がおもしろいと思うので、是非そちらからよろしくお願いします。
少女、いや花畑の妖精さんが言いたかったことは要約するとこうなる。
ここ最近晴れが長く続いていた。
雨が降らなくて根に水が行き渡らず、葉が枯れかけている。
しかも今日なんてトドメでも刺すかのようなこの快晴。
『お花さんたちが悲鳴を上げているのです。助けて下さい』
だ、そうだ。
それも先ほどまでのボケまくっていた気配を無くし、俺に向かっての深々としたお辞儀付きで、だ。
もちろんとてつもない冷酷人間でもなければ感情を感じない人間という訳でもないので、俺はそれに心打たれた。
真剣な眼差し。
懇願する瞳。
花たちの気持ちが分かるのか辛そうに震え歪める唇。
………そんなの見たら、手伝わない訳にはいかないじゃんか…。
ここで手伝わないなんて選択をしたら、男が廃る。
くそっ、今日はほんとに厄日だな。
これから文房具店にもいかなきゃならんというのに、まったく俺はついてない。
だが男として、放っておくことなどできるはずもない。
「それに、困ってる子を見捨てる事なんてできない、しな…」
「?」
俺は一人聞こえないくらいの小声で呟いた。妖精さんは聞こえていなかったようで、小さく首をかしげる。その様子を見て、俺は覚悟を決めた。……よし。
「あのよっ……」
「? はい」
しまった、なんか気合いが入りすぎてしまったせいで声が上擦ってしまった。でも、もうそんなの気にしていられるかぁ!
「俺、手伝うよ! 水まき手伝ってやるからさ!」
うし、今度はちゃんと言えた。
たったこれだけを言うだけなのに、随分と労力をつかってしまったものだ。
まったく、我ながら情けない。いくら女の子と話すのに慣れていないからって、情けないぞ。
妖精さんは最初、意を分かりかねたように目を丸くしていた。でも俺が手伝いを表明したという事に気がつくと、無表情だったその頬を緩め、笑ったのだ。
「ありがとう、ございます」
初めて見た妖精さんの笑顔はやはり、この世のものとは思えないほどの可憐で可愛くて、美しいものだった。
そんな訳で。
俺の水まき仕事はスタートしたのである。
◇ ◆ ◇ ◆
まず初めにと、この花畑の端に設置された用具が入った倉庫からじょうろを入手した。ほんとはこれほど広大な土地に水やりをするのだったら、もっと大きなちゃんとした水やり機がいいのだが、残念なことにここにはホースやじょうろ、肥料など必要最低限のものしか置いていないようであった。
そして今、俺はしょうがないのでじょうろで水やりでもしとくか、と花たちに水を撒いているのだが……
「なにやってるのですか、もっと手を動かしたらどうなんですか」
目の前で花たちに囲まれふわりと形容詞がつきそうなワンピースを広げ、妖精さんは座っているのでした。しかも毒舌付で。
「そんなペースでは終わりませんよ」
……言いたいことはたくさんあるのだが、まず何故お前は手伝わずに座ってるんだ。しかも何故手伝って貰っている立場のくせにそんなに偉そうなんだ。こっちはこの真夏の太陽がサンサン降り注いでいるのにも関わらず、懸命に花に水をやっているというのに、その言い様はないんじゃないか。
そう思った。だがしかし、その言葉は喉でぐっと押さえる。いやー、でもここでそんなことを言うのはよくないかな、と思うのだ。しかも相手は妖精とはいえ、小さくて可愛い女の子。そんな子に向かって不平を漏らすのは大人げないというか、なんというか。…しゃーねぇな…、ガマンしといてやるよ。この寛大なる心を持っている俺に感謝しろよな、ったく。そしてしぶしぶと俺は水やりを続行するのであった。
~一分後~
「ほら、水が切れましたよ。早く水を入れてきたらどうなんですか」
「………。」
~二分後~
「あ、そっちの花さんには水がかかってませんよ。何をしてるんですか、まったく」
「…………。」
~三分後~
「わ、こっちに水が飛んできましたよ。しっかりして下さい」
「ってもう限界だぁぁあああああああ!!」
たまらず俺はじょうろを放り投げて叫んだ。
「何だよお前、何で言いたいことだけ言って一人働かないんだよ! つーか頼んできたのはお前の方だろ! だったら手伝えよ!」
さすがに女の子相手とはいえどももう我慢できなかった。
というかよくここまで我慢することができたな、俺、と自分を褒めてやりたくなるくらいだった。それくらいになんというかこの妖精さんは…、腹が立つようなことを言うのである。
もうキレたっていいよね!
人にだって限界はあるもんね!
さて、そんな俺がいきなりキレたりしたので妖精さんは最初驚いたように目をまんまるにしていた。が、すぐまた先程までの無表情に戻って言う。
「なんですか、八つ当たりですか」
「いやいや、真っ当な意見です!」
「まったく……」
ここで妖精さんは遠い目をしてふぅとため息をつく。
「あれほど、幼女でべっぴんさんな可愛い私が見ていたいからどうかお願いしますから手伝わせてくださいっ、と言っていたのは誰でしょうかね…」
「なんつーこと言うんだよ!? 言ったの俺じゃないからな!? この流れで俺になりそうだけど、間違っても俺ではないからな! あと勝手に記憶の改ざんすんな!」
「そうまでして私を見ていたいなんて…、まったく素直じゃないですね……ポッ」
「いやいやいやいや!! さっきの俺の言葉のどこをどう受け取ったらツンデレになるんですかねぇ!? しかも語尾のポッって! それ言葉にする音じゃねぇし! 擬音語だし、それ! ていうかお前そんなキャラじゃないよね!? さっきまで毒舌無表情キャラだったよね!?」
「うるさいです。静かにしてください」
「えええええ―――!? いや、俺が悪いんじゃねぇよ! たくさんツッコまなければならない台詞を喋ったお前が悪いんだよ!」
「挙げ句には責任転嫁ですか」
やれやれと妖精さんは肩をすくめる。
「あの、少しは俺の話も聞いてください………」
まさか小学生くらいの女の子に頭を下げるはめになるとは思いもしませんでした。
ふぅむ、妖精さんは手を顔に添えて思考のポーズをとった。
そして言う。
「たしかに手伝っていただいている分際でこれは言い過ぎました。悪かったです」
俺の気持ちを考え、素直に妖精さんは謝った。ここで素直な反応がくるとは思ってもいなかったので、俺は少々面食らう。
なんだ……、この子ほんとはいい奴なんじゃん……。
しゅんとした様子の妖精さんに思わず頬が緩んでしまった。
「いやいいよ。ごめんな、俺が悪かったよ」
素直に言葉が出た。
なんというか、気持ちが自然になったというような感じだった。
しかし俺の言葉に妖精さんは首を横に振る。
「いえ、ただ何もなしにして手伝ってもらおうなんてムシがいい話ですよね。そうですね…、なにかいいご褒美でも考えてあげましょうか」
ポンと妖精さんは手を叩く。
…あ、あれ?
なんか話しの雲行きが怪しいような……。
今までの会話もあって、一抹の不安を抱かない訳にはいかなかった。しかもそういった予感は的中するものなのだ。
早速といった感じに妖精さんが話し始めた。
「じゃあこういうのはどうです? 私手製のお花さんの冠さんです」
「いえ、いいです」
「ではあなたが家に帰るまで花の雨をあなたの上だけに降らせてあげましょう」
「俺が変人だと思われるので遠慮します!」
「私を三秒だけ視姦させてあげましょう」
「三秒だけ!? 少なすぎね!? というか視姦とかその言葉はやめれ!」
「あの、その発言だと私を見てはいたいと肯定していると思うのですが」
「……気のせいです」
「ふむ、ではしょうがないですね。人間の思考に合わせてやりましょう。では時にあなた、この世でもっとも大切なものはなんだと思いますか?」
妖精さんは指を一本立ててこちらに突き出す。
「はぁ? 大切な物?」
「そうです、生きる上で大切な物です」
大切なものねぇ…。そう言われても……。
「あ、愛、とか……?」
恥ずかしながら思ったことを口にしてみた。
だってそうじゃん? 愛だって大切じゃないか…?
俺は自分の顔を少し赤面させて妖精さんの返答を知るために、妖精さんの顔を見た。すると、
「くすっ…、いえ、何でもないです」
思いっきり笑われてた!
何これ恥ずかし! 真剣に答えるんじゃなかったよ、ちくしょうめ!
ひとしきり声に出さずに笑った後、妖精さんはこちらに元の無表情に戻って向き直った。
「まぁその答えもアリだとは思いますが……くすっ」
妖精さんはまだツボにハマっておられた!
ちゅか俺が凄いいたたまれんわ!
もうやめてくれ、むしろ止めてください!
「生きていく上でもっとも大切な物は他にもあります」
次に話し始めたときはもう大丈夫だった。ふぃ、一安心…。
俺はこれは幸いとばかりに妖精さんの話しに乗ることにする。
「ふーん、それは何?」
そう尋ねると妖精さんはよくぞ聞いてくれましたとばかりに小さな胸を張り、ニヤリとした顔をする。
「それはですね…………。……お金です。マネーですよ、マネー」
とわざとらしく溜をつくって言い、手でお金の形を作る。
「え、生々しっ! この子可愛い顔しておきながらとんでもなく生々しい台詞を言ったよ! ここはメルヘンチックな台詞が来るかと思ったのに、ここでまさかのリアルな話来たよ!」
「だからあなたもお金とやらで買収してやりましょう」
「もはや買収とか言っちゃってるしね!」
「で、いくらがいいですか?」
「マジで訊いてきたよ、この人! 何ホントなの!? いくらでもいいの!?」
「はい、私が払えるレベルなら」
とそう言いながら妖精さんは懐から花でできた財布らしき物を取り出した。それを開き、下に向けて振る。
ちゃりん ちゃりん
「……………。」
中からでてきたのは五円玉と十円玉の一枚ずつであった。
しーんとあたりは沈黙に包まれる。
…えーと、俺はどうすれば……。
空気がなんともいたたまれない。だがその空気を破ったのは妖精さんだった。
「ま、まぁそんなこともあります。で、でもだからといってこれでダメと決まった訳ではないんです。もしかしたらこいつは十五円でもひゃっほーいっとか喜ぶ奴かもしれないという可能性は残されているのですっ。そうです、むしろそうに決まってますっ」
「無駄にポジティブシンキング! どんだけ俺低く見られてんの!? そんな風に俺って見えてるの!?」
「お、おまえっ」
するとさっきまでの声とは打って変わって大きい声で妖精さんは言った。
「これでどうですか!?」
そして同時に差し出される十五円。
「さっきまでの俺の話聞いてた!? ねぇ!?」
「だ、ダメですか…?」
俺の言葉を聞き、妖精さんは瞳をうるうるとさせる。
「ダメです。というか俺はそんなに安い人間じゃありません」
だから丁重にお断りをしておいた。
妖精さんは断られたと知り、くっと唇を噛みしめる。
「まさかおまえがそんなにも自尊心があったとは……。妖精の国ではお小遣いはこれしかでないというのに……」
「まさかの衝撃的事実!! 妖精の国ってあったんだ! あと妖精の国もお小遣い制なんだ! そして額が安っ!」
あまりの驚きに言葉が矢次になってしまった。いや、でもここは驚くところだよね! 俺間違ってないよね!
次に妖精さんは悔しそうな顔から一転、悲しそうな顔になった。表情は暗く悲壮だ。
「やはりこれでは手伝ってはくれない、ですよね……」
小さな声でぽつりと呟いた言葉が悲痛で切なさを帯びている。
何をかんがえてこんな表情になったのかは分からない。
だけれど一つ分かることは。
この妖精さんは優しい心を持っているということだろう。
水やりをするのは花畑に生息している花たちのため。そして今悲しんでいるのはその花たちにお水をやってあげることができないから。自分のためではない。全部が全部、ここの花たちのためなのだ。この妖精さんは、優しすぎるのだ。
ぽん 俺は特に何もかんがえずに、俯いている妖精さんの頭に手をのせた。
「!」
妖精さんは驚いて顔を上げる。うっすらと涙が溜まったその瞳。俺は安心させるかのように、にっこり笑って言ったのだ。
「大丈夫だよ、俺は手伝ってやるよ」
言って、妖精さんの頭から手を離し、下に無造作に落ちていたじょうろを拾う。さっき投げ捨ててしまったせいで、中にはもう水は残ってはいなかった。俺はじょうろに水を汲むため、水道のある方へを歩を進める。
「ま、待ってっ、ください……」
そこを妖精さんが呼び止めた。
「あの、いいんですか…? 報酬とか、何もなくても、あの、その……」
しどろもどろで、あたふたとしながら妖精さんは言葉を続けようとする。
でも、あえて俺は話しを遮って言ってやった。
「俺が自分のためにしたいっつってんだよ。だから報酬とか考えなくていいからさ」
にかっと笑って言った。が、その後なんかこの台詞くさいな、あと恥ずいわ! と思い、ここを一目散に逃げるようにして走ってしまったのはいうまでもない。だから当然、ここで顔を朱に染め立ち尽くしている妖精さんに気づくはずもなかった。
じょうろ片手に花畑の花たちに片っ端から水をかけはじめて一時間。今進んだのは花畑全体の面積のおおよそ十分の一くらいで、まだまだ進んでいない。一向にこの作業に終わりが見えないでいた。
だが聞こえてはいないが悲鳴を上げている花たちを見過ごすわけにもいかない。俺は淡々と同じ作業を何回も何回も繰り返していた。そんな俺の近くに妖精さんはいた。さっきまでの毒舌はどこかに行き、今は静かにこちらの作業を見つめている。…静かなのはいい。さっきまでよりずっとマシだ。だがしかし―――
チラっ
何も言わずにちらっちらこっちを見ては顔を背け、見ては顔を背けるその動作は正直気が散るのでやめていただきたい。しかも俺と目が合うとその瞬間にバッと目をそらすときたもんだ。まったく、何がしたいんだ……。今日の会話で充分妖精さんは変な人だとは分かっていたつもりだったが、それもまだまだであったらしい。ふぅむ、分からんなぁ…。 チラっ
俺が考え事をしている間にも、また妖精さんはこちらを見た。で、
「!」
また目が合うと案の定すぐに目をそらす。
何なんだ、一体……。
「う――……」
そして何か妙な奇声を上げたかと思うと、何か決心をしたように妖精さんが俺に近づいた。
「あ、あのですね」
「うん」
俺が応えてからも、妖精さんは目を泳がせていたり手をもじもじとしたりして話し出そうとはしなかった。だが次にふぅぅと深呼吸して、決意を固める。
「おまえ、名はなんというのですかっ」
そして、言った。
……はい?
決心してまで訊きたかったことって、それ?
俺は目が点になった。
「えーと、上野弘樹だけど……」
「そうですか、分かりました。弘樹、弘樹と……」
そしてそれだけ聞けて満足したのか、俺の名前を連呼しながら元の場所へと戻っていった。
何だったんだ……。
しかも妖精さんは先程までのそわそわした感じは無くなって、今はほわわんとにやけたようななんだか締まりのない顔をしている。纏っている雰囲気もお花に囲まれているような……。
やはり妖精さんは不思議な人だなぁ……。
それからさらに三十分後。
作業はあまり進展を見せなかった。ずっと休みなしで水をやり続けているにも関わらず、目に見えるようなすすみはない。それなのに真上にいた太陽はもう傾き始めている。
「やっぱじょうろじゃ難しいよなぁ……」
ふと俺は思っていたことを口に出していた。
やはりこの広大な土地にじょうろじゃいくらなんでも難しいよなぁ。むしろこれだけやって、よく頑張った方だよな。だがこれを見た感じ、今日中に水やりが終わるかどうかそれさえも難しいところだろうなぁ…。うーん、どうすればいいのか…。
「………。」
そんな俺の悩んでいるところを、妖精さんは無言で見つめていた。しばらくそうした後、おもむろに立ち上がった。そしてそのままどこかに行こうとする。
「お、おい、どこいくんだよっ」
俺は瞬時に呼び止めていた。妖精さんはピタと立ち止まり、こちらに振り向いて言う。「私が弘樹のために、なにか持ってきましょう。だから少しの間、待っていてください」 と、それだけを言い、妖精さんは姿を消していった。広大な花畑に一人取り残される俺。 俺にどうしろと…?
うーんうーん唸った後、まぁいっかと気分を一新し、再び水やりを再開した。
~十分後~
それから意外にも早くに、妖精さんは戻ってきた。
「はぁ…、はぁ…、これ、です……」
息絶え絶えになりながらも妖精さんが取り出したのは、大人一人が持ち上げるのもやっとなくらいに大きな、機械式水まき機であった。
俺はそれを見て、とりあえず絶句する。
「これで…、弘樹は作業を…、早く終わらせれると、思います……」
「これをどこから…?」
疲れているところ質問を投げかけるのは悪いが、俺は訊かずにはいられなかった。だってこんなもの倉庫にもなかったはず…。一体これをどこで…。
やはり疲れているのか弱々しい笑みを浮かべ、妖精さんは口を開く。
「買って、きました…。弘樹のために、買って、きたんです……」
「え……」
俺のため…?
さっき俺が弱音を吐いたから、それで…?
………。
しばらくは何も言うことができなかった、否口さえ動かせなかった。
でも妖精さんの、ひたむきで真剣な姿を見て、何かを言わなければ、そう思うのだ。
何を言おう。
何と言おう。
俺は人より何事も表現が不器用である。たぶん回りくどかったりしたらきっと駄目だ。俺は俺の表現のやり方でいかないと。そこでやはりここで俺がすべき行動は―――
「! あ…」
妖精さんの腕から水まき機を奪い取るようにして貰い受ける。そして、笑って言うんだ。
「ありがとう」って。
◆ ◇ ◆ ◇
空はオレンジ色の夕暮れだった。
影も長くなってきてるし、そろそろ夕食の時間が始まるかもしれない。
俺は文房具店の道から自分の家に直通で帰る道をやはり行きと同じように、腕を後ろで組み空を仰いでいた。
「あー、綺麗だなぁ……」
雲のない、まっさらな水彩のように透き通りなめらかな色をしたオレンジの空を見て、一人呟く。
ほんとに、綺麗だった。
なにがなんだか分からないほどに、綺麗だった。
涙が出そうな程に、綺麗だった。
それくらいに、美しかった。
「あー、いつかもっかい会えるかなぁ……」
そして俺は、妖精さんの顔を思い浮かべ、想いを馳せていた。
あの後、水まき機が手に入ってからは作業はそれはもうスムーズに進んだ。一日やっても間に合わないんじゃないのかと思われた水まきが、たった五時間足らずで終わらせることができたのだ。これはほんとにもう、水まき機のおかげ、もとい妖精さんのおかげだと言わざる負えない。
さて、夕方近くになりようやく水まきが終わったところで、
異変は起きた。
俺はふと妖精さんの姿を視界に入れたとき、なんと妖精さんの姿が輝き薄くなってきていたのだ。
「え、おいっ、どうしたんだよ!」
俺がそう問いかけると、
「……。」
妖精さんは目に涙を溜めて、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、弘樹。あなたのおかげでこの花畑のお花さんたちは助かりました。ここのみんなの代理で伝えます。ほんとうに、ありがとう」
ここで言葉を句切り、妖精さんは言う。
「私は元からここのお花たちの願いを叶えて貰うためにいたのです。今願いは叶いました。もう私がいる必要はありません。だから私はこれから、消えます」
「そんな……」
切なそうな顔をしながら、それでも笑いながら言う妖精さんの言葉は俺にとって、酷く残酷なものに聞こえた。
最初の方こそお互い牽制したりしていたが、水まき機が手に入ってからは二人でいろいろ話したりした。正直楽しかった。それが今この瞬間に消え去ってしまうのだ。悲しかった。もっと話してみたかったのだ。なのに……。
そんな俺の気持ちを察してか、妖精さんはふっと頬を緩める。
「大丈夫です。またいつかここで、会えますから」
妖精さんの体はもう限界まで透け、もはや実体があることさえ疑わしい程までになっていた。それでも俺に、笑顔を向けたのだ。今までの中でとびきりの、最高級の微笑みを。
「ほんとうに、ありがとう………」
そして、
妖精さんは言葉だけ残して音もなく、消えた。
俺は帰る途中も、まだその笑顔が忘れられないでいた。自然と考えなくても頭の中に浮かび上がる。無理矢理消そうとしても、上手くいかない。
何でだろうな、どうしてだろうな…。
どうしてこんなに考えるだけで苦しい気持ちになるのかなんて、もう自分じゃ分からなかった。
でもただ一つ分かることがある。
あぁ、いつかまた会いたいな……。
そう思う気持ちだった。
◆ ◇ ◆ ◇
さてはて、ここで話しが終わっていたら感動話っぽくなっていたところだろう。
だがしかーし。
この話には決定的なオチがあるのであった……。
俺は家に着き、門を開き中に入ろうとしたところで郵便ポストに何か入っている物を見つけた。取り出して宛名をみるとなんと、それは俺宛であったのだ。
はて、何かあったかな…。
俺は封筒をビリっと破り、封を開けた。
そして中身を確認すると――――
『上野弘樹様
水まき機支払いのお知らせ 』
そこには、俺の小遣い一年分があっても足りないような、そんな値段が書かれてあった。
「…………………………………………………………………。」
再度目を凝らし、書いてある文字を確認する。
「…………………………………………………………………………。」
確認し終えた後、黙ってそれを封筒にしまい、封を閉じた。
遠い目をして、空の遙かを見上げて、そして俺は思うのであった。
あぁ、今度から晴れの日の外出はやめよ。
読んでいただきまして、ありがとうございました。
もし感想や評価がもらえたら、嬉しいです。