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 リンの為の紅竜の神殿が正式に運用され始めて数日。

 ついに次の巫女になる少女が神殿に着いたと報告を受け、彼女と会う事になった。

 新しく作られた巫女の為の部屋。

 この部屋は今は私が使っているけれど、次の大祭の日からは彼女が使う事になる。

 以前水竜の神殿では、巫女の私室は流動的に場所が変わっていたけれど、この神殿では巫女の部屋は固定される事になった。

 故に、水竜の神殿での部屋に比べてかなり広く、装飾も家具も立派なものになっている。

 華美とは言わないけれど、あまり飾っていなかった水竜の神殿の私室と比べると、どことなく落ち着かない。

 紅竜の神殿はリンの住まう峻岳を中心に、右翼と左翼に大きく展開している。

 水竜の神殿にはレツの住処の奥殿があったけれど、紅竜の神殿には奥殿はない。リンは自分の住まいを深山と定めているから。

 神殿の中央連結部には礼拝堂。

 右翼には神官や女官、そして巫女や神官長様の使う私室が配され、対して左翼には神殿の書庫や宝物庫、それぞれの業務に必要な部屋や神官のみが使う礼拝堂等がある。

 公の部分と私的な部分が混在しないように、また誰もが迷わず使う事が出来るようにと考えられ作られている。

 右翼の中の最も山に近い部分に、巫女の部屋はある。

 部屋の窓から外に出る事が出来て、リンが舞い降りた時にすぐに傍にいけるようにと、大きく開かれた広場が眼前にある。

 この広場は、巫女の私室以外からは出入りは出来ないけれど、全ての部屋から見ることは可能になっている。

 つまり、水竜の神殿においては巫女と竜の間で何が行われているかは誰も知ることは出来なかったけれど、紅竜の神殿では衆人環視の下に置く事が出来るようになった。

 それがいいのか悪いのかはわからない。

 今のところ、特に気になる事も無い。

 広場へ少しせり出すようになっている巫女の部屋の手前には、巫女付きの神官や女官の使う部屋。

 そして、そこからは神官たちの格付けによって、より山嶺に近い方が身分の高い神官の私室になっている。

 なので以前に比べて神官長様の部屋が近い。

 水竜の神殿にいた頃は、用が無ければ顔を合わせることも無かったのに、今は妙に顔を合わせることが増えた。

 左翼に行く為にも、神官長様の私室の前を通らなくては行く事が出来ない。

 見張っている訳ではないのだろうけれど、左翼に行く為に廊下に出ると、神官長様付きの神官が廊下に顔を出し、部屋に招かれる事が多々ある。

 今朝もそんな風に呼ばれ、日中時間を作るようにと言われた。新しい巫女に会う為に。

 どんな人なんだろう。

 純粋な興味がある。リンの選ぶ人はどんな人なんだろうって。

 きっとこれが次の水竜の巫女に会うという場面だったら、こんな風に心穏やかにはいられなかっただろう。

 そう思うと、リンが女性で良かったと思う。

 そして、私に初めて会った時の神官長様の心中を慮ると、素っ気無かったあの態度も納得いくように思える。

 私は神官長様にとっては「奪う者」だったのだろう。

 大切な人を、特別な能力を。

 もしも私がレツの巫女で、巫女の座を次の人に渡さなくてはいけないとしたら、きっと快くは思わない。レツを取られるような気がして。


 ぴゅーっと口笛のような音がして、窓の外に黒い影が横切る。

 部屋の中にいるシレルの視線が窓の外に釘付けになる。

「お越しになられたようですね」

 持っていた書類を机の上に置くと、シレルが大きく窓を開け放つ。

 カサカサという音を立てて書類が風になびき、シレルの視線が書類へと移る。

 その一瞬の間に、ぬっとリンが顔を覗かせる。


 --サーシャ。来い。


 リンに言われ、書類が飛ばないようにしているシレルに声を掛ける。

「ちょっと出てきます」

「畏まりました。神官長様にはその旨申し伝えておきます」

 神官長様からのお声掛かりを待っている状態だったので、リンに呼ばれて出かけたと伝えておいてくれるらしい。

 そろそろ次代の巫女と会う頃だったのに。

「お願いします」

 飲みかけのティーカップをテーブルに置いて、リンの元へと向かうべく立ち上がる。

「お戻りをお待ちしております」

「はい」

 シレルはいつからか、必ずそう付け加えるようになった。

 気が付いた時には言っていたので、一体いつからそう言い出したのかはわからない。

 ただシレルがそう言いたくなる気持ちはわからなくはない。

 今まで何も言われた事が無いけれど、レツと不在にしていた数ヶ月。そしてリンに誘われていなくなるたび、心配してくれているんだろう。

 もしも私がシレルの立場だったら、もっと直接色んな事を聞いてしまうと思う。

 聞かれない事に甘えている。

 でも、心配をかける日々もあと少しだ。

 シレルに軽く会釈をして、窓から外に足を踏み出してリンに手を差し出す。

 リンの紅い瞳が太陽の下輝き、短い咆哮を上げる。

 差し出した手をペロリと舌で撫でると、リンはにやりと口元を上げる。

「どうしたの?」

 何となくあまり良い予感はしないので問いかけると、リンはポンと大きな顔を手の上に乗せるような素振りをする。


 --疲れた。


 泣き言を言うなんて珍しい。どうしたんだろう。

 甘えてくるなんて事ないのに。

 両腕をリンの首に回すと、リンがぐるぐると喉を鳴らす。

「どうしたの。何かあった?」

「何でも無い。ただどうしても上手くいかない事があってな」

 体を触れ合っているので、リンの声が耳に直接届く。他の人が聞いたら、一体どんな声に聴こえるんだろう。やっぱり咆哮かな。

「どうしようもないのだが、上手く水が操れん。こればかりはしょうがないとはいえ、腹立たしい」

 そっか。リンは炎を司る紅竜だもんね。水はレツの専売特許な訳だし。

 私が何を言ったところでリンの心が落ち着くとも思えず、解決方法を提示するなんて事も出来ない。私が出来るのは、ただ話を聞くだけ。

 人にはどうにも出来ない領域での苦悩なんだろうから。

 おこがましいけれど、こうやってリンがちょっとでも弱音を吐いてくれると嬉しい。

 何となく巫女として役に立っているんだって感じがするから。

 生贄で食事になれば巫女としては十分なのかもしれないけれど、世界にただ一頭しかいない竜の心を少しだけ支えて上げられたら嬉しい。

 真に分かり合える事はないかもしれないけれど、心中を吐露できる相手でありたい。

 リンの巫女になった頃、聞いた事がある。

 リンとレツの他に竜はいないのかって。

 そうしたら山の上で鼓膜が破れるんじゃないかって位、未だかつて無い位大きな咆哮を上げて、他の竜を呼んだ。

 何度呼んでも返事は無かった。

 つまりこの国には、もしくはリンの声が届く範囲には他の竜はいないらしい。

 理解しあえる相手も、共に語らいあえる相手もいない。

 レツが長い間感じていた孤独を、これからまたレツが目覚めるその日まで胸に抱き続ける事になる。

 私にはあと1年しか時間が残されていないけれど、少しでもリンの心に寄り添っていけたらと思っている。

 コンと尻尾で頭を小突かれて、リンの目を見るように体勢を変えると、リンの舌が頬を撫でる。

 ぞわぞわという寒気がするけれど、決して頭からがぶっと食べようとしているというわけではなく、リンなりの親愛を表現しているものなので微笑み返す。

「我は、そちがいなくなったらどうなるんだろうな」

 弱気なリンの言葉に首を傾げる。

「そちがずっと我の傍にいてくれたらいいのに。どうしてそれは叶わないのだろう」

 何故急にそんな事を言い出すのだろう。今まで一度もおくびにも出さなかったのに。

 リンの堅い甲羅のような鱗のついた頬を撫でる。

 その手に絡みつくようにリンが頬を寄せ、そして目を閉じる。

「何故水のが巫女などを手許に置くのか理解不能だった。が、今は理解できる。まして、そちは我にとって最初の巫女。命の尽きるその瞬間まで手許に置いておきたい」

 ふぅと溜息をつき、リンがその身体を巻き付けて甘えてくる。

 本当にどうしたっていうんだろう。

 ただ水が上手く操れなかったっていうだけには思えない。

 けど、でも言わなきゃ。

「リン。そんな風に依存して心を捕らわれたらダメよ」

 目を瞬き、リンが首を傾げる。

「私はあなたと永遠を共にする事は出来ない、所詮は人間。手に入れられないモノをずっと追い求めていると、不幸になるわ。私はあなたに自由で幸せであって欲しい」

「……サーシャ」

「リン。私はあなたの傍にいなくとも、声が聴こえなくとも、ずっとあなたの味方よ。もしも人間が仇なす事があれば身を挺して守るわ。それに会おうと思えばいつでも会えるじゃない。だから、会いに来てね」

 コロンと、大粒の水が降ってくる。

 見上げたリンの顔から涙が零れ落ちている。

「泣かないで、リン。大丈夫。私はまだ傍にいるから」

 大粒の涙は温かく、それでいて宝石のように美しい。

「我は異形。化け物。それなのに何故そちは我を友のように扱う。怖く無いのか」

 ぐるるという喉を鳴らす音は、泣いているせいなのか。それとも甘えているのか。

 普段は強気で凛としているのに、どうしたんだろう。

「怖くないよ。だってリンはリンじゃない」

 微笑みかけると、リンが咆哮を空に向かってあげる。

 リンの言うように竜というのは人から見たら奇妙な生き物と言える。けれど、だからどうしたというのだろう。

 例え方は可笑しいかもしれないけれど、犬や猫を愛するのと同じように、この爬虫類のような形をした巨大な生き物を愛する事だって可能だと思う。

 ああ、もしかして……。

「何か嫌な思いをしたのね、リン。外で何があったの?」

 問いかけるとリンは表情を曇らせる。

 視線を逸らして溜息をついたリンの頬を撫でると、リンが右前足を差し出す。

「来い」

 その足に身体を預けると、空へとリンが舞い上がる。

 リンと共に何度空を飛んだんだろう。もう数え切れない。

 最初のうちは怖くて怖くて仕方なかったけれど、リンは決して私が怖がるような事はしない。たまに嫌がらせのような事はされるけれど、それでもちゃんといつだって落ちないように気を配ってくれている。

 気の向くままに空を飛び、リンはどこかの峰へと降り立つ。

「我は選んだ巫女がどんな人物なのか、見に行こうと思った」

 ポツリと呟いたリンの表情が暗くて、思わず眉間に皺を寄せてしまう。一体何があったのだろう。

「ただ、興味があった。見てみたかった。そちの代わりに選んだ巫女が、どんな人物なのか」

 頷いてリンの言葉を促す。

「しかし我を見て、次の巫女は恐怖に慄いた顔をしていた。腰を抜かし、青褪めて」

 それをリンは拒絶だと捉えたのね。だからこんな風に落ち込んでいるんだわ。

 ポンポンと首を叩くように撫でると、リンが顔を上げる。

「当たり前でしょ。もしも今まで空飛ぶリンの姿さえ見たことがなければ、驚くのが普通だと思うわ。私だって最初はビックリしたもん」

 なるべく軽く、笑い飛ばすように言った。

「大丈夫大丈夫。リンが怖くないって事、神官たちもみんな知っているから、次の巫女もきっとリンのことを好きになるわ」

「そうか。我にはそうは思えなかったぞ」

 確かにすぐには難しいかもしれないけれど。

「巫女の教育期間もあるし、まだ巫女になるまで一年あるんだから、その間にリンの姿も見慣れるよ」

 限りなくさらっと流すように言って、リンの頬に手を伸ばす。

「好きよ。リン。私はリンのことが大好きよ」

 どうかこの孤独な竜の心を、次の巫女が、そしてその後に続く巫女たちが埋めてくれますように。

「前に言ってたね。愛情が欲しいって。恋愛だけが愛情じゃないよ。友情だって立派な愛情じゃないの? 私はそれだったらいくらでもリンにあげられる」

 頬を寄せリンに体重を預けると、リンの舌が頬を撫でる。

「友情か。竜の我が人間のそちと友とな」

「不満?」

「……いや。構わん」

 短い返答の後に、リンがベロンと勢いよく顔を舐める。

「早く我の元に戻って来い。生まれ変わったら必ずまた我が見つけてやる」

 熱烈な愛の告白を受けてしまったような気がして苦笑すると、ポンと頭にリンが顔を乗せる。

「本当はそちがいれば巫女など要らぬ。水のが言っていたが、次は竜に生まれ変わってこい。待っててやる」

「ありがと」

 レツが感じていたのと同じように、リンもまた淋しいのだろう。一人きりの竜なんだもの。

 もしも二頭が共存できればそれが一番いいのに。

 あと一年。

 この孤独な竜の為に、私が出来る事は何なのだろう。何かを残していきたい。巫女として、リンの友として。


 神殿に戻るとすぐに神官長様から部屋に来るように言われ、着替える間もなく、神官長様の部屋へと向かう。

 トントンと扉を叩いて入ると、次代の巫女と神官長様がちょうど何かを話しているところだった。

 窓の外ではリンが寝そべっているのが見える。

「失礼致します」

 限りなく感情を排して、機械的に一礼する。

 とりあえず巫女として見栄えの悪いような事は避けなくては。

 神官たちにはダメダメなことは周知の事実なんだけれど、それでも何となく初めて会う次代の巫女の前では見栄を張りたいじゃない。

 そんなことを思っていると、神官長様がふわりと笑みを浮かべて立ち上がる。

「こちらへいらっしゃい。祭宮殿下から王都で美味しいと評判のお菓子が届いているの。巫女もご一緒にいかが」

 祭宮という単語に一瞬反応しそうになったけれど押し止め、神官長様と次代の巫女に対して笑顔を作る。

「それは素敵ですね。一つ頂いても宜しいでしょうか」

「ええ。こちらにお掛けになって」

 ガチガチに固まった次代の巫女を横目で見ながら、いつも座るソファに腰を下ろす。

 顔も強張り、背中もピンと伸ばしている姿が、どことなく過去の自分を見ているような気さえする。

 私もきっとこんな感じだったんだろうな。

 カチャカチャという音を立てながら、三人分のお茶が配膳されて、テーブルの中央には色とりどりの可愛らしいお菓子が盛り付けられたお皿が置かれる。

 たまに神官長様とお茶を飲むと、こうやっていつも見た目にも美味しそうなお茶菓子が用意されていて、実はほんの少し楽しみだったりする。

 巫女を辞めたら、こんなお菓子口にする事無いだろうし。

 神官長様に勧められて一つお菓子を口に入れると、ふんわりと甘さが口に広がっていく。上品な味っていう形容が似合うような。

 思わず頬を緩めると、次代の巫女も同じように頬をほころばせている。

「この方が、次代の方ですね」

「ええ。そうよ」

 お茶を口に運んでいた神官長様がカップをテーブルに置く。

「紹介致しますわ。こちらが次代の巫女エマ。エマ、こちらが紅竜の巫女よ」

 エマは勢いよく立ち上がり、体を前屈する位の勢いで折り曲げる。

「あ。あの。はじめましてっ。巫女様のお話は吟遊詩人の話で聞いたりしていたので、まさか実物に会えるなんて、思ってなくて」

 そこまで言うとがばっと顔を上げて、私の両手をがしっと掴む。

「超嬉しいです。本物の奇跡の巫女に会えるなんて」

 キラキラと輝く瞳で見つめられ、視線を逸らすのを躊躇うくらいの真摯な瞳で見つめられる。

「っていうかー。結構普通の人なんですねぇ。もっとこう、超絶美人とか想像してたんですよぉ。吟遊詩人もそれっぽい事言うしぃ」

 神官長様の目が見開いて固まった。

「超ラッキーっていうかぁー。あたしがそんな人の後の巫女なんて信じられないしぃ。でもぉ神官が来いっていうから来たんですよぉ」

「そ、そう」

 勢いに圧倒されていると、ぷっと壁際で誰かが吹き出した。

 視線を向けると、司書が笑いをこらえ切れないといった様子で肩を揺らしている。顔色が変わらないのはシレルくらいなもので、後は目を見開いていたり、苦笑したり色々だ。

「巫女様もそんな感じだったんですかぁ?」

 独特な語尾を延ばす言い方、きっと1年で神官たちに直されるんだろうな。

 そんなことを思いながらも、エマの問いに頷き返す。

「そうですね。疑心暗鬼になりながら来ました。本当に私が巫女に選ばれたのかなって」

 思い出す。あれはもうかなり前の事。

 目の前にいる神官長様が巫女様で、この方のようにはなれないと嘆いたり拗ねたりして、巫女に相応しくないんだってジタバタしてたっけ。

「でも何とかなっているので、誰にでも巫女は務まると思いますよ。相応しい立ち居振る舞いなどは神官たちが教えてくれますし」

「ええっ。そんなの無理ー。だってぇ、あたしは巫女様みたいにお上品な感じじゃないしぃ」

 ゴホンと咳払いをしたのは誰かしら。後でまとめて文句言ってやる。失礼な。

 チラっと壁際に視線を巡らせると、片目が視線を逸らした。片目ね、さっきのは。

「私も来た時はこんな感じでは無かったですよ。走るなとか言葉遣いが悪いとか色々怒られていましたしね、神官長様」

「ええ。一回につき減点10点の減点式で、満点で過ごせた日はありませんでしたわね」

 今なら笑い事になる。あの当時はそれが苦しくて苦しくて仕方なかったけれど。

 神官長様も目を細めて微笑んでいる。

「なんとでもなりますわ。その辺りは」

 付け加えた言葉に、これからビシビシしごくつもりなんだろうなというのが伺われる。

 頑張れ。と、心の中でエマに告げた。

「それよりもー。あたし、ここに来る途中に飛んでいる竜を見たんですけどぉ、結構でかくてビックリしたんですよぉ。怖くないんですかぁ?」

「怖い?」

 咄嗟に聞き返すと、ぶんぶんエマが首を縦に振る。

「だってぇ。超でかい蜥蜴みたいな感じじゃないですかぁ。目が合った時、足がすくんじゃってぇ」

 なるほど。その時のことでリンが傷ついたのね。

「怖くはないわ。きっとここにいる神官たちも、怖いと思っている人は一人もいないわ。紅竜はとても優しい竜よ。あなたもすぐにそう思うようになるわ」

「ええー? そうなんですかぁ? だってー。巫女以外は声が聴こえないのに、優しいとかわからなくないんですかぁ?」

 その問いに神官長様が答える。

「それは貴女自身の目で確かめるといいわ。わたくしたちがどれだけ言葉を尽くそうとも、きっと本当の事は伝わりませんもの」

 にっこりと微笑み、神官長様は立ち上がって窓際に立つ。

 窓の外のリンが神官長様に気付いて、のっそりと顔を上げる。

 まるで何かを話しかけているかのような神官長様に、リンはにやりと笑って返す。

 巫女ではなく、声が聴こえないはずなのに、普通に会話しているようにさえ見える。

「エマの事が心配みたいですわよ。声を掛けて差し上げると良いわ」

 神官長様が窓を開けると、部屋の中に風が入ってくる。

 夏のもあっとした風が、リンの咆哮を一緒に運んでくる。

 躊躇って動こうともしないエマの肩を叩き、手を繋いで一緒に窓際に立つ。

 おどおどとして、ともすれば背後に隠れようとしてしまうエマに怖くないよと伝える為にはどうしたらいいのだろう。

 エマの手を離して、両手をリンへと差し出す。

 リンはポンと顔を両手の上に乗せて、にっこりと微笑む。

 もしかしたら、エマには恐ろしい笑みに見えるかもしれないけれど、私には愛嬌のある笑顔に見える。

「怖くなんてないから大丈夫」

 振り返ってエマに告げると、青褪めた顔でごくりと唾を飲む。

 にらみ合いのような時間がしばらく続き、ちょっと不安が心に過ぎった時、エマがそっと震える指でリンに触れる。

 ほっとしたような表情の神官長様と目が合って、頷きあう。

「はじめまして。紅竜」

 か細くて消え去りそうな声に、リンは喜びの咆哮をあげた。

 その咆哮に驚いて、エマが腰を抜かしてしまったのは、まあご愛嬌だろう。

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