バカと精霊(2)
「なんだこいつ、魔術師か?その割にはやけに頭悪そうだな」
ゴブリンのうち一人が呟いた。
「見た目で決めつけるなよ!人間、中身が大事なんだぞ」
「その中身がバカなんだろうが」
「勇者様ひど~い!」
そんなやり取りを見ていたゴブリンたちはイライラしだした。楓太に飛びかかったのだ。
「うわっ!・・・しかたがないな、僕の力を見せてやるよ」
楓太は杖の先をゴブリンたちに向けて呪文を唱えた。
「ファイア!」
杖の先から真っ赤な炎の塊が飛び出してゴブリンを襲う。ゴブリンたちは火に包まれた。
「ギャァー・・・こんなもんか?」
ゴブリンたちはたいして熱くもなさそうだ。なんせ敵も終盤なのでなかなかに手ごわい。下級魔法ではどうにもならないのだ。微々たるダメージ。
「そんな僕の魔法が効かないなんて!」
「杖も魔法もしょぼすぎるんだよ」
「勇者様が自分の装備ばっかり買って、僕の装備は買ってくれないからでしょ!僕の杖も鎧も全部初期装備のままだよ!」
「レベルも低いしな」
「ゴブリンにも苦戦するなんて・・・悔しい!」
「ミント、先行くぞ」
勇者様がミントに言った。じっと楓太を見据えたままだ。
「えっ、楓太さんを置いて行ってもよろしいのですか?」
「ああ、あいつなら大丈夫だ。・・・正確には、あいつの仲間に任せれば大丈夫だ」
「仲間、ですか?」
「そうだ。危ないから先行くぞ」
少し不安げなミントを連れて勇者様は草原を進む。楓太を残して。楓太は静かに左手を前に突き出した。左手の人差し指にはめられた深紅の指輪を。
「・・・久しぶりだな、彼女を呼ぶのは。火傷するからあまり呼びたくはなかったんだがな」
楓太は薄く笑った。ゴブリンの一匹はその指輪が何かに気が付いたようだ。
「そ、それは、召喚の指輪!?いったい何を呼び出す気だ!」
召喚の指輪とは文字通りモンスターを召喚する指輪なのだ。大した魔力も必要とせずモンスターを呼び出せるので人気がありそうだが、実際たいして需要はない。自分で魔方陣を描いて召喚するのとは違って、モンスターに何の拘束も枷もないので素直にいう事を聞かなかったりするのだ。場合によっては召喚者を襲うこともある。しかも、この指輪を作るのには高度な技術と希少な材料が必要なので数はあまり多くない。所持している者は数少ない。楓太は放浪の旅をしている時に、ある魔術師から譲り受けたのだ。その人物が楓太に魔術を教えたのだ。
「よく知ってるな。召喚!出でよ、イフリート!!」
光輝いた真紅の指輪から一筋の光が飛び出した。その光は大きく弧を描いて地面に突き刺さり、光の魔方陣を描く。その魔方陣から一人の悪魔が現れた。それは女性の姿をしており、ところどころに燃えるような赤い毛が生えている。背中にはあからさまに小悪魔と言えるような深紅の羽が生えており、頭には小さな角が生えている。極めつけは真っ赤な尻尾。耳が長く、牙もあるが、トータルで見ると人間に近い。
「あら楓太、久しぶりねぇ~」
彼女は楓太のほうを向いて親しげに手を振ってきた。
「ルビー、今日はやけに機嫌がいいな。なんかあったのか?」
「ヒ・ミ・ツ♪」
楓太がゴブリンたちを指さした。
「あいつらを頼む」
「しょうがないわね~。ホントアンタって弱いわね」
「うるさい!余計なお世話だ」
イフリートのルビーはゴブリンたちのほうにさっと手を振った。すると突如炎が現れゴブリンたちを飲み込んだ。さっきの楓太の魔法とは格が違う。ゴブリンたちが何か言う前に灰になってしまった。その炎は止まらず、楓太たちにまで襲い掛かった。
「あつっ!こっちにはやるなよ!」
「アタシ、熱くないし~」
「主人が灰になってもいいのか!」
「別にいいわ」
「おい!」
楓太は軽い全身やけどを負った。全身を焼かれた時点で軽くはないのだが。ルビーは楓太に向き直った。
「アンタまだあのこと勇者に話してないの?」
「何が」
「アンタも勇者だってことよ」
「話してないよ」
ルビーの言うとおり、フウタも実は勇者だったのだ。そう、だった。三年前、楓太は勇者としてこの世界に呼び出された。呼び出したのは城に住む巫女だった。その巫女は「あなたは勇者様です。魔王を倒してください」と楓太に言った。それに対して楓太は「わかった。僕が魔王を倒してくるからね」とか安請け合いをして城を飛び出したのだ。その後楓太の消息は途絶え、楓太は死んだと考えた巫女が、半年後に二人目の勇者を呼び出した。それが今の勇者様。楓太はすぐに城を飛び出してしまったので、あまり勇者様は詳しくは話してくれないが、どうやら勇者様は楓太のようにならないようにかなり厳しく特訓をされたらしい。召喚されて三か月の間、城から出ることはできず、日々剣術の稽古。ずっと勇者様勇者様と呼ばれていたせいで、自分の本当の名前を忘れてしまったらしい。
だから楓太は勇者様の旅に同行しているのだ。自分のせいでここに呼ばれてしまった勇者様を助け、魔王を倒すことが楓太の目的なのだ。そうすれば、楓太も元の世界に還してもらえるかもしれない。
「いつまで黙ってる気なのよ」
「ずっと、かな」
バカな魔術師はしばらくその場で空を眺めていた。