バカと姫様(2)
塔の中はいたってシンプルだった。白い石造りの塔の中は神殿のようになっていて天井が天井知らずに高かった。その中央の椅子に若い女性、おそらく姫様とその横に巫女が立っていた。
「・・・勇者様、よくもあんな手紙を送りつけましたね。仮にも私は兄上を亡くしているというのに」
姫様は怒ったように言った。どうやら楓太が灰にしてしまった王子は姫様の兄だったようだ。
「そんなこと知るかよ。あんたが浅はかだったんだろ。取引は守ってもらうぜ」
「取引って?」
楓太はまったく何も真っ新に事情を知らない。誰か教えてほしいんですけど。
「そこの勇者様の仮面をかぶった悪魔が私にとんでもない手紙を送ったのです。・・・『俺と取引をしてもらう。こちらの出す条件は、楓太をもとの世界に還すこと、ミントに財宝をすべて受け渡すこと、今後一切俺に関わらないということ。こちらの飲み込む条件は、姫様が仕掛けた聖剣型爆弾によって将軍を含む多くの王国兵士が命を落としたことを誰にも話さない、ということ。色よい返事を待ってるぜ』・・・だそうです。なんとも卑劣な内容です」
姫様は手紙をくしゃくしゃに丸めて冷たい床に投げ捨てた。その目には憎しみの炎が灯っているようだった。
「私を脅すわけですね?魔王の討伐をお願いしたこの私を?一国の姫であるこの私を?」
「そう。そして、脅しに屈して俺たちを釈放した、だろう?」
勇者様は容赦なく言い放った。
「ええわかりました。その秘密を離されてはかなわないですからね。・・・巫女さん、お願いね」
「かしこまりました」
姫様の横に立っていた巫女がそっと楓太を手招きした。そこでようやく楓太は事態を悟った。
「勇者様!僕が別の世界の人間だって気づいてたの!?」
「ああ、まあな。ついでにお前が一人目の勇者だってこともな」
勇者様は何でもないだろとでもいうように言った。
「いつ気づいたのさ」
「お前と出会った次の日?てゆーか出会った日の夜だな。・・・お前のリュックから一通の手紙がはみ出してたんだ。悪いとか一切思わずに内容を読んでみると巫女からの手紙だったというわけだ」
「勝手に人の手紙見て!少しは悪いと思えよ!」
楓太は怒った。勇者様は少しも悪びれていない。
「別にそんなこといいだろ?とりあえずこれでお前は元の世界に帰れるんだから」
「えっ・・・勇者様は?」
勇者様だって別の世界から来たんじゃないのか?来たんだろ。
「俺は・・・別にいい。自分の名前とか、もう全然覚えてないし。今更戻っても苦労するだけだし」
「そんな・・・」
僕だけ戻るのか?
自分の名前を呼んでもらえず、
そしてついに、
自分の名前を忘れてしまった勇者様。
魔王との戦いを避け、
やり直すチャンスを与え、
世界に本当の平和をもたらした勇者様。
僕なんかよりずっと、
勇者らしかった勇者様。
「ほら、早く行けよ。巫女が待ちくたびれちまうぞ」
勇者様が楓太の背中を押した。ふらふらとした足取りで巫女の向かった部屋に入る。
部屋の中央には巨大な魔方陣。その魔方陣のわきに巫女は立っていた。楓太よりも年下。まだあどけなさの抜けないその巫女は楓太をじっと見つめていた。
「・・・久しぶりですねー。死んだかと思いましたー」
「ひどい巫女だな」
もっと優しい巫女が良かったな。
「最初に出会った時のこと覚えてますかー?」
「ああ覚えてるよ。僕が学校に遅れそうなのにトイレに長く籠っていたら、いきなり便器の中に吸い込まれて・・・この部屋にいた。そして君に出会った」
「私としてはっもっとイケメンの勇者を召喚したかったんですけど、まだまだ見習いでー・・・」
「僕に対して失礼だろ」
お互いの顔を見合わせてプッと吹き出した。
「それではそろそろー、向こうに送りますー」
「ちょっと待ってくれ。・・・この指輪を勇者様に渡してくれ」
楓太は真紅の指輪を指から外して、巫女の手に押し付けた。
「私に渡していいんですかー?直接渡さなくてー・・・」
「いいんだ。・・・行こう」
そう言って楓太は魔方陣の中心に立った。巫女は小さくため息をついて目を閉じた。そして呪文の詠唱を始める。
「・・・・・・」
勇者様、体には気を付けて。
楓太の身体は白い光に包まれて、そして、
この世界から消えた。